第六話 飛龍とルーテシアと魔族

 山道に入ると、雪が積もり始めている。

 踏みしめたブーツのくるぶしを越えて、雪に埋まってしまう。到着まであと一日の【氷の宮殿】に着く頃には、腰まで雪に埋もれるんじゃなかろうか……。

 馬車など仕立てずに、徒歩での移動になるわけだ。

 灰色の空からは、綿毛のような雪が落ちてくる。


「勇者様、道に迷わないでくださいね……」

「誰に物を言ってる、抱きまくら。クソ寒い中、余計に歩く俺だと思うか?」

「……説得力のある言葉に安心しました」


 目的地が近づいた為、隊列も実戦仕様になっている。

 先頭が俺で、坊やビヨルン抱きまくらリリアン【極彩色】エイナスの順だ。

 守備力順とも言えるが、罠感知くらいは出来る俺と、気配を探るのに長けたエイナスに挟まって、味噌っかす二人というのが正解だ。雪景色の白さが目に痛いのか、瞳の色の薄いエイナスは、濃い色のゴーグルを装着している。

 俺がイマイチ不機嫌なのは、この三日間、抱きまくらが抱きまくらとして機能していないからだ。

 まったく、エイナスの堅物め……。

 野営の夜なんて、坊やに剣を振らせているよりは、リリアンに腰を振らせる方が絶対に有意義だろう。

 音楽家は一日演奏しないと、三日はそれを取り戻せないと聞く。やっと覚えたベッドテクが、また教え直しになったらどうするんだ?

 当のリリアンは、魔法で加熱してもらった温石を腰に当ててニコニコだ。

 不意に顔を引き締め、エイナスが言う。


「空から三つ来ますが、どうしましょう?」

「俺が一、お前が二……もしくは、抱きまくらと坊やで、ひとつ落とせるか?」

「さすがに飛龍ワイバーンは無理でしょうね。防御に専念して下さい」


 雪空に飛龍の影を見つけて、俺も愛剣『神罰いらず』を抜いて構えた。

 魔力を通しやすく、なおかつ耐久性の高い剛剣は、俺の戦い方に馴染んでいる。

 銀色がかった体色は、フロストワイバーンか? 氷のブレスを吐こうとしたのか、スピードを緩めた左右の二頭に、エイナスの火線が飛ぶ。片翼づつ、翼の被膜を焼き抜かれた飛龍が墜落した。

 落下する飛龍をそれぞれ竜巻が捕らえて、ズタズタに切り裂いてゆく。

 なおも迫ってくる、中央の一頭に俺の斬撃が飛んだ。

 頭から尻尾まで、綺麗に縦割りにされた飛龍の残骸が、左右に分かれて、派手な雪煙を上げる。

 面倒くさくて、残骸から戦利品を取りに行く気にもならない。

 俺の方はともかく、エイナスの方はもう切り身状態だ。


「帰りに拾って帰りましょう。雪で凍るから腐らないでしょうし、飛龍のお肉は美味しいと評判です……」

「涎を垂らすな、食い倒れ聖女」

「あぁ……私も空間収納、欲しいです」

「天空神にお強請ねだりしてみろ。神聖魔法にあるとは思えんが」

「してますよ……毎朝」

「じゃあ信心が足りないんだろう?」

「そんなぁ……」


 いつも通りすぎる俺達の会話に、エイナスは苦笑し、坊やは目を瞬かせている。

 そんな馬鹿話をしながらも、エイナスの魔法展開の速さに俺は舌を巻いていた。炎系で翼を焼き、落下を風系で切り刻む。どちらも飛龍の巨体に対応した巨大魔法。


(それでいて、まだ【極彩色】と呼ばれる片鱗すら見せていねえからな……)


 こちらを見ている、ゴーグルの奥の目は読み取れない。

 アテにはできる奴だが、仲間意識は持てねえな。


「そう言えばエイナスよ……【氷の宮殿】に到着する前に聞いておきたいんだが、そのルーテシアって姉姫様ってのは、どんな奴なんだ?」

「……ここまで来ておいて。今更、ですか?」

「プラチナブロンドの髪と青い瞳。潔癖な印象の美姫という外観は聞いてるよ。だが、それ以外の情報が欲しい。ここまで来て、まだスカディはおろか、フラウすら出て来ねえ。妖精が宮殿に籠もってる可能性を考えると、事前の情報取集ができねえからな」

「……意外に慎重ですね」

「妙なことが多すぎるだろう。……何で妖精王が人間をさらう? 何でわざわざ【氷の宮殿】なんてのを造った? どう考えても面倒くさい事情があるとしか思えねえ。

 ……そもそも、何で次女のジョアンナ姫が領主になったんだよ?」


 その質問には、ビヨルンが答えてくれる。

 エイナスはちょっと、渋い顔をしてるが……。


「ジョアンナ様は第一夫人の姫様ですが、ルーテシア様は第二夫人の……」

「ルーテシア様の母君は産後の肥立ちが悪く、生まれて間もなく亡くなっています。後ろ盾がないこともあって、ジョアンナ様の就任に反対するものはいませんでした」


 ビヨルンの言葉を補足するように、エイナスが口を開く。

 ノルドラン領主一族に亀裂はないことを、強調したかったのだろう。


「ジョアンナ様は魔法はからっきしですが、ルーテシア様は氷魔法については、私を凌ぐほどの腕前。仲の良い姉妹ですので、ルーテシア様が補佐をする形で、領地の運営は順調でした」

「妖精魔法を齧ってたなんてことは?」

「領主業務とその補佐に忙しく、そんな暇などはなかったでしょう。何の痕跡もありませんでしたし……」

「男関係は? 宮廷魔術師と、好い仲になってるって噂だが……」

「あなたと一緒にしないで下さい。節度は保っているつもりです」

「もったいない……」


 思わず呟いた言葉に、エイナスの眉が吊り上がる。

 リリアンがアワアワしてるが、ここで事を交えるほどお互い子供じゃない。


「お前さんも不思議がってるようでは、血気盛んだった先代領主が妖精王と揉めたって線も無さそうだな?

「思いつきませんね……。むしろ、対魔族という点では共闘体勢でした」

「お手上げだな……妖精王か姉姫様に、直接聞くしか無いか」

「【英雄】ディノ・グランデにしては大人しいやり方ですね?」

「炎のイフリートや、大地のタイタンならともかく……氷の妖精王のミーミルじゃ、従えてる部下の妖精たちはフラウや、スカディ。美少女揃いで、戦う気にもならねえや」


 そこの抱きまくら、本気で呆れるんじゃない!

 坊やや、【極彩色】まで微妙な顔をしてるじゃねえか。

 戦闘意欲を削がれるっていう点では、面倒この上ない相手だぞ? 火トカゲや爺さんなら遠慮なく行けるが……。

 できるだけ穏やかな解決を望むよ。ミーミル相手なら容赦はしないが。

 嘘つき? ありえない? ……まあ、臨機応変というやつだ。


 先へ進むに連れて、どんどん雪が深くなってゆく。

 膝まで埋まった時には、もう面倒くさくなって「帰ろう」と言いたくなった。

 俺の不機嫌さが限界まで来たのを察してか、渋々エイナスが空間収納から、人数分のスノーシューズを取り出す。

 といっても靴ではなく、靴に装着する補助具……かんじきの一種だ。

 早く出せ! と言いたくなるのを堪えて、素直に装着する。ほぼ雪面上を歩けるようになって、すぐに機嫌が治った。

 リリアンの疲労が濃いから、どこかで早めの野営をする必要はありそうだ……。

 だが、そんな時に限って災厄は訪れる。


 【氷の宮殿】への最後の山頂を越えた下り道の途中、降る雪を楽しむように一人立つ人影があった。

 いや、人ではない。

 頭部こめかみの辺りから生える巨大な湾曲した二本の角。

 龍人将ドラグーンだ……。


「悪いが、先を急ぐんだ。通してもらえないか?」

「せっかく待っていたのに連れないねぇ……。これだから人族という奴は……」


 せっかく礼儀正しく断りを入れてやったのに、皮肉たっぷりの言い回しで返してきやがる。どうやら友好的とは言えないな。

 さっと、緊張が奔る。


「残念ながら、今日は魔族に興味はないんだ。もっとも……ぶった斬られたいなら、いつでも相手になってやるが?」

「僕も痛いのは嫌いさ……。でも、君たちが【氷の宮殿】に入るとバランスが悪くなる。阻止するように命じられたら、従わないわけにはいかないから」

「上位魔族とはいえ、宮仕えはつらいな。そんなブラックな職場、やめちまえよ」

「きみだって、依頼がなければこんな寒い所は来ないだろう? 【英雄】」

「当たり前だ!……って、俺の名まで知ってるのか?」

「我々魔族にも、ノルドランに情報元はあるからね。情報は大事だよ。【極彩色】は単独では動けないが【英雄】が加われば動く。その二人に来られると、せっかくのバランスが崩れてしまうんだそうな」

「何のバランスなんだか……?」


 ちらりとエイナスに視線を向ける。

 ノルドランに情報源があると聞いて眉を顰めたが、静かに沈思って所かい?

 もうちょっと喋らせて、情報を得るとするか。


「君たちは知らなくてもいいことだよ。どうせここで死ぬんだから!」


 あ、バカ待て! もうちょい喋らせたかったのに。

 魔族の将たるドラグーンが一人で来ているはずもなく、その一言を合図に雪の中から、遥か空から、伏兵たちが立ち上がる。

 叩きのめして、吐かせるしか無さそうだ!

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