第14話 女になった友達とお昼時間 2

「那須さんっていつもはお昼ご飯どうしてるの?」

「いつもはお友達と食堂で食べてるんですけど、今日はたまたま! お弁当を持って来たので、せっかくいい天気なので一人のんびりお外で食べようかと思っていたところなのでした」

「あ、そうなんだ」

「たまたま弁当を持って来るっていうシチュエーションがよく分かんねえけどな」

「うるせえです。単純に、昨日の晩御飯のおかずが余っちゃったので詰めてきただけですよ」


 校舎の影にぽつんと佇む古ぼけたベンチに腰かけて、3人でうきうきわくわくランチタイム。


 右からあさひ、俺、那須の座順。

 二人がけのベンチは三人で座るにはやや窮屈で、肩と肩が触れ合う距離に二人がいる。

 側から見れば両手に花だ。

 双方から食べ物の匂いとは違う華やかな香りがした。

 片方は元男でもう片方は腐っていると言う事実を自分に言い聞かせて、余計な情報が交感神経に伝わる前にシャットアウトする。


「せんぱいっていつもおにぎりだけなんですか? お腹空きません?」

「まあな」


 俺の弁当袋の中を覗き込んだ那須が聞いてきた。

 確かに男子高校生の昼飯にしてはさもしく見えるかもしれない。


 いつも通り俺は具無しのおにぎりで、あさひは彩豊かなお手製弁当。

 那須も、昨日の余りとは言いつつも、普通に美味しそうな弁当だった。


「も、もしおかずが欲しかったらわたしのを――」

「うまい」


 おにぎりだけでも大丈夫。

 何となれば、俺にはおかずを恵んでくれる素晴らしい友人がいるのだ。


「え? せんぱいいま当たり前のように同級生さんの卵焼きを摘みませんでした? あれ? 幻覚?」

「まあいつものことだな」

「いつものこと???」


 あさひと二人で昼食を食べるようになってからしばらく。

 俺が隣で毎日もそもそとおにぎりを食べていたら、それを見かねたあさひがおかずを分けてくれるようになり、気づいた時にはそれを見越してお弁当箱がひと回り大きくなっていた。天使か?


 あさひの弁当、めちゃくちゃ美味いんだよな。

 今や男友達に胃袋を完全掌握されている俺だった。


「え? あれ? そういえばせんぱいはいつもは朝日奈さんとご飯を食べているんじゃ……」


 那須がきょとんとした顔で俺たちを見てくる。

 そういえば、那須にはお昼はあさひと一緒に食べていると雑談の中で話したことがあったな。

「素晴らしいですね!!!」と目を輝かせていや腐らせてえらく食い気味に言われてなんだこいつと思った記憶がある。


「いつもあさひと食べてるし、今日もそうだぞ」

「え? あ、じゃあ朝日奈さんは後から……」

「いや、ここにいるだろ」

「へ?」


 俺はあさひの肩を軽く叩いた。


 話すにはちょうどいい頃合いだろう。

 お天道様も顔を出して、俺たちを暖かい日差しで見守ってくれている。


 あさひは動かしていた箸を止めて居住まいを正してから、訳も分からないというような顔をしている那須の方を向いて言った。


「この前は誤魔化してごめんね。信じられないかもしれないけど、オレ、朝日奈あさひ」

「――――え?」


 那須の箸が摘んでいたタコさんウィンナーが弁当箱に落ちて、跳ねて、ドレッシングのかかったサラダの真ん中にすっぽりと収まった。

 ちょうど天から降り注いだ陽光がタコさんウィンナーの頭頂を照らす。


「性別変わりました」

「え? え? え? ――ええええええええ!?」


 うっさ。声でけえよ。耳元で突然音量上げるのはやめてくれ。びっくりしておむすびころりん始まるかと思った。すっとんとんなのはお前の胸だけで十分だ。


 驚嘆の声を響かせた那須は、瞳孔の開いた猫みたいな目で、あさひの顔をまじまじと見つめる。


「い、いや、確かに面影はあるし、せんぱいとの距離感もわたしのよく知る“アサシン”のそれですが……でもでも、そんな急にTSなんて、解釈違いというか癖が合わないというか、え? どうしましょう、せんぱい。わたし混乱してます」

「自分で混乱していると分かるうちは大丈夫だ。もっとパニクれ」

「誘い受けイケメンの美少女化、ただの痴女になってしまうのでは……? あ、混乱って混じって乱れるって書きますけど、すごくえっちな熟語ですよね」

「よし、それ以上はダメだ。帰ってこい」

「はい」


 高校デビューしたてのJKが闇深すぎてついて行けない。

 触れない方がよさそうなワードだらけだった。

 突っ込まなかったけどアサシンって何。暗殺者?


「ええと、手術をお受けに……?」

「受けてないよ」

「土曜日にデパートで会ったろ? あの日の朝、起きたらこうなってたんだと」

「そう言うこと。突発性性転換症ってやつらしい」

「は、はあ……」


 あさひを見つめたまま、呆けた顔をしている。

 情報をごっくんするのにだいぶ苦慮しているようだった。


 俺も最初はそうだったな。

 知っている人が急に性転換しましたと言われても、想定していない出来事すぎて、現実のこととして飲み込むことが出来ない。

 たった二日前のことなのに懐かしく感じる。


「あれ……でもあの時、ばちばちにお洒落してましたよね……? それこそ彼氏とデートなうです♡って感じで……」

「ああ、あれは俺が買って無理やり着させた」

「無理やり着させられた……」

「え、やば」


 ヤバいやつに素でドン引きされてる。


 昨日まで男だったやつに、ブラをつけて、女装させて、隣を歩かせる。

 鬼畜の所業だった。

 法に触れる一歩手前ぎりぎりの行為だろこれ。


「いやまあ確かにこれだけ可愛いと気持ちは分かりますが……」


 いやマジで可愛いな、これで元男? 信じられねえ……。


 箸をかぢかぢしながらぼやく那須に、俺は完全に同意だった。


「いや待って、というかこれやばくない? アサシンとか言ってる場合じゃなくない? 朝日奈さん料理上手だし優しいし頭良いし親友枠で好感度マックスみたいなもんだしそれが超絶美少女に変身とか控えめに言って最強で無敵のヒロインというか完全無欠のど本命というかもうストレートトゥルーエンド待ったなし?」


 はっと思いついたようにぼそぼそ早口で呟いて、何やら顔色が悪くなっていく那須。酸欠か?

 二倍速してんのかってくらいの早さで全然なに言ってるのか聞こえなかったけど。ファスト映画だってそんな早口じゃねえだろ。見たことねえからわかんねえけど。


 それからしばらく考え込むように俯いていた那須は、ゆっくりと顔を上げた。


「……せんぱい」

「ん?」

「いくら友達が可愛い女の子になったからって、変なことしちゃダメですからね」

「急になに言ってんのお前?」

「わたし、BLは好きですけど精神的BLは守備範囲外なので」


 ほんとなに言ってんのお前?


 岩のように鈍感なあさひでも、こうも直裁的に言われれば意味することを感じ取るようで、横でおべんとを吹き出しそうになって咽せている。

 背中を摩ってやる。


「な、那須さん、そういうのは心配しなくてもあり得ないから。……あり得ないよな?」

「あ、お、おう」


 ちょっと不安げに上目遣いで俺を見るんじゃない。

 ドキッとするから。


「いいえ、わたしは詳しいんです。最初はそう言いつつも、段々お互いのことを異性として意識するようになり、最終的には肉体的本能に負けてどろどろぐちょぐちょメス堕ちダブルピース。二人の愛の結晶でベースボールチームを作ってしまうんです。ああああ、脳が、脳が焼かれる……っ!」

「なんだこいつ……」


 頭を抱えてバンギャ風ヘッドバンキングをかましながらも、下半身はももの上に乗せたお弁当箱を落とさないようにバランスを取っている姿が異常すぎて、ああこいつの思考回路がおかしいんだなと途端に冷静になる。


 俺が少女漫画のヒーロだったらニヒルに「おもしれー女」って呟いているところだ。


「と、とにかく! わたしの専門は薔薇が咲き乱れる純粋なボーイズラブで、寝取り寝取られ精神的BL肉体的NLその他メス堕ち展開はぜっっったいNGですから!」

「なんの宣言だよ……。ちょっと落ち着け」


 熱弁する那須に呆れ返る。


 NGも何も、友達が異性になっただけでそんな展開が現実で起こるわけねえだろ。クラスの女子どももそうだったが、脳内ピンクちゃんすぎる。


 そりゃ確かに、ご存知の通りいまのあさひは大変に可愛らしい女の子だ。

 自制していても仕草一つに心臓が過剰反応してしまうこともあるが、だからと言って、そんなことで今までの関係が崩れるようなことが起こるかと言えば、全くもってそんなことはない。


 だいたいからして異性の友人関係自体があり触れた形なんだ。(男女の友情は成立しないなんて言うのはカスの嘘なので気にしなくていい)

 だったらなんら特別なことはない。

 友達は友達のまま。

 世はなべてこともなし。

 自分の性癖と地雷を3次元に持ち込むテロ行為は、18禁法で取り締まるべきだ。


「……あ。ごめんなさい。ちょっとヒートアップしちゃいました。朝日奈さんの一大事なのに、こんなこと言ってる場合じゃないですよね……」

「あ、そういうのはいいわ」

「えぇー……」


 しょんぼりシリアス顔はしなくてもよろしい。

 お前にそういうのは期待してないのよ。

 それに後輩に心配されたくないのが、先輩というものであるからして。


「うん。慎也の言う通り、そんなに気にしないで、今まで通り――ああ、いや、その素の感じで接してくれればいいよ。慎也に対する時みたいな感じで」

「う、恥ずかしいところを見られちゃいました……。でも、はい。分かりました。あまり気にしないことにします。今の朝日奈さんなら、そんなに緊張もしないですし」

「イケメンに緊張するって本当の話だったのか……」


 冗談かと思ってた。

 俺は本当にイケメンじゃないから緊張されてなかったんだ……そうなんだ……。


 俺が密かに落ち込んでいると、「そういえば」と那須はあさひの顔を伺った。


「話は変わりますが、バイトはどうしますか? 土曜日も、これが理由で休んだんですよね?」


 真面目な話だった。

 他に考えることが多すぎて、後回しにしていた話だ。


 那須の家は喫茶店を営んでいて、俺たちは高校一年の頃からそこで働かせてもらっている。

 いや、働かせてもらっているって表現なんかおかしいな。時代にそぐわない。

 現代風かつ36協定的に言えば働いてやっている、が正しいだろう。

――などというライフワークバランスが崩れた労働者みたいな感慨は抱くことなく、俺もあさひも、ほどほどのシフトで気楽にやっている。


 今後、バイトをどうするかと言うのはあさひの検討事項の一つではあったが、所詮はバイトで、仮に辞めたからと言って大きな問題があることではない。

 単純に別の店で働けばいいだけの話だからな。

 急に辞めれば店側に多少なりとも迷惑をかけることになるだろうが、それこそ所詮バイトの身で気にするようなことではない。

 だからこの話についてはあと回しにしていた。


 それに、あさひは一人暮らしだが保護者から仕送りはあるようで、稼ぎがなくとも生活に困るようなことにはならないらしい。

 ただ、仕送りはあくまで生活費として使っていて、交際費等は出来るだけバイト代で賄うようにしているらしく、要するにそれは自己満足のようなものだ、とあさひは語っていた。あまりにも偉い。


「ん……ちょっと考え中。続けたいとは思ってるけど、びっくりされちゃうよね?」

「そうですね……」


 那須は少し考えてから、何か思いついた顔で口を開いた。


「こういうのはどうでしょう。男の子の朝日奈さんは辞めたことにして、別人の女の子の朝日奈さんが新人として入って来たことにするんです。お父さんには事情を話さないとですけど、これなら他の人には伝わりません」

「……オレ的には願ったり叶ったりだけど、いいの?」

「ええ、もちろん。お父さんには今日帰ったらわたしから話しておきますね」

「ありがとう、助かるよ」


 有能な後輩だった。

 これであさひもバイトを続けられるな。


 友達が一緒の職場で働いていると言うのは精神的な余裕に繋がるので、俺としても助かる話だ。


「バイトのことだけじゃなく、何かあったら相談してくださいね。女子歴で言えばわたしの方がずっと先輩なので」

「そうだね。そうさせて貰おうかな、那須先輩」


 ふふんと胸を張る那須に、ふふと冗談めかして笑うあさひ。

 胸の大きさでは女子歴16年弱の那須よりも女子歴3日のあさひに軍配が上がるが、それはさておいて、頼りになることは確かだった。


 女子の体や特有の文化については、俺じゃなにも分からないからな。

 那須ならそこそこの頻度で顔を合わせるし、それでいて普段所属しているコミュニティが明確に違うから、クラスメイトの女子なんかよりもよっぽど気軽に相談出来るだろう。相談した内容が外に漏れる心配が少ない、という意味で。


 俺は和気藹々とする二人の間で置物になりながら、那須に話してよかったな……と飯を噛み締めるのだった。


 あ、この煮物うまー。

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