第12話 女になった友達とHR後

 HRが終わるや否や、kashimashi!GIRLS――輝かしい青春を姦しく謳歌する女子集団の意――によってあさひは取り囲まれた。

 

 宜なるかな。

 クラスメイトが性転換してたら、そりゃ気になるよな。


「女の子になっちゃったってほんとー!?」「いやどう見ても女っしょ。顔も体も完全に女」「あたしらより可愛くなーい?」「これノーメイクってマジ? 自信無くすわ……」「性別が変わるってどんな感じ!? ほんとに起きたら変わってたの!?」「体育とかどうすんの? 見学?」「トイレは?」「着替えは?」「今日何食べた?」「好きな本は?」「遊びに行くならどこに行くの?」


 何を聞かれてもしどろもどろ。

 のらりくらりと躱せるほどの器用さは、あいにくあさひには無いようだった。

 完璧で究極のアイドルへの道は険しい。


 いや実際、女子たちの勢いが凄すぎて、あさひが「いや、」とか「その、」と言葉を発しようとした時には次の質問で殴られていて、何一つ答えさせてもらえていない。

 無限に相手のターンだ。

 女子に囲まれて羨ましく思うよりも先に、普通に気の毒になってくる。


 流石に助け舟の一つでも出してやろうかと俺が席を立ったその時、先んじてあさひの席に向かう男がいた。

 声のでかい男子生徒、田辺(?)だった。


「朝日奈女になったってヤバくね!? おっぱい触り放題じゃん! 俺にも触らせてくんね!?」

「は?」「は?」「は?」「は?」


 ソプラノとアルトの綺麗な四重奏だった。


 こいつマジか。

 開いた口が塞がらない。

 顎が外れるかと思った。

 よくもまあ女子連中が集まってるとこでそんなこと言えるな。

 地雷原で兵隊にブレイキンを挑むが如き所業だ。

 あまりにも無謀すぎる。


「いやいや、ちょ、冗談やんな。そんな目で見ないといて」


 全く冗談には聞こえなかったし見えなかったが。

 胸の高さで手をわきわきさせておいてよく言えたもんだ。


 田辺の馬鹿さ加減に男子連中は抱腹絶倒していたが、さもありなん、あさひを取り囲んだ女子集団の空気は冬の軒下よりも冷め切っている。

 あさひもなんだコイツみたいな目で田辺を見ていた。


 共感性羞恥というか、共感性恐怖。

 自業自得とはいえ、俺にも起こりうる未来だと思うと震えが止まらない。


 どうすんだよこれ――と戦々恐々としていたところに割って入ったのは、頼れるクラス委員長、由良裕子だった。


「もー、みんな一斉に色々聞きすぎだよ。朝日奈くん困ってるじゃん」

「う……」


 まずは剣呑な女子たちを窘めて、


「田辺くんも、空気読んでね」

「わ、わりぃ……」


 馬鹿な男子には割とマジなトーンで注意する。


 怒られてやんの。

 短期間のうちに先生とクラスの女子に怒られる男子、あまりにも情けないな。

 周りの人間の白い目に晒されて流石に堪えたのか、田辺はすごすごと引き下がっていった。

 ちょっと男子〜!


 対して由良は流石の統率力だった。

 得てしてクラス委員長ってのは雑用係の側面が強いものだと思っていたが、それも過去の話だ。

 由良と同じクラスになってから、俺の中でクラス委員長の格式がストップ高。

 校内ピラミッドの頂点に君臨してほしい。


 と、俺もいつまでも蚊帳の外で感心してはいられない。

 一足遅れてあさひの席の横に並んだ。


「大丈夫か、あさひ。めちゃくちゃ質問攻めされてたけど……」

「だ、大丈夫。これくらい想定内……ではないけど」


 俺としても想定外だった。

 想定外というか、むしろ拍子抜けというか。


 確かにあさひの言う通り、女子たちの詰問に近い勢いは想定を超えていた。

 が、それは興味と好奇心の発露で、決して悪いものじゃない。


 率直に言えば、俺は、あさひに対して、もっと腫れ物に触るような反応をされると思っていたのだ。


 しかし実際には好意的に――というのは大げさだが、みんな、女になってしまったあさひに対して、抵抗感や否定的な感情は抱いていないようで、ほっとした。


 三浦先生のお話の賜物か、人間的に“出来ている”奴が多いのか。

 何はともあれ重畳だ。


 俺とあさひの会話を聞いてか、「やっぱり……」と由良がこちらに向き直った。


「志賀くんは朝日奈くんのこと知ってたんだね」

「ん、ああ、まあな。色々あって土曜日は一緒に病院行ったからな」

「ふぅん?」


 っと、余計なことを言ったか?

 由良の「そこまでしたんだ?」というような反応に、今のはあさひのパーソナルかつクリティカルなところに掠める発言だったと反省する。

 なんで友達である俺が一緒に病院に行っているのか。

 よからぬ疑念を抱かせかねない返答だった。


 が、幸い由良は深掘りせず流してくれた。


「まあ志賀くんと朝日奈くん仲がいいもんね。ちゅーちゅーの仲っていうか」

「秘密を共有してるってことならツーツーだろ。それじゃ俺とあさひが四六時中キッスしてるみたいだ」

「キッスって言い方ちょっとキモいな……」

「うん……」

「…………」


 普通に傷ついた俺だった。


 女になった友達が辛辣すぎる件について。


 いや、それは元からだけど、女の顔と声で罵るようなことを言われると、ちょっと楽しくなって来てしまうので控えめにしていただきたい。


 ちゅうか振ってきた側の由良まで同意してんじゃねえ。

 由良が「ちゅーちゅー」と発する時の唇の動きを注意深く注視していた俺は、確かにキモいけどな。 

 ちゅうしてほしい。


 閑話休題。

 

「それにしても……近くで見ても、ほんとに女の子だね、朝日奈くん」


 あさひの顔を矯めつ眇めつする由良。

 顔のいい女が顔のいい女を見つめている……。


「うん、まあ……」

「しかもすっごく可愛い。……――――――私より可愛いかも


 有名な画家の絵画を前にしたように、ほうっと感嘆の息を吐きつつ、由良はぼそっと何やら呟いた。


 しかし目が幸せな俺には聴覚に意識を割く余裕がなく、よく聞こえなかった。

 あさひは可愛いと言われてむず痒そうな顔で、そっぽを向いていた。


「ね、いろいろ聞いてもいい? みんなも気になってるみたいだから」


 うんうん、と周りの女子たちが同意する。


「……少しずつなら」


 不承不承というか、恐る恐るといった感じであさひが頷くと、やった、と女子の一人が言って、質問の時間が始まる。


「ほんとに朝起きたら変わってたの?」

「うん。目が覚めたらこうなってて超びっくりした」


「性別が変わるのってどんな感じ? 男の子の時と結構違う?」

「だいぶ違う。特に体を動かす感覚が違くて油断すると転びそうになる」


「精神的には変わらず男の子なんだよね?」

「まあ、たぶん? 精神的な変化ってのはよく分からないな」


「自分の体にドキドキしたりしねえの? ――って、何だよ。いいだろこれくらい聞いたって」

「あくまで自分の体だし、別に何とも」


「女の体って男に比べて感度3000倍ってほんと――ぎゃあ!?」

「…………」


 と、一問一答といった形でQ&Aが始まると、遠巻きから様子を伺っていた人たちがぞろぞろと集まってきて、田辺のせいでなんとなく入りづらそうだった男子連中もそろそろと輪に加わって、気づくと教室の中心に大きな人だかりができていた。


 我関せずと参加しない人も居たが、聞き耳を立てていることは見ずとも分かる。


 俺はというと、そのままあさひの横に居座って、たまに会話に加わったり、答えにくそうにしているあさひのフォローをしたり、セクハラ野郎を吊し上げたりと、アイドルのプロデューサーみたいな役回りになっていた。

 よし、楽しく話せたな。


 正直、俺からじゃ聞きにくかったことも、関係性の薄かった奴らから聞いてくれたことで、今のあさひについて知れる良い機会になった。


 まあ、あさひが正直に本音を話しているとは、限らない訳だが。


「でも朝日奈、これから大変だよな。彼女とか作れねーじゃん」


 あさひへの聞き取りがひと段落した頃、男子の一人がそう言って、数人の女子たちが「確かに」と頷いた。


「いや、そもそも既にいたり?」

「居ないけど」

「じゃあまだセーフか。いやセーフなのか?」

「でも、そうだよね。女の子同士じゃ結婚も出来ないもんね」

「せっかくクラス一のイケメンだったのに……」


 あさひに同情的な視線が寄せられる。


 まあ確かに、女の体で女と付き合うってのは、男が女と付き合うよりもハードルは高いよな。

 百合な女子を探すか、女子を百合に堕とさなければいけないんだから。


「じゃあ、男の子と付き合う、とか……?」

「いや、ないだろ」

「ないない」

「いや、アリじゃね?」

「割とアリ」

「むしろアリ寄りのアリ」

「だいぶアリだな」


 大人しめの女子の逆転的発想に、意見が割れる男子たちだった。


 なるほど。

 確かにあさひの今のビジュアルなら、元男だとかそんなチンケなことは気にしないやつは多そうだ。

 これがルッキズムか。


「いや、普通にオレが嫌なんだけど……」


 ごもっともだった。

 こんな露骨に顔と体目当てのクソ野郎ども、誰だって願い下げだ。


「女の子になったからって男の子と付き合えるわけじゃないよね……」


 それは一人の女子の小さな呟きだったが、不思議と教室中に浸透するように耳に付いた。


 その発言の是非はともかくとして、実際のところ、そんなにすぐに女として生きていくことを完全に受け入れられる訳ではないだろう。

 諦めることと受け入れることは、決して同義ではない。


 これまでのあさひの反応を見ている限り、自分の女の体に対する拒否感はそう大きなものではなさそうだった。

 が、だからといってまるっきり女として扱われたいかと言えば、そうではないだろう。

 実際、通行人からの邪な視線に、居心地が悪そうに眉を顰めていたこともあった。


 特に土曜日の“女の子らしい格好”をしての帰宅途中の注目度は半端なく、俺が用を足しにちょっと側を離れただけで軽薄そうな男にナンパされてしまうほどだったのだが、その際の当惑と嫌悪の入り混じった顔を、俺は忘れられないでいる。


 あの時は俺が間に入ってことなきを得たが、そもそも女装で外を出歩く原因となったのは俺なので、いたく自戒の念に駆られたものだ。


 今後は二度と外であのような格好を強要することはしないと心に誓った俺だった。


 家でたまに着てもらうくらいなら……いや、ダメだろ、普通に。

 それは男友達に対する接し方ではない。


 ん、というか、さっきの顔と体目当てのクソ野郎って、もしかして特大のブーメランだったか?

 グッサリと俺に突き刺さっている気がしてならない。


「まあでもほら、朝日奈くんには志賀くんがいるから」

「は?」「は?」


 急に水を向けられてびっくり。

 何がまあで何がでもで何がほらなんだ。


「あーそっかー」「確かに」「全然心配することなかったね」「ねー」


 さらに周りの連中の反応で二度びっくり。

 何言っとんじゃコイツら。


 なんとなく顔を見合わせて、気まずくなる俺たちである。


「いや、なんで俺……」

「仲良しじゃん」

「そうだけども」


 仲良しだからなんだっていうんだ。

 女子どものにちゃついた顔がこの上なく鬱陶しい。


 ていうかお前らこれまでほとんど絡んだことない奴らだろ。

 なに俺たちは知っているみたいな雰囲気出してんだ。


「朝日奈くんも、志賀くんならなしじゃなさそう」

「は、はあ? 何言ってんの?」


 本当に何言ってんのだった。

 これがきっかけで俺とあさひの友情に溝ができたらどうしてくれるんだ。

 なまじ肉体的には男女になってしまったせいで、変に意識してしまいそうだ。


「あ、チャイム」


 と、そんなところで一限目の予鈴が鳴った。

 教師が教室に入ってくるのを見て、各々が席へと戻っていく。


 ちくしょう、タイミングが悪すぎる。

 この気まずい状態を引きずって授業を受けないといけないのか、俺たち……。


 俺も仕方なしに自席に戻って、座る前になんとはなしにあさひの方を見ると、ちょうど向こうも俺の方を見ていて目が合った。が、すぐにふいと逸らされた。


 どういう反応なんだ、それは……。


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