第七話 戦闘とドラグーンと左九十度回転

 ドラグーン目掛けて突っ走ろうとした俺の眼前に、巨大な鋼鉄の壁が二つ立ち上がる。


「アイアンゴーレムかよ!」


 【極彩色】対策は準備万端らしく、左右からそれぞれスキルジャマーの視線がエイナスに通っている。

 空からはハーピーが四つ。地上にオウガ四つ。まだ隠してる気配だ。

 大盤振る舞いだねぇ。


「ビヨルン、聖女様を守って下さい。私は空を!」


 エイナスは指示を出して、雷撃を宙に飛ばす。

 俺はバックステップしてゴーレムを躱しながら、腰に下げていた手斧を投げる。エイナスに集中していたスペルジャマーの頭を割る勢いで、その目に斧が突き立った。


「やるねぇ、【英雄】さん。でも、その剣でアイアンゴーレムが斬れるのかい?」


 ドラグーンが、からかうように笑う。

 まあな……斬撃や魔法攻撃に耐性が高いのがアイアンゴーレムだ。だが、ちょっと情報が足りてないな、魔族!

 アイアンゴーレムの拳を躱しながら、愛剣で斬り上げる。

 バターでも斬るように、あっさりと斬り飛ばされた腕にドラグーンの顔が引き攣った。


「斬れたぜ? 魔族の坊や」

「なぜ斬れるんだ? ありえない……」

「ありえないと言われても、斬れちゃったものは仕方ないだろう?」


 魔力を変換した各魔法属性ダメージならともかく、無属性な魔力の物理ダメージにまで耐性があったら、こっちが驚いちまう。

 属性の無い俺の魔法剣に、追加ダメージや、弱点をつく効果はない。あるのは確実なダメージだけだ。

 確実にダメージが入るなら、後はどうにでもなるもんだ。


 ビヨルンは角盾とバスタードソードを駆使して、オウガの力任せの攻撃からリリアンを懸命に守っているし、リリアンも聖杖を頭上で回しながら、上空からのハーピーの矢を弾いてる。

 エイナスの攻撃魔法は、スペルジャマーの妨害を掻い潜りつつも放たれるが、避けることを重視して飛び回るハーピーたちを中々捉えられない。

 これで終わりな気がしないだけに、ハーピー相手じゃ強い魔法を使いづらいか。

 ……いや違う。

 弱い火線で牽制しながらハーピーを集めて、ファイアボールで一掃しやがった。

 最小限で最大効果って奴か……やっぱ、こいつは気に入らねえ。


 鳩尾みぞおちの奥にあったゴーレムの核を一突き。

 たとえアイアンゴーレムでも同じだ。それで鉄屑になる。蹴倒すと地響きがした。残りの一体、右手の無い奴も水平に切って、上半身と下半身の泣き別れに。


「これで終わりは、舐め過ぎだな。おかわりがあるなら早く出せ!」

「やるじゃないか……でも、もう終わりのワケがないだろう? まだ序の口だよ」


 イエティ三体が、ゴーレムの残骸を押しのけるようにして迫る。

 こっちは、俺より得意なのがいる。

 俺は飛び退きながら、残ったスペルジャマーに斬撃を飛ばして、その首を刎ねた。


「……戦力の逐次投入は悪手ですよ」


 エイナスの放った巨爆炎メガフレイムがオウガ三体を巻き込みながら、イエティを包み込む。跡には消し炭しか残ってない。

 本当に最大効率の好きな野郎だ。

 残りのオウガをビヨルンが仕留めて、全滅だが……どうする?


「ご忠告感謝するよ。では、お言葉に甘えさせてもらおう」

「カッコつけてんじゃないよ」

「大見得切っておいて、これかい?」


 ドラグーンの左右にそれぞれ、若いドラグーンが出現する。

 仲が良さそうに見えないのは、会話からもわかる。


「ドラグーンA,B,C。そんな気取ってる余裕あるのか? 俺の前で」

「誰がドラグーンAだ? 我が名はアベル! 誇り高きドラグーンだ!」

「我が名はブランドー! 生意気な口を叩くな!」

「我が名はクリード……三下扱いできる腕があるのかな?」

「なんだ、やっぱり頭文字のA,B,Cでいいじゃねえか……」

「おのれ!」


 嘲ってやると、気色ばむ。まだ、ガキだな。こいつら……。

 斬り掛かってきたAの両手剣を、『神罰いらず』で受ける。同時に斬り掛かってきたBはエイナスが杖で受けた。


「ビヨルンくん! 避けて! キャァアアアッ!」

「リリアンさん!」


 抱きまくらの悲鳴に振り向くと、雪の中に突き倒された坊やビヨルン。リリアンの右腕が竜巻に絡まれている。青い聖衣が切り刻まれ、真っ赤な血煙が上がった。


聖盾セイクリッドシールド


 左手で生み出した光の盾が、右腕に絡まる竜巻を引き剥がしてゆく。

 右半身を血に染めた聖女が、ガクリと膝をついた。


「何をしているのですか、ビヨルン! 聖女様を守るあなたが、逆に守られてどうするのです!」


 エイナスの叱責が飛ぶ。

 慌てて駆け寄り、盾を構えるビヨルンに微笑んでリリアンが立ち上がった。


治療トリートメント


 光に包まれると、たちどころに傷は塞がる。……便利な奴だ。

 白くてムチッとした右腕に、傷が残っていないので一安心。だが、剥き出しのままの右乳を見てしまって、坊やが慌てて目を逸らしてるぞ。……いや、チラ見してる。普通の思春期男子だな。

 俺はドラグーンAを力任せに押し退けた。


「悪いな、【極彩色】。俺の抱きまくらを傷つけたお仕置きをする間、二人面倒を見ていてくれ」

「素直じゃないですね……。もっとも、タイマン勝負なんて、魔道士の仕事じゃありませんから。……久しぶりに、【極彩色】と言われる理由をお見せしましょう」


 腰のあたりで手を広げたエイナスの両掌に、黒い大きな魔力の塊が浮かび上がる。

 その黒い塊に、マグマが湧くように赤や青、緑色の光が湧き上がり、沈んでゆく。

 AとBが動こうとすると、その光がビームとなって放たれる。極彩色の光に照らし上げられたエイナスが、静かに笑った。


「こちらは私一人で充分。存分にやって下さい」

「ほんの数分だけ、頼む」


 俺は大剣を正眼に構えて、ドラグーンCを見据えた。


「女を傷つけられた恨みかい? 意外と純だね」

「もちもちすべすべして、こんな抱き心地の良い肌をした女は滅多にいねえんだよ。その肌に傷でも残ったら、どうしてくれる?」

「いっそ殺してやった方が良かったかな?」

「お前程度に殺せる女じゃねえよ、こいつは。……俺に振り回されて、相当修羅場をくぐってるからな。しかも、良い躰をしてる上に名器。おまけに聖女だ。虐めた礼をしてやるよ」

「そんな事、大声で言わないで下さい! それにおまけで聖女なんですか、私」

「おまけじゃないと言えるほど、俺に聖女の仕事をしてるか?」

「あう…………怪我をしないじゃないですか」

「わかってるなら、口を挟むな。抱きまくら!」


 一歩踏み込んで剣を振る。

 ドラグーンCは剣を合わせて、余裕で受けてみせる。だが……。

 剣そのものが切り落とされて足元の雪に沈んだ。


「け、剣が……俺の剣が……」

「心配すべきは剣だけじゃねえだろう?」


 ボトリと右側の角が滑り落ちた。ドラグーンCはパニックを起こして叫びまわる。

 誇り高き龍神将の象徴は、その角だ。片側を失えば笑いものにされ、両側を失えば地位も失う。


「お前に名誉ある死なんてやらねえよ。角無しの首を晒せ」


 剣を二閃。青銅色の角が斬れ飛び、斬り飛ばされた首が木の枝に突き刺さる。

 ……ざまあみやがれ。


「やっぱり、勇者様凄いです! 私のためにこんな……」

「うるさいぞ、抱きまくら。聖女だと言い張るなら、まずはその自分のはしたない格好をなんとかしろ」

「え…………。キャア!」


 聖衣の右腕はもちろん、右胸から腰の下まで削られている状態だ。右乳を放り出した上に、靴下留めもぱんつも、左腰で引っかかってるに過ぎない。その気で覗けば、もの凄いものまで見えてしまいそうな勢いだ。

 聖女というより、痴女な状況だろう? お前は。


 などとリリアンをからかっている間に、本領を発揮した【極彩色】は二人のドラグーンを葬り去っていた。

 竜化する暇もなく、顔面を撃ち抜かれたドラグーンから、しっかり青銅の角を切落して回収している。高く売れるし、良い調合素材になるんだ。


「勇者様……私の着替え、まだありましたっけ?」

「昨日溶けた雪に転んで破かなけりゃあ、あったんだけどな。残りはアレだけだ」

「アレ……ですかぁ……」

「その服で大サービスするか、びしょ濡れのスリット付き服着るか、アレかの三択だな」

「酷い選択肢です……アレを着るのが一番マシなんて……」


 アレというのは、一応聖衣だ。ただ芸術の都シンフォニアで俺が面白がって作らせた奴で、ダンサー用の伸縮力の大きい生地で仕立てたものだ。

 敏捷にボーナスが付く代わりに、全身タイツ状態でくっきりとボディラインが露わになるという、罰ゲームと仇名される恥ずかしアイテムである。


「エイナス、リリアンを着替えさせるから空間を区切ってくれ」


 区切ったお着替え空間が外から見えないように、替えの羽毛仕立て聖女様ケープで目隠し。

 泣きそうな顔で着替えを始める。

 で、俺は坊やビヨルンを呼ぶ。


「情けないな。守るはずの聖女に守られるとは」

「すみません……まったく気づかないなんて、自分が情けないです」

「出来ることを怠ったならともかく、出来ないことなら恥じることはない。出来るようになればいい」

「はい……ですが……」

「剣を構えろ」

「はい……」


 真剣な顔で、ビヨルンがバスタードソードを正眼に構える。

 この剣は片手でも、両手でも仕えるのがミソだ。


「正面、振り下ろせ!」

「ふんっ!」

「左九十度回転、横薙ぎして凝視しろ!」

「はいっ! あ……」

「きゃああああああああああああ!」


 タイミングはバッチリである。

 剣の先で、目隠し用の聖女様ケープを薙ぎ払ってしまったビヨルンの目の前には、裸ガーター状態で、新しいぱんつを穿こうと片足を開いたばかりのリリアンがいる。

 聖女様の悲鳴と、思春期の苦悩が雪山に響いた。


 あ……ドラグーンから情報聞き出すの忘れた。まあ、いいか。


注)この世界の女性用ぱんつは、左右を紐やリボンで結ぶ……いわゆる紐パンです。

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