第4話「コンゴトモヨロシク」



 で?


「法の目を掻い潜って、何しに来たクソ親父」

「ご挨拶だね。愛娘の様子を見るのに、誰かの許可が必要かい?」


 ストーカー規制法まで犯すつもりか? 無敵かよこのヒゲ。

 私の両肩でジャックとガスも毛を逆立てる中、親父は余裕綽々にコキコキと首を鳴らしてコートの前を開けてなんている。首の骨折るつもりで蹴ったんだが? クリーンヒットしたはずなのにこっちの足の方が痛ぇんだが?


「いやなに、仕事で近くに寄ったからね。様子を見に来たというのは本当だ。どうだい? 新しい家族と上手く……は、やっていないようだね」

「……うるせーな、不倫ヤローが」

「ははは、嫌われたものだ」


 椅子に腰掛け、帽子の陰で朗らかに笑う親父。

 そんな親父に対し「そもそもアンタが勝手に再婚したから」とか、「こんな環境に娘を放って」とかの文句を捲し立てたりはしない。ダサいし。それに一番ダサいのは、向こうさんの歩み寄りを常に突っぱねてる私だって分かってるから。いや不倫が一番悪いし一番の幻滅ポイントはそこなんだけどね?

 それを向こうも分かってるのか、親父は定期的にこうして娘の機嫌を伺いに来る。あくまで、仕事のついでに。ツヤッツヤの革製品に身を包んでね。この人、仕事何してんだろ……なんか貿易系とは聞いたことあるような気がするけど。

 そんな壮年の男は机の上で指を組み、軽い調子で言う。


「さて、王城の舞踏会に行くためにドレスが欲しいという話だったかな?」

「どこから聞いてやがった」


 ドレス云々は今窓辺でも語ってたからギリ分かる。でも王城に関しては朝の話題なんだわ。

 やっぱストーカーとして警察に突き出すべきなんじゃ……と戦いていれば、そんな娘の様子など気にせずサマになるウインクなど放ってきた。


「これは隠してたんだけどね。お父さん……実は魔法使いなんだ☆」

「お父さん、大丈夫? 肩とか揉む?」

「うーん、娘から気の毒そうな人を見る目をされるのはツライね。マジトーンの『お父さん』もすごい角度で親心を抉ってくる」


 そんなに仕事って辛いもんだったのか……悪かったよ。これからは無くなったからってすぐお小遣いをせびったりしないからさ……。


「ま、我が娘に対しては論より証拠かな? コホン」


 すると親父は胸ポケットから、ワックスの艶が眩しい一本の杖を取り出しこちらへ向ける。

 喉を整えているその調子からして……ま、まさか、魔法の呪文!?


「そうら、『ブチチ・ブリリ・ブー♪』」


 これもう侮辱だろ。きったねぇ呪文。


「そんな呪文で着飾られる娘の心境考えたことある?」


 しかし一瞬でボロが真白のパーティドレスになったから文句も言いづらい。え、マジ?

 シルクのキメ細やかさに見惚れそうになりながらも、私は腕を上げたりしながらさすがに目を瞬かせる。


「すご……なにがどうなったら、あのボロ布がこんな仕立てに……」

「魔法に、そんなことは野暮ってものさ」

「このガラスの靴も、どんな強化素材使えば人間の体重を支えられる強度に……」

「そこは別にいいんじゃない?」

「……親父、アンタいったい……」


 私が聞けば、親父は魔法の杖を仕舞いながら茶目っ気たっぷりに帽子を指でクイッと上げた。


「ふ、なに。普段はしがない貿易業を営むおじさんさ。だが一部の界隈では、人は畏怖を込めて私をこう呼ぶ……フェアリー・ゴッドファーザーとね!」


 マフィアかな?


「ああ、このことは内密にね。みだらに言い触らすようなことではないと、理解できる歳になっただろうから打ち明けたんだから」


 そりゃどうも。あと急にエロくなんな。みだりに、だろ。

 内心でぶつくさ言いながらも、さすがに私も年頃な女の子シンデレラちゃんなだけあって綺麗な服にはテンションが上がり、姿見を前にクルリと回ってみたりする。


「うぉ、この女の子可愛すぎ……仕立ての趣味もいい……」

「そうだろう? 好みに合わせたからね」


 華美すぎないフリルも、露出の貞淑さも私の趣味に合っている。ちょい肩とか背中が開きすぎとは思うが、まぁ婚活パーティなら理解できる範囲。婚活する気ないけど。


「これで君が、昔から動物の声が聞けた理由も理解できたかな?」

「そんなとこで伏線回収すんのか……」


 魔法使いの家系だったら、そんな不思議ちゃんでもおかしくないわな。

 いや知らなかったぜ……これでも昔は「知らない人の声が聞こえる」って悩んだ時期もあったんだが!?


「って! そういやジャックとガスは!?」


 いつの間にか両肩から消えていた昔馴染み達。

 ま、まさか……!? この明らかに質量保存の法則を無視したドレスの出所はつまり……!?


「テメー、クソ親父ぃ……ジャックとガスをどこにやった……!?」

「君のように勘のいい娘は好きだよ。ほら、そこ」

「あ、窓の外? って、うぉ!?」

「移動手段は、必要だろう?」


 窓から外を見れば、そこには──!


「急に視点が高くなったのだけど……僕もガスと同じく、馬になっているということでいいのかな?」

「悪くねぇ馬体だ。俺は、風になる──」


 二頭の立派な芦毛のお馬さんが! これジャックとガス!? 良い馬体してんねぇ! でもちょっと別の生物に変えられたのが怖いのか声が震えてんよ!

 私は身を乗り出し、二匹……二頭? を安心させるように鼻先をカリカリしながら聞いた。


「で実際、別の生き物に変えられるってどんな気分?」

「どこか冒涜的な感じだね」

「こんな簡単に変えられるネズミの命を、俺は虚しく思うね。所詮は畜生の命だ、と言われている気分だ」


 これ戻せるんだろうな、おい。変えられるんだから戻せもするんだよな、おい!? 私の友人達が己の命のちっぽけさを嘆いているんだが!?

 振り返りながら恨めしげに睨めば、親父は「ハッハッハ」と笑いながら魔法で用意したモノのデキを確かめるように指差していく。人の心無いんか?


「ジャック、ガス。道中、娘を頼むよ。そして馬と来れば、もちろん馬車も用意した。役立ててくれたまえ」


 見ればいつの間にかピカピカの馬車まで用意されている。これも何かを変身させた結果なのだろうか。庭には継母が育ててる花と、私が暇つぶしでやってる盆栽くらいしかないけど。

 その魔法の出来映えに、親父も満足そうにアゴヒゲをしごいている。


「ふむ。二頭立ての馬車、立派な体躯の馬、仕立てのいいドレスに、可愛い娘。そして──」


 うん? そして? え、馬車の陰に誰かいね?


「こちらが、御者のダニエルだ」

「コンゴトモヨロシク」


 知らない人がいまぁーーーーーす!!

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