第十話 【氷の迷宮】と宝箱と決戦の火蓋
「わかりません……何もかも、いきなり過ぎて……」
父の仇と追ってきた者の事情の重さに、混乱してしまうのも無理はない。
「ルーテシア様よ、自分の贖罪を急ぎ過ぎちゃダメだろう?」
「……そう、ですね。彼にとっては初めて聞いた事情でした」
俯き、引き下がる。
代わって、庇うように【
「さて……妖精王が維持している間に、【氷の迷宮】に入って、ドラグーン・コマンダーを撃ち、【妖精の宝玉】を取り戻さねばなりませんんね。……【英雄】さんはどうします?」
「まあ、やるしかねえだろうな。手応え無さすぎて物足りねえし」
期待の眼差しで見ていた【
別にこいつの信仰対象の言う【勇者】の振る舞いをしたいわけじゃない。
「依頼は【氷の宮殿】の掃討だ。宮殿は白旗状態でも、そこにくっついてる迷宮に敵が残っているなら、討伐しないと完了とは言えないだろう?」
「そう言うだろうと思ってました。聖女様はいかがでしょう?」
「勇者と共に死地に赴くのが聖女の誉れですから!」
そう行って胸を張るリリアンに、姉姫様が近づいて何やら耳打ち。
その間に、エイナスはビヨルンに告げた。
「ビヨルン、あなたはここに残りなさい。力不足です」
「そんな……エイナス様、お供させて下さい」
「あなたにとって大事なことは、考える時間を持つことです。ルーテシア様の側で、その行いを見つめながら、あなたの覚悟を決めなさい」
ビヨルンは唇を噛み、横目でルーテシアを見る。
すまなそうに俯く姫様も、なかなか美しい。
「あの……勇者様。私の着替えの聖衣を出してくださいますか?」
「なんだ? 今はお裁縫している暇はないぞ?」
「今着ているのがあんまりなデザインなので、フラウの皆さんにお願いして何着か着替えを作ってくださるそうです。助かっちゃいました」
空間収納から取り出して、破れてスリットの入ったのを渡すが……こいつ本当に解ってるのか?
フラウが作るということは【妖精の生糸】製だろうから、とんでもない物が出来上がる可能性があるんだぞ?
まあ、清貧な神殿育ちだから貧乏耐性は高いが、同時に贅沢に関しても鈍感な所がある奴だから……。どんなのが出来ても、俺は知らんぞ。
「迷宮への扉を開きます。妖精王の負担を減らすためにも、迅速な移動をお願いしますね」
そう宣言すると、ルーテシアは清らかな音色の鈴を鳴らした。
たちまち目の前に、光の渦が出来る。
「行くぞ、抱きまくら!」
「はい、お供します!」
「では、ルーテシア様……参ります!」
「御武運を!」
俺たちは光の渦に飛び込んだ。
ぐにゃりと視界が歪み、重力の変化に翻弄される。
世界が安定した時、俺たちは氷でできた回廊にいた。
内側から仄かに光る氷材のおかげで、ランタンなどはいらない。回廊内の温度も、快適と言える寒さに留まっている。
約一名抵抗したが、俺たちは防寒マントの類を脱いで、空間収納に放り込んだ。
「あんまりこっちを見たら、嫌ですよ?」
「お前の裸など見慣れた俺と、ルーテシア様以外の女に興味のないエイナスしかいないんだから、恥ずかしがる理由もなかろう?」
「言葉の棘は気になりますが、言ってることを否定する気はないのでご心配なく」
「……気分的な問題ですよぉ」
隊列は、俺、抱きまくら、エイナスの順だ。
「どちらを目指してるんですか?」
「強烈な魔力を感じる方だ。……と言っても、お前にはわからないか」
「わかっちゃうと行きたくなくなりそうだから、わからないままで良いです……」
「リリアンは賢いな。多分、それが正解だ」
まともな神経をしていたら、こっちに進みたいとは思えないだろう。
一応罠に注意をしているが、妖精王が直接迷宮を管理しているなら、作動はさせないだろう。まあ、迷宮である以上、モンスターはいる。
氷のハリネズミの群れを斬りまくって、先に進もう。
「あ……宝箱です。この場合戴いてしまって良いのでしょうか?」
「まあ、中身次第かな」
「また、そんな事を……勇者様は欲深です」
「迷宮に宝箱が置いてある理由なんて、その中身目当てに探索者を奥に引き込むためか、探索者の手助けをしたいかのどちらかだからな? ……約束どおりに、バーベキューの串が出たら、お前にやるから」
「それは個人的に欲しいですけど、宝箱にはもっと夢が欲しいです」
むくれるリリアンにエイナスが苦笑する。
そして宝箱の鍵穴を調べる俺に、呆れ顔だ。
「【英雄】さんは、鍵開けも出来るのですか?」
「単独行動が多いからな。宝箱を見過ごすのはもったいない。……女と同じで、反応を見ながら鍵穴を繊細に操作してやると……ほら開いた」
毒針の罠を解除して、宝箱を開ける。
出てきたのは一振りの剣と……バーベキューの串だ。
「妖精王に気を使わせるとは、リリアン。お前……意外に大物だな?」
「違うんですぅ! まさか、妖精王様に聞かれていたなんて……」
あわあわと頭を抱えるリリアンをよそに、進み出たエイナスが剣を検め、目を見張る。
「これは……ルーテシア様が供えた、前の領主様の愛剣です」
取り出し、鞘から抜いてみる。
ギラリと艶めかしい刀身が輝く。いかにも領主の持つ剣に相応しい装飾が施されているが、抜身の刀身からは、特別な力が感じられる。
「……【鑑定】まで一人でこなしますか、あなたは」
「……『ドラゴンスレイヤー』だぜ、こいつは。対竜にボーナスがどっさり来そうだ。ドラグーンコマンダーとやり合うには絶好のものだな」
呆れ気味のエイナスに教えてやる。国宝級の代物だ。
ついでに、バーベキューの串はミスリル製で、熱伝導率が高い。
良かったな、抱きまくら。
「あぅ……妖精王様に合わせる顔がありません」
「嫌でも逢うぞ、ドラコマ倒した後でな」
「豚肉みたいに言わないで下さい……お腹が空きます」
「聖女様は本当に大物ですね……。その剣は【英雄】さんが使いますか?」
「使わせたがっているのだろうからな……。了解だ、妖精王。あんたも
エイナスも忍び笑いをしたり、頼もしげに見つめたりと忙しい奴だ。
『神罰いらず』を空間収納にしまって、
しばらく歩いて扉を開くと、広大な空間に出た。
氷のホールとでも言うべき部屋になっているが、天井も高く、邪魔するものは何もない。
「ここで待て、ということでしょうね……」
「ああ、向こうも近づいてきている」
やがて、魔物たちを従えた銀髪のドラグーンの姿が見えて来た。。
あの三馬鹿とは段違いの威圧感に、胸が沸き立つのだ。まったく、俺はネジが一本外れているのかも知れない。
「たった三人とは……本当にやる気があるのかな?」
薄笑いを浮かべるドラグーンの左右に赤黒い肌をした六メートルほどの巨人と、全身に宝石の粒のようなきらめきを纏った魔族が並び立つ。
その後ろには炎の巨人が三体見える。向こうも氷の妖精対策のメンバーだ。
「数がいりゃあ、良いってものでもないだろう?」
「三人いても三バカでは、何の意味もなかったですよ?」
澄ました顔で煽るエイナスに、ドラグーンは舌打ちをした。
「あの愚か者共、我が留守に軍を掌握する才も無いとは……。妖精共を蹴散らすまたとない機会に、何をしていた……」
「バランスやら何やら言ってたから、現状維持に努めてたんじゃないのか?」
「愚かな……」
「人選ミスですね。それとも、魔族は人材不足ですか?」
「実戦経験を積むには、荷が勝ち過ぎたようだな……。弱き魔族など、淘汰するに限る」
「では、お前も淘汰してやるよ!」
「きゃあ!」
鞘から抜いた『ドラゴンスレイヤー』を目の前で振り抜かれて、リリアンが悲鳴を上げる。
同時に不可視であった影が実体を持ち、二体切り裂かれた。
「え……どこから来たのですかぁ?」
「あのドラコマの後ろから、のこのこ歩いてきた。インビジブルアサシンって奴だ。気をつけとけよ、抱きまくら!」
「見えないものをどうやって気をつけろと……」
「見えるように頑張れ」
「そんなぁ……」
リリアンで遊んでる場合ではない。
先手の奇襲を防がれ、ドラコマが早くも竜化を始める。三バカと同じ轍は踏む気がないらしい。
「【英雄】さんはドラグーンをお願いします。他は私が何とかしましょう」
「リストリカンはこっちで殺った方が早いぜ?」
「その方が楽ですが、大した手間でもないでしょう」
事も無げに言って、宝石の煌めきに包まれた魔族リストリカンを見やる。魔法に長けた魔族だけに、剣の方が相手をしやすかろうに。ちなみに他はボルケーノトロールと、見ての通りのファイアジャイアントだ。
「で、おっさん。もう竜化は終わったか?」
「その余裕が命取りになる!」
「どうだかな……それで勝てなきゃ、三バカ並みってこった!」
俺はドラグーンコマンダーに斬り掛かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます