第七話 「記憶の底の赤」
あれから20年近くの月日が流れた。
言葉の訛りも、ネイティブまでとはいかないが、今の土地に馴染める程度にはなったと思う。
豊かではないが、食うには困らぬ生活を送ってきた。
この土地の人たちと接するうちに、いつ頃からか笑えるようにもなっていた。
しかし、時折 同じ夢に魘された。
あの赤い傘の記憶だ。
私がまだ学生だった頃から、社会人として働くまでの数年間、あの老婆は噴水広場に佇んでいた。
その間、誰ひとりとして老婆に語り掛けられることはなかったということなのだろう。
そして、私の替わりに遺体で発見された女性へと引き継がれ、新庄へ……。
この十数年。
ずっと疑問に思っていたことがある。
なぜ他の人たちは語り掛けられなかったのか。
いや、私には見えてしまったのか……。
ひとつの仮説がある。
私の生家は、祖父の代まで地元では少々名の知れた老舗の洋傘製造・卸を営んでいた。
ほんの幼少時の事なので定かではないが、私の記憶にある祖父の手には鮮やかな赤い色の傘が握られていたのだ。
家業をたたんだ経緯は聞かされていない……。
だからといって、どうという事ではないのかもしれない。
あの老婆や、遺体となってしまった女性、さらに新庄に至っては、そんなことなど全く関係のないことだ。
……この私が、私に流れる一族の血が関係ないとするならば……。
祖父のことを尋ねようにも、祖母はもとより両親も既に他界してしまっている。
新たな手掛かりもなく、思考はいつも堂々巡りの末に深い霧の中へと消えていく……。
時薬とはよく言ったもので、こんな荒唐無稽な絵空事を考えるのにも飽きてきた。
よく言えば、心の傷がようやく治まってきたのだろう。
そんなある日。
私のもとに一枚の往復はがきが届いた。
同窓会の案内状だ。
あれ以来、両親の葬儀を除いては大阪には行っていない。
出来る限り近寄りたくはなかったからだ。
でも、もうそろそろ良いのではないか……。
里心がないといえば嘘になる。
何より、私はもうあの頃の私ではない。
同級生たちと顔を合わせて語りあえば、あるいは何事もなかったかのようになれるのではないか……。
そんな淡く脆い期待を胸に、私は出席に印をつけて、はがきをポストへ投函した。
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