第六話 「緋色の絶望」

呼吸をするのも面倒なくらい、懸命に走った。

幾人もに肩をぶつけながら、人混みを掻きわけて地下へと続く階段を駆け下りる。

浴びせかけられているであろう罵声や非難。

街の喧噪や雑踏など何も聞こえない。

ただただ足を動かし、前へ進むことだけが今の自分の全てだった。


さすがに息が上がり切り、その場に立ち止まって両膝に手をついた。

その時、大きな書店の脇に設置された大型液晶ビジョンから、あるニュースの音が流れてきた。


「今日未明、大阪市北区の公園で、身元不明の女性の遺体が発見されました。午前2時20分頃、匿名を名乗る男性から警察に通報があった模様です。警察によりますと女性は30歳~40歳くらいであるとみられ、死後数か月は経過しているとのことです。なお、目立った外傷はなく、警察は事件と事故の両面で調べています。」


……プツリ……。


なにか重要なものが断ち切られた音がした。

当然のことながら、身元の特定できていない被害者の顔写真など映っていたわけがない。

でも……なぜかは分からないが、その遺体があの赤い傘の女性であると確信していた。


耳鳴りがする。

トンネルの中にいるかのように、周囲の音が不快に響き渡る。


ニュースでは死後数か月が経過していると言っていた。

では、昨日この目で見た彼女は一体……。


ピーン。


何かの弦を弾いたような旋律。

「私を…探してください……。」


背中を流れる冷たい汗。

「……そういう事か……。」


私の頭の中で、全てが繋がってしまった。

そうである以上、新庄はもう……。

まるで自分の足ではなくなってしまったような重い重い足を引き摺り、私はゆっくりと噴水広場へ向かっていった。


自分の導き出した答えが外れていて欲しかった。

嘘でもいいから、あの場所にだけは居て欲しくなかった。


だが、新庄はそこに居た。

屈託のない笑顔ではなく、青白い無表情な顔で。

焦点の定まらぬ虚ろな目で。

そして、手には鮮やかすぎる赤い色の傘を持って……。


全身から力が抜けてその場にへたり込んだ。

涙が溢れて止まらなかった。

全てが自分の思った通りの結末だった。


もう何も考えられない。

考えたくない。

いっそ、このまま新庄に話しかければ、少なくともずっと立ち尽くさせなくて済むのではと思った。


しかし、卑怯で臆病な私は、彼に語り掛けることもせず、家へと帰り、会社を辞めた。

誰も自分のことを知っている人のいない所へ。

誰も自分の知っている人のいない所へ。


こうして、私は見ず知らずの田舎町へと引っ越した。



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