第8話 エピローグ

 ヴイイイイイイイイイイン……


 腰から下はみんなの想像通りというのか、これなら最初からモザイクをかけることなく、どうにかポジションで誤魔化した方がましだったと言える結果だった。


「音無くんサイテー……なんてのは言わない。だってこれもそのスキルのせいで……っていうかわたしたちが想像したせい、なんだよね?」


 おや? 南野さんがものすごく赤面しながら斜め下に視線を落としてそう言うのはなんとも……いいのか、中学生でこんな体験をしても。


『よくないに決まっておろう?』

「どわああっ、いきなりでてくるなっ! ていうかおまっ──背中にくっつく……」

『よいのかの? 妾を負かした男じゃから妾は全然構わんのじゃが、こうして密着してるというのは、おぬしにとって僥倖とも言えると思うのじゃが?』

「ぐっ……」


 さっきまで特大の振動棒と戯れていた美女改めて美少女はある意味の賢者にでもなったのか、火照った身体で僕の背中にべったりとくっついている。


 それはつまり、遠目にもわかる美しいプロポーションを惜しげもなく押しつけて、なんなら絡みついているわけで、そんな状態を嬉しく思わないわけもなく。


「いやっ、そもそもお前はモンスターなんだろっ⁉︎」

『ふふん……そう聞いておるのか』


 そう……? なんとも妙な言い回しをする。


「音無くん……?」

「うっ──」


 さっきまで恥じらいの乙女だったはずの南野さんの表情はまたしても零下二百七十三度を思わせる冷たさを帯びて僕の正面に立っている。


 背中に美少女、目の前にも美少女。なのに何故だろう、屹立していたものさえ萎んでいく。


「ずいぶんと仲良くなったのね……っ」

「ぐっ……うぅっ⁉︎」


 僕とてさすがに予想だにしていなかった。まさか鷲掴みされてしまうとは。生命を握られてしまうとは。


『ふむ……なんという積極性。妾も負けておれんかのぅ』

「ひうっ……⁉︎」


 背中では握るものもないからと油断していた、わけではない。そもそもそんな状況を想定したこともないのだから。


 だから、今や自分のスキルと南野さんたちの断罪というべき想像の賜物であるむき出しの下半身に、美少女モンスターの彼女が自らの脚を絡めてくるなんて。しかもさっきまで楽しんでいたせいで何だか熱っぽく、しかもよくわからないけど湿っている気がする。


「この、エロモンスターめ……っ」

『なにを。さっきまでこの男を毛虫を見るような目で見ていたくせに。さっさとその手を離せい』

「いやよっ」

『離すがよい』

「やっ、邪魔しないでっ」

『うぬっ……手強いの……ならば両手で……』

「ちょっ、ちぎれちゃうっ」

『そう思うなら離してやるがよい』

「い、いやよっ」

「ちょ、二人とも何をムキになってるのか知らないけど、そろそろやめっ、やばっ、や、やあああああっ」

「え?」

『ほう、早いのう』


 何が、と言わなかったのは美少女モンスターの優しさだろうか。僕がここでボカしていれば誰にも伝えることなく隠せるだろう。


『そうそう。おぬしが妾に背中を取られた瞬間に妾たち三人をモザイクで覆い隠して見られずに済むようにしたようにの』

「あ、そうだったんだ」

『というわけで美少女二人に挟まれて握られて果てたなんてのも知られずに済んだわけで』

「みなまで言ってくれてんじゃねえかこいつ」


 この恨み墓場まで……いや、話に聞いていただけの初めてがこれっていうのはそれこそ僥倖なのか。


『ふむ、病みつきになられても困るから一生賢者になる魔術でもかけておくかの?』

「だ、だめよっ、そんなことしちゃあ」

『なぜおぬしが言う』

「そ、それはその……」


 これはまさか南野さん。本当に僕のことを……?


「わたしが不能にしたと思われて慰謝料とか請求されたら困るもの……」

「南野さんんっ!」




『さて、今回の件についてじゃが……』


 僕たちは今、机と椅子を並べ直して元通りとなった教室で着席して教卓に座り何かしらの説明をしてくれる様子の美少女の話に傾注している。


 それにしても……彼女はモンスターのはずで、現れた時よりもずっと幼く年齢を変えてしまえる存在なんだけど、どうだろう。教卓に座り、前に並べて下ろしている脚の美しさときたら。薄い白のワンピースはうっすらと地肌が見えそうなくらいで……。


『すまんの、ニップレスをしておる』


 今何人の男子が項垂れただろう。僕はむしろこうふ……いや、話に戻ろう。日本と異世界の協定。


 しかも話を聞くうちに分かったひとつとして、美少女で美女で美魔女であるところの妾さんは、どうやらモンスターではなく異世界にすむ種族で、魔法なのか魔術なのか知らないけどそういうのを使えるところを除けば僕たち人間にずっと近い種らしい。


『おぬしたちの国……ニッポンじゃったか。その交渉の詳細はつまらんから省くとして、妾たちがこうしておぬしたちの呼びかけに応じて現れたのは取引があったからよ』


 そうして美少女が語ったのは、異世界とニッポンは確かに繋がることが出来たが、それはたまたま求めるニッポン側と同様に求める異世界側とのチャンネルが合致したせいだと言う。


『つまりお互いに欲しいものがあった、ということじゃ。ニッポンは資源。妾たちは人財じゃ』


 異世界には魔術というのがあり、それを元に造る魔法石というのがあるそうで、それらを上手く調整すれば現代の化石燃料や発電設備の代わりにも出来るそうで。


「人財というのは?」


 これはすでに体操服のジャージに着替えた僕の質問だ。そしてそれにはわざわざ教卓から降りた美少女が僕の席まで来て答えてくれる。


『妾はおぬしが欲しいのじゃ』

「ちょ、あなたっ!」


 教室中がどよめき、一番前の席で南野さんが抗議の声を上げる。南野さん、もしかして本当の本当は……。


「人数が合わなくなったら行事に支障が出るじゃないっ!」

「そんなあっ」


 とうとう僕もたまらず妙な声をあげてしまった。


『ふふ……おぬしはどうよの? ここではどうやらただの数でしかないようじゃが、妾とともにこちらの世界にくれば──悪いようにはせんぞ?』

「わ、悪いようにはしないって、それは──?」

『つまりは、こう──』


 僕のスキル展開も早くなったもので、危機感を覚えたその時には、モザイクが僕らを世界から隔絶してくれる。そして分かったのはこの場合、僕がモザイクの内側にいる場合には外からの他人からの干渉を受けない、ということだ。


『やりたい放題じゃの』

「ちょ、今の時間で一体何をしてきたの──って音無くんっ、生きてる⁉︎」

「危うく天国行きだったよ」

「どういうこと⁉︎」


 というのは流石に嘘だけど、これだけ慌てる南野さんが見られるのはなんだか嬉しい。


『人財……つまり戦力であり、駒ということじゃの。おぬしらの言うところの異世界では絶えず争いが起こり、いつだって救世の勇者を求めておる。モザイク、か……使いようによっては勇者にだってなれる素質。現に負け方を模索していたとはいえ、妾を倒すポテンシャルを見せたからの』

「思いっきり楽しんでたものね」

『ニッポンの技術の中でひときわ気に入ったものがアレだったからの。こやつのスキルを察知した妾が誘導したとはいえ大満足じゃった』


 負け惜しみとは到底思えないこの発言を信じると、あの必死で手にした勝利も僕のスキルを吟味するために必要だっただけのプロセスらしい。こっちは死ぬ気で絞り出した策なのに……。


『じゃから妾も搾り出してやったであろう? それで手打ちにするがよい。足りぬならまた──』

「分かった分かった! 分かったから……教卓にもどってくれ」

『相変わらずシャイボーイな……ん? それもそうか。おぬしまだ済ませておらぬからのぅ』


 一歩二歩と歩き始めたかと思うと、少し考えてののちに振り返りそう言う美少女。


「済ませてない、って……な、なにを、かな?」

『それはもちろん……』


 美少女の手が僕の手を取り、指を……。


「チェストーっ!」


 そんな僕らのあいだにフライングクラスチョップで割り込んできたのは南野さんだ。


『ぬっ、邪魔するか』

「邪魔するわよっ! わたしたちはまだ中学生になったばかりなんだからっ!」

『つまらぬ倫理観よ。のう、少年。異世界ではそんなの気にすることもない、というか異世界ならその歳はれっきとした成人じゃ』


 僕は目の前の二人のやり取りが次第に面白くなってきた。


「いいよ、僕は異世界に行こう」

『ん? やはり少年の欲望に訴えかけるのが最良であったか』

「ちょ、音無くんっ、そんなに急がなくても──」


 どうやらタイミング的にすごい勘違いをさせてしまったようだけど、それはそれで僕も願ったり叶ったりだからいいか。


「僕は行きたい。異世界に……みんなとは違うかも知れないけど、憧れたものがあるかも知れない異世界に生きたい」

『──歓迎する、ニッポンの少年よ』




 その後僕は担任教師を介して正式な手続きを踏み異世界へと移住することになった。


『まさかおぬしも来るとは、の』

「全然まさかって顔じゃないのはなんでかな」

「僕は嬉しいよ。また一緒にいられるなら」


 移住にはなぜか南野さんもついてきた。他の男子三人については逆に美少女が不要だと跳ね除けていたのが不憫だった。


『ふふっ、では行くかの。覚悟はよいかの?』

「今さらよ」

「うん。望むところ……ううん、すっごく楽しみだっ」


 教室に異変を起こした機械、それの政府管理施設設置型を使い僕らは異世界への扉を開いてその先へと踏み出した。


『なに、一生戻れぬわけでもない。いずれは相互通行も叶うであろうし──今回の妾たちのように、選別の側で訪れることもあろう』


 ともあれここから僕の人生は始まる。


「恋も、ね?」


 ということらしい。僕の人生も恋もここからハジマル。





 ─あとがき─


 いかがだったでしょうか。考えようによってはとってもチートな能力でしたが、連載にするならその辺のバランス取るのも考えなきゃなって感じのお話でした。

 最後に南野さんがついてこれて、他のサッカー少年も野球少年も剣道少年もだめだったのは何も能力のお話ではありません。妾さんには全く通用しなかった南野さんは、それでも音無くんをめぐってのライバルとなり、少年の成長に寄与するだろうという目論みからです。


 ここまで読んでくださった皆々様であれば、面白かったか或いはそうでもなかったかと感想も抱いてくれてることかと思います!

 感想もレビューもいただけると創作意欲が泉のように湧いてくること間違いなしなので、もしよろしければお言葉を頂戴できると嬉しいです。


 最後まで読んで頂きありがとうございました!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋をした。僕の右手にはモザイクがかかっていた。 たまぞう @taknakano

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ