第二話 復活の聖女様パーティーを組む

 荷物を抱えて船室に戻ると、聖女様リリアン・スウィーパーは、すっかり元気になってお腹を空かせていた。


「世界がちょっと傾いてるけど、揺れてないって素敵です。ご飯下さい、勇者様」

「ちょっと待て、こいつをしまってからだ」


 俺が手足を縛り、猿ぐつわをかけた全裸の美女を床に置くと、リリアン抱きまくらは盛大な溜息を吐いた。


「勇者様……女遊びをするなとはいいませんが、攫って来るのは感心しません」

「阿呆、良く見ろ。こいつは人間じゃなくて、セイレーンだ」

「……また、種族の壁を越えてしまったのですか?」

「お前なぁ……何で海の真ん中で、船が斜めになって停まったと思ってるんだ?」

「海? セイレーン? ………………ああ、呼ばれちゃったんですね?」

「誰かさんが、ゲロゲロしてる間にな」


 とりあえず、チェストの中に放り込んでおく。

 珍しそうに覗き込んで、リリアンが頬を膨らませた。


「でも、何で裸なんですか! 説明を求めます」

「セイレーンの薄衣ってのも、結構な能力があるから外しただけだ。大体、繁殖期のセイレーンと種族の壁を越えちまったら、すぐに孕んで増えちまう。愛撫だけで、腰が抜けるほど絶頂に追い込んだ、俺のフィンガーテクを誇りこそすれ、文句を言われる筋合いじゃねえだろう?」

「素直に褒められませんよ?」

「うるさい! つべこべ言ってると、お前も腰が抜けるほど可愛がって、セイレーンと一緒に放り込むぞ!」

「その前にご飯食べたいです! こっちも空腹が限界なんですよ!」


 あ、いかん。目が据わっちまってる……。

 腹ペコ聖女は凶暴すぎる。カニピラフと、ワイバーンステーキとカニサラダを並べて、ワインを添えてやる。

 理性が残ってる内に、食わせないとな……。

 三日分くらいまとめて食って、ようやく満足したらしい。パジャマ姿では威厳がなさすぎるので、妖精製ではなく、ノルドランの街で作った普通の聖衣を着せて、ポッコリお腹を隠してやる。……食い過ぎだ。

 現状をしっかり認識させないと、ボケが止まらないので外に連れ出そう。


「……これ、直るんですか?」

「直る、直らないじゃなくて、直さなきゃどこにも行けないだろ?」


 岩礁に乗り上げて、土手っ腹に穴が空いた船を見て言うことはそれか……。

 だから、これ以上修理の手が減らないように、先にセイレーンを何とかしてきたんだぜ。

 幸い船の脊椎せきついである竜骨は無傷らしいので、船員たちは総出で修理中だ。

 そんな技能のないリットンたちの新米パーティーは、することもなく岩礁に腰掛けてる。


「あ……聖女様、船酔いは大丈夫ですか?」

「ご心配をおかけしました。揺れが止まったので、治まりました」


 意外に信心深いのか、ハーフエルフの魔道士ミューレンが、ぴょこっと立ち上がってリリアンを気遣う。

 ……船酔いよりも空腹のほうが辛そうだった、なんて余計なことは言わない。

 思い立ったように、パーティーリーダーの戦士ジュラックが手を打った。


「それなら、聖女様も我々と一緒に行動しませんか?」

「何をするのです?」

「ここにいても手伝えることはないので、この島を探検がてら、セイレーンを退治しておこうかと。俺たちだけでは不安があるけど、聖女様がいてくだされば、安心ですから」


 リリアンの困った視線がこっちに向くが、何も知らないことにしろと目で訴える。

 暇潰しにはちょうどいいし、今の俺はお前の従者と言い張ってるんだ。

 単独でセイレーンを捕獲したなんて、内緒にしてくれ。


「わかりました。他の船の迷惑にならぬようにしておくべきですものね」


 やったーと、パーティーは沸き立つ。

 まあ、何が出てくるかわからない、孤島の探索は不安だろう。

 俺は空間収納から、リリアンの聖杖を取り出して、恭しく差し出す。

 擽ったそうな顔で受け取ると、格好をつけてくるっと回して、地面を打つ。

 うん、ちゃんと歴戦の聖女らしく見える。

 だが、それよりも新米パーティーは、俺が空間収納を持ってることに驚いているが……。


「従者のグランと申します。空間収納を買われて、聖女様のお供をさせていただいてます」


 そう呼べよな! と、リリアンを脅しつつ自己紹介する。

 それから、互いの自己紹介を済ませて、ジュラックが船長に話を通しに行く。


「船の修理には、だいたい三日ほどかかるという話だ。それまでに探索を終わらせて戻ってこよう」

「置いてきぼりにされることはないだろうね?」

「修理が済んだら、合図に花火を上げる。それから一日待って、連絡がなければ全滅扱いになるとさ」


 女戦士のガーネットとそんなやり取りをしている。

 新米パーティーは、バックパックを背負って島に向かう。ミューレンだけ荷物が無いのは、空間収納の容量が少ないのだろう。

 新米パーティーあるあるだ。


「食事はこちらで用意しますので、遠慮なく」

「え……悪いですよ、グランさん」


 一応遠慮しているが、ミューレンの目はキラキラと輝いてる。

 リリアンも、同類だと気づいたらしく口元が緩みかかって、必死に堪えていた。


「空間収納から出すだけですし、聖女様は口が奢ってらっしゃいますので、一人だけ別のものを食べるのもどうかと思いますよ?」

「そう言う事でしたら、ご馳走になります」


 賛成してくれてありがとう。

 俺としても、新米パーティーに合わせるよりは、美味いものを食いたいからな。


「あれからセイレーンの声……聞こえませんね?」

「他の漂着者でもいたのかもな……」


 斥候のピングが首を傾げ、神官のリットンが頭をひねる。

 船室のチェストの中で縛られてますよ……なんて言えないリリアンは、困った顔で俺を見る。いいんだよ、どうせ暇潰しなんだから。

 まさかこんな島に魔神が封じられていたり、守り神の巨大なモンスターがいたりなんてことはあるまい。

 新米たちの肝試しに付き合ってやろうぜ。


「そうだと良いのですけど……勇者様と一緒だと、そういうのが有りそうで不安です」


 小声でリリアンが呟く。

 そういう事を言うと、出てきちゃうからやめろ。

 大丈夫、何もない。そんな気配は、感じられないからな。


 四時間ほどかけて、島の外周を七割方回り、怪しげな洞窟を見つける。


「セイレーンがいそうな洞窟だな……」


 ジュラックの言葉に、ピリッと緊張が走る。

 良い判断だ。……本当にここにからな。

 斥候のピングが先行し、慎重に洞窟を調べる。

 だから、リリアン。そういう居た堪れない顔をするのはやめなさい。

 皆さん命がけで、真剣なのだから。


 洞窟を進むと、定番のオオコウモリが襲ってくる。

 さて、皆さんのコンビネーションを見せていただきましょう。


 バックステップしながらの、ピングの投げナイフがファーストショットだ。

 首筋を掠め、ふらついたコウモリを、ガーネットが両断する。

 更に開いた口に、ジュラックが切っ先を突きこんで、そのまま地面に叩きつける。

 真っ赤な血が跳ね上がり、返り血を避けながらミューレンが弩を放ち、チマっとダメージを与える。リットンはミューレンの前で盾を構えて守りに入る。

 残り三匹。

 前衛の二人は難なく盾でコウモリを止め、ピングは短剣をカウンターで鼻先に刺して、撃退する。

 追撃で、残り三匹も血煙に変わった。

 うん、意外にやるねぇ。


 それ以外は、先に俺が来ていたこともあって魔物は出ない。

 最奥に辿り着く前に、ガーネットが鼻を鳴らして顔を顰めた。


「この臭い……セイレーンの棲家で間違いないわ」

「だなぁ……」


 あからさまな男女の睦事むつみごとの匂いに、察した連中が頷く。

 一人、ミューレンだけが


「セイレーンってこんな臭いなのか……」


 っと、頓珍漢なことを呟いて、周囲に生暖かい目で見られている。

 うんうん、色々教えてあげたくなる娘だな。

 なんて考えてると、リリアンが咳払いをする。想像くらい良いだろう?


 そして最奥に到着。

 もちろん、そこにセイレーンの姿はなく、様々な服を重ねた褥には、まだ生々しいくらいの情事の跡が残っている。


「いないね……セイレーン」


 気の抜けた声でミューレン。

 首をひねりながら、ガーネットも周囲を確かめる。


「誘い込まれた男の、亡骸もないってどういうことよ……」

「よほどの床上手な男で、セイレーンをヤリ倒して、お持ち帰りしたとか……」

「まっさかぁ……」


 リットンの冗談に、ピングが笑う。

 実はそれが正解なのだが……。

 リリアンは、その困った顔を何とかしろ。


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