第四話 冒険者たち迷宮を征く

「チッ! ピングの野郎しくじったな!」


 突然変わった景色に、俺は仲間の斥候を罵った。

 息苦しくなるような深緑の森林から、石造りの回廊へ。あの石舞台に仕掛けられた何かが発動したとしか思えない。


「俺じゃねえよ、まだ何も触っちゃあいなかったんだ……」

「じゃあ、なんだってんだよ!」

「落ち着けよ、リットン。多分魔法的な何か……人数とか魔力とかで作動したんだろう」


 リーダーのジュラックに諭されて、俺……神官のリットンは矛を収めた。

 転移しちまったものは仕方がねえか……。


「全員いるか? 聖女様は?」

「私は一緒なのですが……」

「あぁ、グランさんが置いていかれたか」

「あの、スケベ! 罰が当たったんだよ」


 憎まれ口を叩くのは、うっかりヌードをお披露目しちまった魔道士のハーフエルフ、ミューレンだ。ガキだと思ってたけど、思ってたより良い躰をしてたな。

 思わぬ目の保養になったぜ。……中身はガキだけど。


「でも、困りました……。私の荷物や食事も、彼の空間収納の中です……」


 聖女様……リリアンといったかな? は、上品に首を傾げる。

 天空神の聖女様なら、どこかのお貴族様のお姫様かも知れない。ミューレンより幾つか歳が下のはずだが、しっとりと色気を漂わせた聖女様だ。


「ここはどこだろうねぇ……。地下なのか、建物の中なのか……」


 あたりに目を配りながら、戦士のガーネットが眉を顰める。

 だよなぁ、上に行くか下に行くかも解らねえんじゃ、どうしようもない。


「この魔法陣は、さっきの転移で死んだみたいだな……何の反応もねえや」


 魔法陣を調べていたピングが、ため息混じりに吐き出す、

 要するに、ここに飛ばされて、帰り道を自分で探せということか……。


「何のためのダンジョンだろうね? 変なのが棲んでたら、万事休すだよ」


 心細げに、ミューレンが回廊の先の闇を怖がる。

 俺たちで対処できるようなものが、ダンジョンなんて作れるわけがないし、そこの主であるはずもない。

 俺は大地母神様に祈りを捧げた。


「とにかく先に進んでみるしか無いだろうな……。聖女様の魔法は可能な限り温存。使うタイミングは聖女様自身に任せて、何とか生き延びよう」


 ジュラックの判断はいつも最善だ。

 過信もしない代わりに、むやみに卑下もしない。等身大の俺達の力を把握しているからこそ、安心してこいつに任せられる。

 今は無駄な功名はいらない。とにかく生きて帰ることだな。


 回廊は意外に広く、三人並んでも余裕がある。

 ピングを先頭に、ジュラック、ガーネットが並び、ミューレンを俺と聖女様が挟む形で後列を作れた。


「ダンジョンは嫌いだよ……コウモリとかネズミとか、嫌なのしか出てこない」

「ミューレンはジャングルも嫌いだろう? 蛇とか蛭とかばかりで」

「うん……大っキライ!」

「そもそも、それでは冒険者に向いてないぞ、お前」

「しょうがないじゃない……魔法しか取り柄がないんだから……」


 口数の多さは、不安の裏返しか。

 転移陣で放り込まれたダンジョンじゃあ、何が仕掛けられてるのかわからない。

 角を曲がったら、いきなりダンジョンの主に出くわす可能性もあるんだぜ。

 何しろ、ダンジョンのどの部分にいるのかさえ、解らないのだから。


「どこかに『三階 上方向出口』とか、案内看板でもあればいのに……」

「ミューレンがダンジョンを作る時は、そうしてくれ」


 魔法の腕は大したものだが、ミューレンはまだまだ経験が足りてない。

 口数の多さに、だんだん対応がおざなりになるのも仕方ないだろう。聖女様は苦笑しているが、できれば少し相手をしてやって欲しいものだ。


「しかし……何も出ないねぇ……?」


 ガーネットが緊張を崩さずに首を傾げた。

 ジュラックも唇を噛んで、辺りを警戒する。


「出過ぎるのも困るが、まったく出てこないのも不安になるな……。そうそう人が踏破するような場所でもないだろうに」

「ここが……あの島の中なら、そうでしょうね」


 聖女様の言葉に度肝を抜かれて、皆振り返る。

 当の聖女様は、注目を浴びてオロオロしていなさるが……。


「その可能性も、あるんだよなぁ……」


 意外と、修羅場を潜り抜けてきた聖女様なのかも知れない。

 俺は認識を新たにする。

 転移陣は、どこに飛ばされるかわからないものだ。

 俺たちはこれまで、同じダンジョン内の移動だけで済んできたが、別の場所に飛ばされた経験がなければ出てこない言葉だろう。

 あのグランとかいうお付がいれば、もうちょい安心できそうな気がするのはなぜだ?


 角を曲がると、広間のような場所に出る。

 石造りの床、一面に散らばった人骨に顔を見合わせる。


「お約束なら……コイツラ動き出すよな?」

「人骨の広間なんて、他に置いておく意味ないじゃん」

「ずいぶんと数がいるなぁ……」

「今日は、手間取るようなら【聖光ホーリーライト】の使い手が二人もいるからな」

「屍人中心のダンジョンであるなら、有利になります」


 突入すれば、案の定だ。

 次々と起き上がる人骨たちに、聖女様も聖杖をくるりと回して、石突きで床を打つ。

 シャーンと澄んだ鈴の音が響き、空気の濁りすら消えた気がする。

 魔法を使わずとも、頼りになりそうだ。


「【聖なる御加護エンチャント・ホーリー・ウェポン】!」


 俺は、ジュラックとガーネットの剣に加護エンチャントを加える。

 屍人特効の効果を得た剣で、二人の剣士が切り込んでゆく。

 聖女様の杖には元よりその効果があるようで、華麗な演舞で骸骨兵を砕いてゆく。


「出口は二つだ。どっちに出る?」

「他になにか情報無いの? あっちが手薄とか、矢印があるとか」

「ミューレン製じゃないからねえよ。……っと。左の出口の前に宝箱だ」

「ラッキー! お宝、お宝」


 ミューレンがスキップして、近づきそうになるのを取り押さえる。

 勝手に動くな馬鹿者!

 訝しげに聖女様が呟く。


「ダンジョンに宝箱が有るのは、冒険者の手助けをするためか? 冒険者の欲を掻いて、より奥に引き込むためか? そのどちらかと教えられました」

「手助けされる理由は、無いな……」

「じゃあ、左の宝箱を開けて、正面に進もう!」

「宝箱を開けるのは、決定かよ?」


 文句を言いながらも、ミューレン案に依存はないらしい。

 戦列を維持したまま、ピングが宝箱に取り付く。


「今度はドジ踏んじゃ、ダメだからね。ピング」

「わかってらあ、お宝の逃すとお前はうるさいからな。 鈍臭いんだから、覗き込むな。毒針喰らいたいか?」

「やだ!」


 ……その内に、ミューレンにも魔法以外の武器を教えるか。

 こいつを退屈させると、ろくなことをしない。

 ピングがカチャカチャと15分。何とかミューレンが飽きる前に鍵を開けた。


「王冠か……これは……」

「見せて見せて」

「まだ手を出すな。呪われてたらどうする! ……リットン、壁役交代だ」


 ピングと入れ替わり、宝箱の中の王冠を覗き込む。

 間違いなく、純金製。宝石は、ルビー中心にアメジスト、水晶か……。

【浄化】を試みるが、宝石の輝きがまだ怪しい気がする……後で聖女様に見てもらうか。

 こういうものの呪いは、たいがい宝石にかかってる場合が多いからな。

 素手で触れないようにして、バックパックに放り込んでおく。


「お宝、回収完了」

「よし、あそこの出口に向かうぞ」


 宝箱を誘いと判断して、そこで無い出口を目指す。

 やはり、何かトリガーが有るのか、広間のような場所を出ると人骨の群れは崩れた。


「ここまで来れば安し……何だっ!」


 言いかけたジュラックが、慌てて振り向く。

 ジュラックだけではない、俺も向けられた殺気にサッと肌が粟立った。


 重々しい足音を立てながら、首の無い騎士が歩いてくる。

 デュラハン……。


「勘弁してくれ。前にデュラハン、後ろに骸骨の大群かよ……」


 軽口を叩く俺の声が裏返っていても、誰も突っ込むことすらしない。

 ここを切り抜けないと、生きて帰ることさえ出来ないのだ。


 それでも覚悟を決めるまで、数分を要した。

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