第五話 魔法剣と野営とビヨルン・オーグメント

「ほら、左からくるぞ」

「そんなに暇そうなら、少し手伝ってくださいよぉ」


 【氷の宮殿】まで、徒歩で四日ほど。

 途中の草原や森で出くわす程度の魔物に、俺たちが手を下す必要も無い。。

 戦力や連携に不安のある俺の従者、聖女リリアン・スウィーパーと、その直衛役を買って出た、ノルドランの前騎士団長の息子ビヨルン・オーグメントに任せている。

 多少の怪我は聖女が治せるし、問題無かろう。


 なるほど、【極彩色】が同行を拒まなかっただけのことはある。

 ビヨルンは、面倒な食屍鬼グールの爪を確実にシールドで弾きながら、右手のバスタードソードで確実にダメージを与えてゆく。

 聖魔法での一掃を禁止されたリリアンは、意外なくらいに器用に聖杖を操り、グールたちを近づけもしない。プラス効果の炎ダメージはアンデッドにも有効で、ちょっと得した気分だろう。

 手間取りはするが、負ける相手ではなさそうだ。

 倒しきった所で、【極彩色】エイナス・オースレームが炎魔法で死体を焼く。

 こうしておけば後腐れもないし、ノルドランの宮廷魔道士としても、余計な手間を取られることもなくなる。


「どうですか、勇者様。私の杖捌きは……」

「自慢げなのが腹立つが、それだけのことはあるな。だが、調子に乗って前に出すぎだ。直衛の坊やがやりづらくて仕方がないぞ、それじゃあ」

「はぁい……気をつけます」

「僕の剣は、いかがだったでしょう?」

「騎士の仕事としては申し分ない。そのまま励めば、良い騎士になれるだろうよ」


 俺の言葉にビヨルンは、少し不満げに眉を顰めた。

 少し思い詰めた顔で問い直してくる。


「では【英雄】様。このままの修行で、僕はミーミルを倒せると思いますか?」

「ディノと呼び捨てでいい。余計な敬称は戦いの時に邪魔だ。……別に妖精王など倒せなくても、騎士としては何の不名誉もないだろう。貴人を守るのが騎士の仕事だ」

「父は……ミーミルを倒せず、ルーテシア様を守れませんでした」

「私からも聞きたい。【英雄】よ、あなたの剣なら、妖精王に届くのか?」


 エイナスも、確かめておきたいらしい。

 まあ、気持ちはわかる。逆の立場なら、俺もそう思うだろう。


「見世物じゃないが……見せてやるよ。ちょうど灰色熊グリズリーがいる」


 俺は空間収納から槍を取り出すと、逆に持つ形で掴み、無造作に近づいてゆく。

 気配を隠さずに行ったのだ。匂いで気づいた灰色熊が二本脚で直立し、威嚇してくる。

 そのまま槍の柄で、灰色熊を薙ぎ払うように振る。

 次の瞬間、灰色熊の両腕と首が飛んでいた。


「なっ…………!」

「そんな……」

「何で、槍の柄で熊が斬れるんですか?」


 俺は種も仕掛けもありませんとばかりに、槍の柄を見せる。

 頑丈さが気に入って買った、樫の丸材に滑り止めを施した柄だ。

 それを確かめる中、正解にたどり着いたのはエイナスだ。


「魔法剣……ですか?」

「ああ……得物に魔力を纏わせて、魔力の刃で斬る。俺の隠し芸のひとつだ」

「それでですか……なぜ、剣士のあなたが空間収納を使えるのか、不思議でしたが……」

「無属性の魔法なら、そこそこ使える。……とても、お前の前で使えると言えるレベルじゃないがな」

「私が剣を振るレベルよりは上でしょうに……?」

「それは見たことがないから、ノーコメントだ」


 槍を空間収納に放り込んで、肩を竦めた。

 目を輝かせたビヨルンが口を開く前に、言ってやる。


「この依頼を果たすまでは忘れろ。その暇があれば、自分の剣技を磨く方が役に立つ」

「…………はい」


☆★☆


「……魔法って便利です」


 エイナスが空間隔離フィールド・アイソレーションの呪文を唱え、焚き火をすると、リリアンはひたすら感動の目で、エイナスを見ている。

 見えない壁で仕切られた草原の一角は、冷たい冬の夜風を通すこともなく、焚き火の熱が仕切られた空間を暖かにしてくれる。

 寒いのは大嫌いな俺としても、拝み倒したくなる便利魔法だ。


「カ……カニを持ってきたのですか?」

「おうよ。俺たちはこんな依頼のためではなく、カニを食うためにわざわざノルドランまで来たんだからな」


 食事時に空間収納から取り出した茹でガニに、エイナスは呆れ顔をしている。時間経過のない空間収納から取り出せば、まだ茹でたてのホカホカだ。

 呆れてる割には、エイナスもチコリ特性のカニ酢をつけて、頬を緩めているわけだが……。

 自分だって、アートソッパ(黄色いエンドウ豆のスープ)を持ち込んでいるのだから、人のことは言えないだろうに……。


「この時期は、週に一度はこれを食べませんとね」

「他人の食習慣に文句を言う気はねえから……」


 何にでもチャレンジするリリアンと、野営とは思えぬ食事に呆然として、保存食をどうすべきか悩んでいるビヨルン。

 場合によって、どれが最後の食事になるのかもわからないんだ。どうせなら美味いものを食ってから死にたいだろう? 坊や。


「見張りのグループ分けは、俺とリリアン。エイナスと坊やでいいな?」

「良い訳がないでしょう。……教育上悪すぎます」

「ちゃんと【遮音】の魔導機も持ってきてるぞ?」

「あなたは……少しは聖女殿の対面も、考えてあげるべきでしょう」

「リリアンを抱きまくらにしてるのは、今更のことだろう?」

「ビヨルンの目の前でっていうのは、困ります」

「男ならいつかは通る道だぞ?」

「ビヨルンのいつかは、今じゃありません」


 そんな会話を、両手で真っ赤な顔を隠しながら聞いてるリリアンと、見て見ぬふりのビヨルン。聖女だって女なんだと、余計な憧れを持たせない方が良いと思うんだがなぁ。

 なまじリリアンが、お清楚顔の美聖女だから余計にだ。

 結局、エイナスとリリアン。俺と坊やの組み合わせにされた。


 二人がそれぞれ寝袋にくるまると、何もすることがなくなる。ツンツン突付いてリリアンにイタズラしたくなるが、魔力回復を考えるとあまりバカもやっていられない。

 仕方なく、揺れる炎を見つめて時を潰す。


「あの……ディノ……さん」

「リリアンのパンツが欲しいなら、銀貨三枚で脱ぎたてを売るぞ?」

「ち、違いますって……魔法剣って、どんな修行をすれば……」


 思い詰めた眼差しが、焚き火の色に染まっている。

 まったく……困ったもんだ。


「あれは努力だけでどうにかなるものじゃない。才能がないとできないぜ」

「それは覚悟の上です……まず試してみないと」

「エイナスに魔法を習うんだな。……魔法を使う才能があるかどうかが第一関門」

「はい……」

「魔法が使えたなら、魔力を自在に動かせるようになるかが第二関門」

「魔力を……動かす?」

「それについてはエイナスに聞けよ。俺より詳しいはずだ」


 こればかりは、実際に動かせない奴にはピンと来ないだろう。

 普通は呪文スペルを唱えて、放つだけだ。

 魔力を薄く引き伸ばして発動させたり、物を伝わせてその先で発動させたり。

 いろいろ便利に使えるんだがな。


「そして、最後の関門は意識せずに発動させられるか? 魔法を動かせりゃあ、魔力を剣にすることも出来る。だが、そんな物をいちいち意識してやっていたら、肝心の剣の扱いが二の次になっちまう」

「はい……無心で振れなければ、剣は極められないと父に教わりました」

「魔法剣の発動と、状況に応じての変形。それ以前の問題として、極めた剣を振るえなければ、剣士として使い物にならねえからな。

 こればかりは才能が無けりゃあ、どうにもならねえよ」

「そういう意味での才能……」

「でも、道はそれだけじゃない。魔剣を手にできれば魔法を覚えなくても良いし、付加魔道士エンチャンターを仲間にする手もある。魔法剣だけが手段じゃない。試してみるのは良いが……それしか無いと、思い詰めたら潰れちまう。真剣にやってみて、だめなら別の手を考える。……まあ、気楽にやれよ」

「気楽に……ですか?」

「ああ……そんな物を使わなけりゃあ勝てない相手と、戦うこと自体まれなんだ。ほとんどの人間にとっては、無駄な苦労で終わっちまうんだ。

 それにお前は騎士を目指すのだろう? それなら、仲間の力を借りるほうが楽に戦えるぜ」


 そう言って、笑い飛ばす。

 この坊やの父親が妖精王と戦った事自体、異常なのだ。

 普通に生きてりゃあ、そんなアクシデントに遭うはずがない。

 不幸な偶然に囚われて生きて、幸せになれるはずもないだろう。


 夜は更けてゆく。

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