第3話「ネズミに人生相談するってどうよ」



「あー、くそ……つまんね」


 昼飯もテキトーに干し肉で済ませた私は、手持ち無沙汰となり自室である屋根裏部屋へ戻ってきた。ちくわでモーツァルト奏でるのも飽きたし。


「今頃、美容院やら服屋やらでキャピキャピしてんのかねぇ」


 そんなことを呟きながら、ボフッとベッドにダイブ。抜け毛とホコリが舞う!


「……あー」


 木漏れ日にキラキラと輝くハウスダストを眺めていると、だいぶ惨めな気持ちになってきた。あっちは女子会エンジョイしてんのに、私は独りくっせぇベッドで何やってんだろ。

 溜め息と共に、寝返りを打つ。そうすれば自然と視線が、私の“友人達”を収めている鉄製の籠へと流れた。

 そこには灰色の毛並が愛らしいちっちゃなネズミ二匹が、格子に指を掛けながらつぶらな瞳でこちらを見つめ──、


「どうしたんだい、シンデレラ。またトレメイン夫人と口論でもしたのかい?」

「んなことしてもママは生き返らねぇぞ。いい加減切り替えらんねぇのか」


 キャアァァァァァァァァァァァァシャベッタァァァァァァァ!!!!


「なんでネズミ風情が人間様の言葉喋ってんだよ。ヤバない?」

「君にしか聞こえないけどね。今更なことだよ」

「海はなぜ青い。夕暮れはなぜ赤い。お前が生まれた時から“こう”なんだ。人生、受け入れるしかない時もあらぁな」

「ネズミに人生語られた……」


 穏やかでダンディなのがジャック。そんで皮肉屋でニヒルなのがガスね。とりあえずガスは飯抜き! あと君らね、イケボすぎ。ネズミがしていい声帯じゃないんだよ。

 優しいジャックだけにチーズの欠片を隙間から差し入れながら、私は「けっ」と口の端を吊り上げ最初の話題に言及する。


「へーへー、そうですよ。いつまで経っても新しくできた家族と折り合いのつかない思春期シンデレラちゃんですよ、わりーか?」

「悪いね」

「悪いに決まってんだろ」

「さーて、殺鼠剤はどこだったかな」

「「すいませんでした」」


 分かりゃいい。

 誰があのネズミ嫌いの継母に「いやこれデグーだから! ほら見て超デグーじゃん!?」ってペコペコ頭下げたと思ってんの。同じ齧歯目だけどね。そうじゃなきゃ君ら今頃ドブネズミよ?

 そんな友人二匹の鼻先を指でカリカリと撫でながら、私は少々虚無の笑いを漏らした。


「でも私の友人がネズミ二匹だけってのもどうかと思うけど……一応、これでもお嬢様なんだが?」

「性格じゃないかな」

「ツラはいいのにな」

「応援、ありがとう!!」

「「褒めてない」」


 二匹の飾らない言葉が心地よく、私はケラケラ笑ってケージを開ける。散歩の時間でちゅよ~?

 二匹を両肩に乗せ、また一階に下りる。屋根裏狭いし、床もささくれてる部分があるからね。あとあの人達がいない時じゃないと、放し飼いに関しては色々うるさいし。

 そうして柔らかいカーペットの上に二匹を下ろし、私はしゃがんだ姿勢のまま頬杖をついた。思うのは、その“あの人達”についてだ。


「向こうが着飾ってる手前、ボロ着て『お前達とは違う』アピールして。歩み寄りのために作られたルールも無視して。増えてく向こうの家具で変わってく家を見てられなくて、屋根裏部屋に引きこもって……」


 テトテトと駆けていく二匹が乗るこの絨毯も、買い替えたやつだし……。


「んで、たまに気が乗って歩み寄ろうとしたら、折り悪く拒絶されて……」

「なにか、一緒にしたかったのかい?」


 鼻をヒクヒクしながらこちらを見上げ、心配してくれるジャック。

 そんな彼を指で横に倒して、そのぽこっとした腹をくすぐりつつ……私は「んあ~」と何とも言えない声を出した。


「まー、ちょっとね。舞踏会の招待状が来てたから。あの人ら成金だし、生粋のお嬢様たる私が付いてってあげようかなって、ふと思ったわけ」

「まさか、そのままそう言ったのかい?」

「いいや。ただ『連れてけ』としか」

「もっと悪いじゃねぇか」


 柱を囓ろうとするガスの言葉にムッとして、その首根っこを掴んで目の前にぶら下げた。


「ほーん? じゃあネズミ生豊かなガス先生は、どうしたら及第点をくれるんですかねぇ?」

「家族の形に正解もクソも無ぇよ、学校の試験じゃねぇんだ。ベタベタ寄り添い合う家族もいれば、一定の距離を取ってそれでいいとする奴等だっている。正解がどうこうより、それぞれの形があるってだけだ」

「……私は、後者?」

「はっ、お前がそんな謙虚なタマか?」


 口では嗤いつつ、ガスはチャーミングな尻尾をシュルリとこちらの指に巻き付けてくる。不安げな子どもの背を、大人が擦ってくれるように。


「人間様には言葉ってもんがあんだから、結論に至るまでにちゃんとそれを使えってこった。きちんと、向き合って、恥ずかしがらずにな」

「……それが一番難しいんだろ、バーカ」

「うぉっ!?」


 負け惜しみのように言って、ペイッと絨毯にガスを放る。実際負け惜しみだけど。

 反撃しようとするガスを無視して、私は「よいしょ」と立つ。ついでにうんっと腕を伸ばして。


「あーあ、せめて趣味でも被ってればな」

「何も無いのかい?」

「うーん……やる方も見る方も。そもそもあの人等、趣味悪いしなぁ……買ってくるもんも流行のブランド品ばっかだし」

「流行に敏感なのは、イイことじゃないのかな?」

「そりゃね。でも私は苦手ってだけ。なんかキョロ充みたいでイヤ」

「はっ、陰キャはキョロ充嫌いだもんな」

「このバリバリ陽キャのシンデレラちゃん捕まえて『陰キャ』とな!?」

「「根が辛気臭いのは確か」」


 思春期の女舐めんな齧歯類ども。こちとら朝の運勢占いで一喜一憂する乙女ぞ。今朝寝てたから見てないけど。

 そうして私が換気のために窓を開けていると、ジャックがよじよじとスカートからよじ登ってくる。彼はここから風を浴びるのが好きなのだ。


「ふぅ……それで、シンデレラ? そもそも舞踏会は、どうして断られたんだい?」

「私がドレス持ってないからだって」

「ドレスなんざ、そこらの服屋ですぐに間に合わせられんだろ。既製品でもなんでも」


 ついでに登ってきたガスも、鼻息を鳴らしながらそんなことを言う。

 私は二匹の言に、しかつめらしく顎に手を当て「ふむ……」と唸った。


「つまり……何を意味する?」

「う、う~ん……そうだねぇ……」

「分からねぇか? そんなもんおためごかしで、ただ単に断られたのはオメーが嫌われてるだけなんじゃねーのってな」

「こ、こら、ガス!」

「あのさぁ、言って良いことと悪いことがあんよ?」


 さすがのシンデレラちゃんでも傷付いちゃうぞ?

 それに……と。私はモゴモゴと言いにくそうに唇を動かした。


「あの人達は、別に……イヤな人達じゃ、ないし……そんなこと思ってはない、と思う……」

「……おや」

「これがやっこさん等の前で言えたらな」


 あ゛~! 生暖かい空気を醸し出してんじゃねぇぞ! 保護者かテメー等は私のペットのくせに!

 赤くなった頬を隠すために、私が母譲りの濃い金髪をガリガリとかいていれば……今度はジャックが「ふむ」と含むようにして唸っている。


「ドレス、か。それがあれば、舞踏会に潜り込めそうな気はするね」

「招待状ねーだろ」

「あぁ、私そのへん顔パスだから。これでも金目当てに嫁いでくる女がいるような親父の娘よ?」

「ドレスを買うお金はあるかい?」


 目をパチパチさせて聞くジャックに、ふふんと笑う。


「無い。この前、出店でいいナイフが売ってて。いや頑張って値切ったんだけどさぁ~、勉強させられたよね」

「君はまず、一般的な女の子らしい趣味を持つ努力から始めようか」

「俺は好きだぜ」


 分かるぅガス君? このユラリと燃えるような刃紋が魔剣みたいでロマンをくすぐるよね。まぁホントの使い道はお母さんのお墓を綺麗にするために使ったんだけどね。恥ずかしいから絶対に言わないけど。

 私が腿のホルスターに収めていたお気に入りのナイフを見せびらかしていれば、ジャックが改まった様子で言う。


「ふむ、では僭越ながら。普段からお世話されている身だ。たまには、可愛い飼い主の力になろうじゃないか」

「お?」


 私の髪を一房取って、小さな手で器用にクルクルと三つ編みに結い上げながら。彼はパチリとウインクする。


「どうかな? 僕たちが、君のドレスをあつらえるというのは。今夜に間に合うかは、少々分からないけれどね」

「っ! ……ははっ」


 ジャックのそんな言葉に、ガスも反対せず黙っている。彼が何も言わないということは、肯定しているということだ。彼も手伝う気らしい。

 小さな友人達の、健気なお手伝いの申し出。

 確かな友情と微笑みを交わしながら、私は「あはっ」と破顔して二匹の鼻先をつついて言った。


「──常にフルチンの齧歯類が、人間様のドレスなんて作れるわけねぇだろ。服飾なめてんのか?」

「君さぁ」

「ネズミとお喋りしてる頭メルヘン女が、急に現実的になんのやめろ」

「実際、現実的な努力以外でドレス作れたら服屋さんが可哀想だろ。君達のミニマムな手じゃ、できる頃には花嫁衣装着てるぜ。君らは大人しく、可愛くチューチュー鳴いてなさい」

「やれやれ……」

「照れ隠しすら可愛くねー」


 うるせーうるせー、大好きだよテメー等。

 弛緩した空気に背中が痒くなりながらも、私は肩を竦めて戸棚の方へ。


「齧歯類に慰めてもらったし、とっときのチーズでも──そこぉっ!!」

「急になに!?」


 振り返りざまに、スリットから抜き放ったナイフを窓の外へ投擲する。

 トン、と。軽い音と共に庭木に刺さるナイフ。するとどこからか、低くてダンディな声が響き渡った……。


『ふふふ、腕を上げたねシンデレラ。寸分の狂いも無く、私の左乳首を狙ってきた』


 心臓って言えや。

 そんな、家族以外に言ったらセクハラで捕まることを宣う男……まぁ、“そう”だからなんだけども。

 カツカツとブーツを鳴らすそいつは、家の扉を大仰にバンと開け放った!


「久しぶりだね! マイエンジェル・シンデレ──」

「亡きママに捧げるローリングソバットぉ──!!」

「あ゛ぁ゛~~~! お母さんを彷彿とさせる技のキレ~~~~!!」


 親父ぃ!

 ママが死んで継母と再婚してソッコーで不倫して! 家裁の判決で我が家から出禁食らってるクソ親父じゃねーの!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る