第九話 フラウとスカディと語られる真相
「エイナス・オーストレーム様と、そのお連れの方々ですね。お待ちしておりました」
何の邪気もなく、正門の前で待っていたのだろうフラウが微笑む。
たった一人でフラウが待っているのも謎なのだが、それを尋ねた所で、困った顔して微笑むだけだろう。
フラウってのは、そういう妖精だ。
「待ってたなら、あの番犬はどうにかならなかったのか?」
無駄だと思いつつも、一言くらいは文句を言いたくなる。
案の定、不思議そうな顔で言い返されるだけだ。
「魔族の襲撃もあるから、退かせないんです。あのくらいは何とかするだろうと仰ってましたし」
「誰が?」
「偉い人です」
これだから、フラウってのは……。
無邪気すぎて、頭の記憶容量が少し足りない。思わせぶりなことだけ伝えて、肝心なことは何も覚えていないのだから苛つく。伝えないのではなく、覚えていないのだ。
ただ、害意が無いのは伝わった。
美少女妖精たちを、片っ端から撫で斬りにするような、気の進まないことをしなくて済むだろう。俺以上に、【
美女相手だと、俺の信用はガタ落ちするからなぁ。
フラウのあとをトコトコと、正面のエントランスに歩く。
跳ね橋の向こう。エントランスの扉の左右には、それぞれ氷の槍を手にしたスカディが立っている。
凛とした美少女がアイスヘルムを被り、ビキニアーマーの厨ニ病仕様……あちらこちらに、無駄なカッコつけの尖りがあるような……を着込んだ半裸にケープとブーツ。
イメージは氷の【
「見てるだけで寒そうです……」
「氷の妖精だけに、俺たちの真夏に近い感覚なんだろうよ」
肩をすぼめて呟くリリアンに、何となく答える。
フラウなんて全裸だし、偉くなるほど立場を考えて服を着るとかあるのかも知れん。
スカディの合図で扉が開かれる。
先導役のフラウに従って謁見室に向かう……のだが、ちょうど大きな扉分の俺達の通るスペースを空けて、左右に興味本位のフラウたちがわちゃわちゃいて眺めてる。
……何だ、この状況は?
さすがに
ツルペタこそいないが、お椀型だったり、釣鐘型だったり、くびれてたり、ぽっこりしてたり。こんなに大量にいないとわからない事だ。
謁見室に入ると、今度はスカディ大集合。
お揃いの
思わず一人一人に番号をつけて、人気投票をしたくなる光景だ。
こちらは上位妖精らしく、髪色や瞳の色、髪型にもはっきり個性がある。
吹雪の鎧を着替えさせて、ドレスを着せれば、普通の女の子と変わらないからなぁ……。
近づくと冷気が凄いけど。
ミーミル用の巨大な玉座に、今は主は座っていない。
代わりに一人のスカディが腰掛けていた。ただ一人、氷の槍を持っていない。
魔法でふわりと玉座から降り立つ。
プラチンブロンドの長い髪。凛とした微笑み。
そのスカディを見て、エイナスが絶句した。
「ルーテシア様……」
何で、姉姫がスカディ?
真偽を見極めようと、そのスカディを凝視する。……が、ついサービスの宜しいハイレグカットの下腹部をガン見してしまう俺を、誰が責めることができよう。
ルーテシア・スカディは、さっとケープで腰回りを隠して、頬を染めた。
「凝視するのは無礼ですよ……」
「ディノ・グランデ。ルーテシア様を辱めることは許しません」
真顔で呪文を唱えるエイナスに、慌てて言い訳をする。
「本人かどうかを確かめただけだ! そこを凝視された所で、恥じらうスカディなんているわけがないだろう?」
「そうなんですか? 勇者様はスカディに詳しいですね……」
ジト目のツッコミはやめろ、抱きまくら。
俺の言い訳に、一応の正当性は認めたらしく、エイナスの呪文は止まった。
「と、とにかく……わたくしがルーテシアであると納得いただけたなら、よろしいです」
急に加わった男性の目を気にして、モジモジと恥じらう姉姫様が可愛い。背に垂らしたケープを引っ張って、少しでも肌を隠そうと悪戦苦闘中である。
そんな楽しみも、エイナスが自らのマントを脱いで、ルーテシア様をくるんだことで終わってしまう。
「ですが……なぜ、ルーテシア様がスカディの真似事を……」
「……真似事ではありません。私の母は、スカディでしたから」
愕然とした後に、皆が俺を見る。
そうか……前領主も種族の壁を超えちゃったか……。でも、別に俺が指導したわけじゃない。だから、俺を見るのはやめろ。
「スカディと……その……出来ることは俺も知ってるけど……孕むものなのか?」
「エルフならともかく、ありえないと言われています。でも、実際にわたくしが存在するのですから……」
凄えな、前領主……。
まあ、母体に負担がかかるだろうから、産後に亡くなった理由も納得だ。
氷魔法では、【極彩色】も敵わない理由もはっきりとわかる。人間の血が入ると、他の属性の魔法もこなすのかと驚くが……。
「祖父……と呼んでも良いでしょう。妖精王は、人の血の入った私を【スカディクイーン】と称して、【氷の宮殿】の玉座に据えました」
「では、妖精王は何処へ?」
「この宮殿の地下に【氷の迷宮】を築き、全力で管理しています。そこに閉じ込めた、この方面を指揮する魔族の将を逃さぬように」
告げられる現状に、驚かざるを得ない。
人族が知らぬ間に、どこまで戦いが進んでいるんだ?
魔族の方面軍指揮官を迷宮に捕らえ、逃さぬように妖精王が全力で迷宮を管理している。
そして、この宮殿の守護の為に、最上位のスカディである姉姫様が連れて来られた。
現状は理解したが、何でこんな状況になってる?
「全ては、わたくしのせいなのです……」
俯き、唇を噛み締めて、スカディクイーン=ルーテシア姫が語りだした。
「事の発端は、父の……前領主の死でした。埋葬は王家の墓所に葬られるのは当然のことなのですが、私は遺品として貰い受けた父の愛剣を……。母が愛した強き人の象徴として、墓前に供えたいと思ったのです。そして……【氷の聖地】の扉を開きました」
「【氷の聖地】……って、何でしょう勇者様?」
「俺が知るか。話の腰を折らずに黙って聞け、抱きまくら」
姉姫は、俺たちのやり取りに失笑した。
こういう所はやはり、スカディではなく人間味が強い。
「【氷の聖地】は、氷の妖精たちが生まれて、還ってゆく所です。妖精王が持つ【妖精の宝珠】が隠されており、妖精たちはその宝珠から生まれ、還ります」
「ルーテシア様……あなたも、ですか?」
「さあどうでしょう? 私は前例の無い子ですから、誰にもわかりません。自分の寿命も、その時が来るまで知ることは出来ないでしょう」
寂しげな目で、エイナスを見る。
同じ時を生きられるかも解らぬ……相手の瞳を。
「そして……私が妖精界からではなく、人間界から扉を開いたことで、魔族に【妖精の宝玉】の在り処を知られてしまったのです。……二年かけて巧妙に策を練り、魔族は【氷の聖地】に押し入り、【妖精の宝玉】を奪ったのです」
「そ、それは大変なことでは……」
「当たり前だ、抱きまくら。だからこその非常事態なのだろう」
もうちょっと、全体の文脈を考えて発言できないものか……。
天空神神殿の教育に、少々疑問を感じるぞ?
「すぐに気づいた妖精王は、【氷の聖地】を再構築して【氷の迷宮】を築き、魔族たちを迷宮に閉じ込めました。そして、【氷の宮殿】を築いて扉を閉ざしたのです」
「では、【氷の迷宮】はこの下に……」
ルーテシアは、頷くことで肯定した。
言葉にすると、誰かに聞かれてしまうと思い定めているように。
「魔族の将たるドラグーンコマンダーの力は、妖精王に匹敵します。迷宮構築を気づかれるまでの間に、ノルドラン領主家で領主教育を受けた私を連れ出して【氷の宮殿】の指揮を託し、自らは全力で迷宮の維持に専念しています。……そうでなければ、迷宮は突破され、【妖精の宝珠】は持ち去られていたでしょう」
「その【妖精の宝珠】が魔族の手に渡るとどうなる?」
「妖精たちが歪められ……無限に魔に属した妖精が生み出されてしまいます」
「黒スカディとか、黒フラウとか?」
「お前くらい単純なら良いんだがな……。悪魔の類や、狂った精霊になっちまうだろうよ」
「天空神様に使える者として、それは見過ごせません!」
鼻息を荒くする聖女様はともかくとして……。
俺はじっと考え込んだままの、坊やを見つめた。
「ルーテシア様……ひとつだけお答え下さい。なぜ……なぜ父は討たれなければならなかったのですか?」
思い詰めた眼差しに、ルーテシアは息を呑む。
そして、一粒……涙をこぼした。
「それが私の最大の罪です。……騎士団長の剣は妖精王に傷を与え、魔族が迷宮に気づく前に、私を連れ戻るの為の困難となったからです。私がスカディであることを公表しても信用されないでしょう。これでは合意の元に連れ出すことも出来ないと……やむをえず、討たねばならなかった」
苦しげに語ると、ルーテシアは膝を着いた。
「ビヨルン……あなたにはわたくしを裁く権利があります。【妖精の宝玉】を取り戻してからになりますが、わたくしの身をあなたに委ねます。……辱めるも、生命を奪うもあなたの意志で自由にして下さい。わたくしは、あなたの父上の名誉を辱め、生命をも奪ったのですから……」
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