第五話 「鈍色の希望」
翌日。
出社した私を見る同僚たちの目は、いつにもまして鋭く冷ややかだった。
無理もない。
通報を受けた警察官に交番へと連れていかれ、一部始終を話したのだが全く信じてもらえず、ようやく解放された頃にはすっかり日も暮れていた。
周りに言わせれば「よくもノコノコと」といったところだろう。
新庄のデスクに彼の姿はなかった。
ある程度は予想していたものの、一縷の望みにすがりつこうとしていた両腕を見事に叩き折られた気分だった。
「ちょっと、来てくれるか。」
何の感情も感じ取れない課長の声がした。
突き刺ささるような視線を全身で受け止めながら、課長のデスクへ向かう。
「誠に、申し訳ございませんでした。」
深々とお辞儀をし、最後通告を受けるために顔を上げた。
「……お前、大丈夫か? 顔色が……。」
開口一番、怒鳴りつけられることを覚悟していた私は、戸惑いを隠すことが出来なかった。
「……あの、……そんなに酷いですか……?」
課長が深く大きなため息をつく。
「どうだ、一度ゆっくり休んでみたら。」
これも想定していた言葉だった。
あんな事をしでかした以上、この会社に居られなくなることは分かり切っていたからだ。
しかし、これだけは聞かなければ。
「あの、課長。新庄君の事なんですが……。」
課長の眉間に、みるみると深い縦皺が刻み込まれていく。
「あいつもとんだふざけた奴だよ。昨日の午後から急に姿が見えなくなったと思ったら、今朝になってメールで退職願いだなんて……。」
「えっ!」
自分でも驚くほどに大きな声が出た。
「……なんだ? お前あいつとは親しかったのか?」
「いや、……そういうわけでは……」
疑いしかない目で課長が睨みつけてくる。
「全く、何が悲しくてウチの部はこんな奴らを2人も抱えさせられなきゃならないんだ……。お前もお前だ! ロクに仕事もしないくせにミスだけは人一倍しやがって! 一体どうやったら…………。」
まくし立てる課長の罵声は右から左へと流れていく。
私の頭の中には、“新庄が生きているかも”という蜘蛛の糸ほどの細くて脆い希望だけだった。
「オイ! 聞いてるのか!」
「はい、誠に申し訳ございません。」
「もういい! とっとと帰ってじっとしてろ!」
「はい。……失礼します。」
踵を返し出口へと急いだ。
同僚たちの視線など、どうでも良い。一秒でも早く新庄に会わなければ。
「診断書は郵送しろよ!」
課長の言葉を打ち消すように勢いよくドアが閉まる。
私は一目散に噴水広場へと駆け出した。
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