第三話 冒険者たち密林を征く

「まぁ……状況は不可解だが、セイレーンの脅威が取り除かれたことは確かのようだ」


 割り切れない様子で、パーティーリーダーのジュラックが宣言する。

 他のメンバーも納得せざるを得ないと言った状況だ。


「で、この後はどうするよ? 大人しく船に帰るか?」

「え~っ。せっかく来たんだから、島の探検でもしようよ」


 斥候のピングの言葉に、頬を膨らませたのは魔道士のミューレンだ。

 このハーフエルフの娘の我儘で行き先が決まるパーティーなら、この先の行動は決まったようなものだ。

 聖女様リリアン・スウィーパーは肩を竦めて、俺を見る。

 まあ、二泊三日の暇潰しツアーで良いんじゃないの?

 暗黙の了解で、パーティーは洞窟を出た。

 子供の使いじゃないのだから、出発したら何かの成果が欲しいのも冒険者ってもんだ。


「とりあえずは森林を抜けて、あの山を目指すか」

「まあ、そんなところね」

「第一希望、お貴族様の欲しがりそうな綺麗な小鳥。第二希望、お貴族様の好きそうな見慣れぬ綺麗な花。第三希望……」

「ミューレン、それは一言でまとめて、『金目のもの』って言うんだぜ」

「それじゃ夢がないじゃない、ピング」

「夢見る少女と、現実的なおっさんの違いだな」


 ジュラック、ガーネットの前衛二人の真面目な会話と、神官のリットンを交えた後衛三人の話題の落差が笑える。


「余計なものを呼ばないで下さいね」


 などと、リリアンが俺に言うが、俺のせいじゃない。来る時は災厄が勝手に俺に襲いかかって来るんだ。

 退屈しのぎは欲しいが、今はこの連中を眺めて満足してるぞ。


 再び隊列を組んで、獣道を進む。

 抜かり無くピングは木に印をつけながら、迷わないように注意して進んでゆく。

 ま、こういう所で怖いのは動植物だな。

 どう見ても、人の手が入っているようには見えない。


 ドサドサドサッと眼の前に巨大なヒルが落ちてくる。

 ミューレンと抱きまくら聖女様は顔を引き攣らせて、悲鳴を上げた。


「ミューレン、パニクって魔法を使うなよ! このくらいなら必要ない!」

「早く何とかしてぇ! こういうのキライ!」


 忍び笑いを漏らしながら、ガーネットが蛭を突き刺す。そのまま捻りを効かせて振り切るのは、この手の奴には有効だろう。

 追撃とばかりに、俺は空間収納から取り出した塩を一掴み傷口に投げてやる。

 もったいない! とのミューレンは叫ぶが、ダメージは大きいぞ。


「ご協力感謝!」


 ジュラックが蛭の頭に切っ先を叩き込むと、そこから炎が立ち上がる。

 魔剣とは、ランクの割に良いものを持ってるじゃないか。

 もう一巡、攻撃を繰り返せば、難なく息の根を止められる。

 まさかこんな物がゾンビ化するとは思えないが、念のためにリリアンは【鎮魂】をかけて、霊を弔った。

 その後も、蛇やムカデなど、ミューレン泣かせの敵がぞろぞろと。

 密林というのは、こんなものだしな。

 まだ、ローチが出てこないだけマシだろう。ゴキブリは……森林が本来の棲家だ。


 二時間ほど先に進むと、歌うような笛の音が聞こえてきた。

 いや、笛じゃない。鳥の囀りだ。

 目を凝らすと、五メートルほどの先の木の枝に、翡翠ひすい色の小鳥が止まっている。

 ルビーのような嘴に、胸元の羽毛は鮮やかな黄色だ。

 見覚えが有るような、無いような……。


「あ! 第一希望みっけ!」


 ミューレンが空間収納から、棒の先に鳥黐とりもちをつけた鳥刺しを取り出して、そろそろと近づく。

 周りが生暖かい目で見ているところを見ると、こいつら普段からこんな事をやってるのか?

 絶対にミューレンの空間収納には、鳥かごも入っているな。

 もう一息という所で、小鳥が止まっている木から蔦が奔り、ミューレンの足首を捉えた。


「キャ、キャ~~~~~~~ッ!」


 ミューレンの悲鳴は二段構えだ。まず、蔦に捉えられたことに驚き、そして、いきなり逆さ吊りにされた状況に悲鳴を上げる。

 まだ鳥刺しを離さないのは立派だが、片手で抑えているだけでは、ぺろんとローブがまくれ上がって、可愛いお尻から背中まで丸見えだ。


「ヤバい、モンスターか!」

「鈍臭いのに、欲をかくから……」


 慌てて仲間たちが駆けつける。

 だが、そこで小鳥の鳴き方が変わった。


「ふぇ? 何でですかぁ?」


 変な声を上げて、リリアンが踊りだす。

 ……お前、リズム感が無さすぎだろう。歌は得意でも、踊りはダメっぽいな、こいつ。

 もっとも、踊ってるのはリリアンだけではない。

 新米パーティーが、全員踊ってやがる。

 悲惨なのはミューレンで、逆さ吊り状態で踊ってるものだから……丸見えだ。

 遂にローブを抑えられなくなって、肌着まで捲れちゃってる。


 思い出した……あの鳥、スペルシングバードだ。

 呪歌を歌う鳥なんだが、ダンスしか歌わないので無害な鳥とされている。

 こんな状況じゃなければの話だろうけど。

 あの蔓は食虫植物のデカいのか?

 なるほど、野生だとこうやって共生関係を結んでるんだな。


「のんびり見てないで、何とかしてあげてください」


 聖女様が言うなら、助けてあげねばなるまい。

 さり気なく耳に塩の塊を最初から入れてた風にして、松明たいまつに火をつけて近づく。


「ミューレンちゃん、大丈夫?」

「大丈夫だけど、大丈夫じゃない! そんなに近くで見るなぁ!」


 うん、気持はよく分かる。

 見てても肌が紅潮してるから、恥ずかしいよね。

 思わずぱんつの紐も解きたくなるけど、一応は聖女様のお付きらしくしないと。

 意外におっぱいが大きいな。右の乳首のすぐ横のほくろが可愛い。

 忍び寄る蔦を松明の火で牽制しながら、植物本体を探す振りで、ミューレンちゃんのヌードをガン見しておく。


「もういやぁ!」


 と、泣きそうになっているから、このくらいにしておこう。

 ウツボカズラの一種らしいので、消化壺の中に松明を放り込む。

 はい、おしまい。

 落ちてきたミューレンをお姫様抱っこで受け止めつつ、ついでに触っておく。

 痛てっ! 思い切りひっぱたかれた……。


「もう信じられない! エッチ、スケベ、変態! ジロジロ見てないで助けてよ!」

「それは男の本能というやつで……」

「もう……知らない!」


 中途半端に長い耳を真っ赤にして、両手で顔を覆ってしまう。


「許してください。あの鳥も捕まえましたし」


 鳥刺しにくっついてるスペルシングバードを、唖然として見てる。嘴をくっつけて捉えたから、もう歌えない。

 長い髪を一筋切って、嘴を結ぶ。やっぱり持ってた鳥かごにしまうと、機嫌が直ったらしい。

 俺を罵るのをやめて、リリアンの影に隠れた。

 ちなみに、松明対ウツボカズラは引き分け。火は消えちまったけど、ウツボカズラ本体はもう動かない。


「……そんじゃ、先に進むか」


 心底疲れたように、ジュラック。

 あわや、スペルシングバードに全滅させられかかったのはショックだろう。


「よく、あの呪歌に耐えられたね……」

「ジャングルの鳥には、嫌な思い出があったから……先に」


 リットンに問われ、耳に入れたふりをした塩の塊を取ってみせる。

 あの程度なら、抵抗するのは容易いとは言わない。

 納得した様子で「さすが聖女様のお付きに選ばれた人だね」と感心された。

 その聖女様は一緒に踊ってたけどな……。


 更に奥に進むと、苔生した石舞台があった。


 三メートル四方の旧い石が積み重ねられた正方形の……舞台としか思えない。

 角の四隅に高さ一メートルほどの柱が、それぞれ立っている。

 間違いなく人の……もしくは魔族の手によるものだ。

 どう見ても、怪しい。……と思うんだが、俺が周囲を探してる間に、聖女様含む他のメンバーは、無警戒に舞台の上に上がって柱を調べてるし。


「おいおい、危ない……」


 と注意する間もなく、柱が光を放った。

 舞台の床に光の魔法陣が浮かび上がり、舞台を眩い光で包み込む。


 あ……みんなどこかに転送されちまったい。

 慌てて俺も舞台に上がるが、一度の転送が最後の力だったのか、柱がぼろぼろと崩れ落ちる。

 死んだ遺跡となった舞台の上で、俺は一人呆然としていた。

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