第八話 ウリ坊と大きなワンちゃんと【氷の宮殿】

「あうぅぅぅぅ……。あまりこっちを見ないでくださいね?」

「は……はい」


 できるだけ羽織ったケープで、身体を包み隠せるように工夫しながら聖女リリアン・スウィーパーが恥じらう。

 どんより悶々とした顔を隠せずに、坊やビヨルン・オーグメントがギクシャクとそっぽを向いた。

 生真面目な【極彩色】エイナス・オーストレームは厳しい顔をし、俺は苦笑いで見ている。

 昨日の戦闘で、坊やがリリアンを守るどころか、逆に守られて負傷させたことが、よほど気に入らなかったらしい。

 俺から見れば当たり前の事なんだがなぁ……。

 か弱そうに見えるリリアンに、騙されちゃいけない。

 野営の見張りの組み合わせを替えてまで、説教タイムに当てた。

 しっかり昨日、リリアンのヌードを見てしまった上、説教食らってる横で、久々に抱きまくらが性能を発揮してるのだから堪らんだろう。

 おまけに、着替えの無くなったリリアンは、『罰ゲーム』扱いされてる全身タイツ状態の聖衣姿なのだから、余計に目の毒だ。普段は慎ましく聖衣に隠した、ダイナミックな躰のラインが一目瞭然の凶悪さだからなぁ……。

 あとで連れションにでも誘いがてら、自己処理させてやらないと可哀想だな。

 俺の方は昨夜、スッキリしちゃったから良いけど……。

 便利過ぎるぞ、自動追従型高性能専用抱きまくら(聖女機能付き)。


「わあ、真っ白なウリ坊……可愛いです」


 そんな、まるで女の子みたいなことを言いながら、雪の中で遊ぶ三匹のウリ坊に駆け寄る聖女様。

 ひょいと一匹を抱き上げて頬ずり。

 あのなぁ……と呆れながら、俺は剣を抜く。

 案の定、子供が攫われると思ったお母さんスノーボアが、雪煙を上げて突進してくる。人間じゃないのだから、子供だけで遊ばせておくわけがないだろう……。

 可哀想だが、他に手は無いので斬撃を飛ばして屠る。


「反省しろ、抱きまくら。お前のせいで、無駄に母無し猪が増えちまった」

「あぅ……そんなつもりじゃなかったのに」

「しょうがねえから、今日の晩飯は、ぼたん鍋な」


 母猪を回収して、空間収納に放り込みながら、俺。

 涙目をまんまるに見開いて、リリアンが抗議する。


「なんて事を……さすがにそれは拒みます」

「殺しちまった以上は、せめて食べてやらなきゃな。……この時期のスノーボアは脂が乗っていて美味いぞ? 普通の猪とは、ちょっと旬がズレてるから」

「美味しいんだ……この子達」

「子供はまだ、食い物じゃねえから。……食うのは親だ」

「何だか、いろいろ複雑な気持ちです……」

「悩むだけ無駄だ。どうせお前は、一口食ったら美味さに忘れる」

「否定できない自分が悲しいです……」

「その服にも、しっかり慣れちゃったみたいで、俺も悲しいぞ」

「きゃあ!」


 慌ててケープの前を合わせてるけど、坊やにガン見されてたからな。

 そんな馬鹿っぽい会話をしながら、俺はエイナスに確認する。


「さっきから野獣ばかりだな……。妖精や、魔族の気配は感じたか?」

「まったく感じませんね。あのドラグーンたちが、この辺りの魔族をまとめていたようには思えないのですが……」

「かなり、頭の方が足りてなかったからなぁ。俺も同意見だ」


 【龍人将ドラグーン】なんて言われる奴らは、もっと狡猾だ。

 あれは、経験不足の坊やだろう。

 それでも中隊長くらいは務まるのが、ドラグーンなのだが……。


 まあ、考えてわかることばかりじゃない。

 人型の魔族や、【氷の宮殿】に到着すれば妖精から、話が聞けるだろう。

 降り積む雪の中、足を進める。

 おっと、そろそろ坊やに発散させてやらないとな。妖精とはいえ、全裸の美少女であるフラウは刺激が強すぎる。

 着替えが無くなるのは、一人だけで充分だ。


☆★☆


 そこは凍てついた山間の湖だ。

 氷の霧が立ち込め、降り凍む雪とともに心を凍てつかせるような風景。

 その湖に【氷の宮殿】が築かれていた。

 石材の代わりに氷で造られたその宮殿は、場違いなほどの優美な偉容を示している。

 その美しさに、しばし俺たちは見とれていた。


「綺麗なお城ですねぇ……」

「しかも、中にはフラウや、スカディ……美少女だらけの宮殿だぜ」

「真面目にお願いしますよ、【英雄】さん。……綺麗な薔薇には棘がある。近づけば氷の槍の雨あられもあり得るんですから」

「仕事はきっちりとやるさ。氷の妖精じゃ、抱いても冷たくていけねえぜ」

「まさかと思いますが……抱いたことがあるんですか?」

「フラウはどうにもならんが、スカディ相手なら種族の壁を越えられるぞ?」

「はぁ……余計な知識をありがとうございます」


 呆れ果てた顔のエイナスが、帽子の雪を払って最初に歩き出した。

 生暖かい目でこっちを見て、リリアンが続く。

 ペコッと会釈しながら前に出た坊やは、一時的に賢者のスキルを習得しているかのようだ。目のギラツキが無くなって、穏やかそのもの。

 俺は足を早めて先頭に立つ。

 まだ、門番がいないと決まったわけじゃない。隊列は守ろうぜ?


 案の定、門番はいた。

 閉ざされた正門の前で、身体を丸めて横たわる黒い影。


「あ……勇者様、番犬がいます」

「あれを番犬と言えるとは……よほど肝が座ってるのか? アホなのか?」

「でも、大きなワンちゃんですよ?」


 近づく俺たちに気づいて、その『大きなワンちゃん』は片目を開ける。

 瞳のない真っ赤な目がこちらを見た。

 ゆっくり立ち上がると、頭までは二メーターくらいか? これだけなら、『大きなワンちゃん』と言えないこともない。

 そして、ひとうなりすると、炎を吐き出した!


「ひゃあ! 【聖盾セイクリッド・シールド】!」


 悲鳴を上げる前に盾を張れと言いたいが、間に合ったから許す。

 普通の『大きなワンちゃん』は、絶対に火なんて吐かない。あれはヘルハウンドという幻獣であると、後で言い聞かせなければ……。

 さっきのウリ坊のように、安易にモフりに行くと大変な事になる。

 それにしても、氷対策ばかりしていたら、いきなり炎かよ!


 瞬時に飛び込んできたヘルハウンドの右爪を、剣で受ける。力勝負の押し合い。硫黄臭い奴の息で、鼻が曲がりそうだ。

 力方向をずらして受け流し、振り上げられた左前脚を斬り飛ばす!

 だが、何も無かったかのように、ヘルハウンドは左前脚を振り下ろした。

 本当に何も無かったかのように左前足はそのままだ。

 左爪を躱して、俺は舌打ちをした。


「これだから嫌なんだよ、こいつは! 斬ったんだか、斬れなかったんだか、解りやしねえ!」


 手応えはあるだけに、本当に始末に負えない。

 任せた、【極彩色】。


「まったく……【水流切断ウォーター・スライス】!」


 炎には水と、魔法の水流を器用に操り、エイナスがヘルハウンドを切り刻む。だが、次の瞬間には、何もなかったようにヘルハウンドは向かってくる。


「これは困りましたね……どうしましょう?」

「さあな……俺はヘルハウンドを倒したっていう話は、聞いたことがないぜ?」

「奇遇ですね、私もです」

「……とりあえず、逃げるか?」

「ダメですよぉ! 何とかしないと宮殿には入れませんよ?」


 駄々をこねるな、抱きまくら!

 たまには、どうしようもない相手もいるんだよ!

 だが、エイナスは何かを思いついたようだ。

 意地の悪い笑みを浮かべている。


「では、聖女様……あなたが何とかして下さい」

「勇者様も、【極彩色】さんもダメなのに、私が何とか出来るわけ無いです!」

「できますよ? ヘルハウンドの目の前で最大限の【聖光ホーリーライト】をお願いします。奴の目が眩んだら、一気に宮殿に駆け込みましょう」


 その手があったか!

 逃げるが勝ちってわけだ。


「行きますっ! 【聖光】!」


 突然目の前に生じた眩い光に、キャンキャン鳴いてヘルハウンドはのたうち回る。

 その脇を俺たちは一気に駆け抜けた。

 ……なるほど、リリアンからすれば『大きなワンちゃん』だ。

 正面の門扉に、エイナスの火線が奔る。

 俺の剣も振り抜かれて……。


 俺たちは遂に【氷の宮殿】に転がり込んだ。

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