第4話 場と間合いとタイミングで戦う
30分ほどすると、隣の実家で不動産屋の声が聞こえるので、下駄履きに団扇(うちわ)という押っ取り刀の「植木等スタイル」で、隣家の玄関まで出かけて行くと、この家や土地の権利者である私の義理の父、その娘の私の妻、そしてその妹の3人に「どういうことだ !」と、詰問口調で怒鳴りちらしています。
このオッサン、一ヶ月前に隣家取り壊し開始の時、挨拶に来たと言いながら、手土産ひとつ持たずに(単なる通知に)来た男で、高校時代はバスケットボール部だったということで身長180センチ以上のかなりがっしりした体格。
ですから、人を上から見下ろすようにして話します。
私が解体屋のお兄ちゃんたちに言ったことなど、親父も妻も誰も知りませんから、彼ら3人は目を白黒させているばかり。
私が不動産屋に近づくと、彼は私に向かって「おい、オレはだな、鎌倉学園の卒業生で、あんたなんかよりよっぽど長く鎌倉で生きているんだ、舐めてもらっちゃ困る。」なんて啖呵を切ると、ここでは場が悪いと思ったのでしょうか、解体屋という2人の強力な味方がいる工事現場まで行って話をしようと言い出す。
親父と私の妻、その妹、そして私の4人は、ゾロゾロと彼について荒れ地となった土地の一番奥、隣家との境目まで歩かされました。ここにはもう塀はありません。義理の親父は年寄りなので、疲れて角にあった大きな石に腰をかける。妻とその妹が父を挟んで両脇に立つ。
数メートル横には、パワーショベルにもたれた突っ張り小僧が2人、煙草を吹かしながらニヤニヤ私たちを眺めている。不動産屋と私が殴り合いにでもなれば、いつでも飛び込むぜ、なんて構えです。
私といえば、彼ら二組を底辺とした二等辺三角形の、頂点のような位置に独りで立っていました。
不動産屋は、なんだかんだと親父や妻に向かって声高に「説得」している。
30秒ほどすると、突然、妻が私の方を向いてちょっと声を高くして叫びます。
「いやーん、この人ったら、○クザに知り合いがいるなんて言って、コワーイ・・・。」などと、処女の如く控えめで・か弱い叫び声。
そこで、すかさず(期せずして)私の出番となる。
もちろん、殴り合いではなく、この場と間合い(相手との精神的な距離感)とタイミングを逃さずに勝機に結びつける、と言う戦いです(もちろん、こんなことは後で考えたことで、この時は、完全な場当たり、アドリブで行動していました)。
私は、妻の声に間髪を入れず、30メートル先の鎌倉街道の方を向くと、大学日本拳法部時代の大きな声で叫びました。「なーにぃ ➚ ○クザだと ?」
ちょうど下校時刻で、その先の鎌倉学園の生徒が、我々のいる所から見える部分、長さ数十メートルの歩道を北鎌倉駅に向かってゾロゾロ歩いています。つまり、100人くらいの黒い学生服を着た中高校生たちがそこにいたのですが、この声で全員がピタリと立ち止まりました。
彼らに向かって私は、更に叫びました。
「みなさーん、ここにいる○○駅前の不動産屋は、あなた方鎌倉学園の卒業生・OBです。彼はヤクザに知り合いがいると言って、私たちを脅しています。助けて下さーい !」
「皆さんの学校の卒業生に○クザがいるんですよ。携帯で写真を撮って、皆さん方のご両親に見せて下さい !」と。
すると、3割くらい(30人くらい?)の生徒たちが、一斉に携帯をこちらに向けて写真を撮り始める。とにかく、その時点で、100メートルの長蛇の列は全員停止状態、何ごとかと好奇心満々でこちらを凝視しています。
次に、私はイケイケお兄ちゃんたちに向かって「おい ! 君たちも○クザなのか !」と、やはり高校生たちによく聞こえるような大声で叫びました。
すると、彼らは慌てて煙草を投げ捨てると、パワーショベルの陰に隠れてしまいました。
不動産屋の親父は、と振り返ると、彼の目は点になり、ボー然と立ち尽くしています。
そして、次の瞬間、石に腰掛ける(義理の)父の前で地面に膝をつき、(私を指さして)泣き声でこう言いました。
「ちょっと、この人なんとかして下さいよ・・・!」。
父も困って仕方なく「お前さんも、あんまり大人げないことを言うからだな・・・」なんて言う。
すると、不動産屋は意を決したようにスックと立ち上がり、革靴で荒れ地を大股で踏みしめながら、パワーショベルの陰に隠れた2人を連れ出し、懸案の塀のところで、何やらコソコソ話をしている。
「おーい、何を話してるんだ ?」と言いながら彼らに近寄ると、不動産屋は、さっきまでの強気と打って変わり「何でもないんですから、頼むからあんたは来ないで下さいよ」なんて泣き声で言う。
結局、私たち一家の側の塀だけは、破壊・撤去から免れ、今も立派に塀の役割を果たしています。
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