そうだ、そのために書いたんだ。
柑月渚乃
今までありがとうございました。このサイトをもう辞めようと思います。
もうやめよう。自分を傷付けるのはやめよう。どうせ、勝てないんだ。あの時の熱はもうないし。
白の天井を見上げそう思う。この白も初めて見たときの、あの明るい白じゃない。昔のあの色はもうないんだ。
創作っていうのは嫌なものだ。自分が手を動かすたび、自分が自分の最強を破片を飛ばしながら少しずつ壊していく。頭の中では完璧な作品を俺のこの手がゴミにする。
何度自分を呪ったか。何度周りの天才を殺そうとしたか。
最初は自分らしくバカで浅い考えからだった。自分の方が良い作品描ける、そういう思いから俺は漫画を描いて、それをサイトに投稿し始めた。でも、もちろんそれは簡単じゃない。自分のイメージを形にするということは思っていたより難しくて、思っていたよりプロはずっと遠くにいた。
何度もだ。何度も何度も片っ端から描いて。描いて描いて、応募した。かなりの時間を無駄にした。これがなかったら学生時代に友人ともっと楽しい時間を過ごせていたかもしれない。こんな未来に不安を持つこともなかったかもしれない。
俺の中では面白くても周りが面白いと言ってくれないなら意味がない。描くのは好きさ。好きだけど、好きが全てじゃない。
もっと面白い作品にしたい。それが俺の描き続けている理由だ。だけど、ずっと受賞することはなかった。その程度の面白さしかなかったってことだ。
ただ、それでも手を止めると負ける気がして止められなかった。でも読者が求めているのは頑張りじゃない。その先にある、形になった面白い作品。
わかってる。ありがたいことに頑張りを見てくれている人もいる。けどだから何だ。PVが増えた、ブックマークだって増えた。でもだから何だ。
今、辞めたら今までの時間は全て無駄になるだろうか。いやそんな考えは消そう。辞められなくなる。
直接持ち込みすれば奇跡が起こって……いやそんな考えはよそう。辞められなくなる。
たまに単純だったあの頃に戻りたいと思ってしまう。褒められてはすぐに機嫌を良くしたあの頃に。
今はどうだ、これじゃ足りないと思ってしまう。悪いことか?いや悪じゃない。それだけ上を見れているってことだ。でも、もっと単純だったらどんなに楽か。
何でこんなの描いていたんだろう。
こんな話で人を救えたか?世界を救えたか?それとも、ただの自己満だったか?好きなだけで描いていたのか?
いや、違う。漫画を描くのは好きだけど好きじゃない。描いたって理想のものにはならなくて、ならないってわかりながらも数時間程度ではできない作品を創る。嫌な作業。
じゃあ、何のために描いていたんだ。結局、承認欲求かよ。
クソ、わかっているのに。自分の作品がそこまで面白くないってわかっているのに、それでも心のどこかに自分の作品の方が面白いって思っている自分がいる。もう嫌いだ。
パソコンの青白い光が薄暗い部屋の中でボーッとしている俺の顔を照らす。
本当に何のために。
その瞬間、投稿サイトの通知のマークに『1』と付いた。何か通知が来たみたいだ。
さっきまでもう終わりにするとか言ってた俺はまた無意識的にマウスを動かし、クリックする。
『続き、もっともっと見たいです!』
その言葉から続く文字の羅列が液晶の画面に映った。よくある言葉。刺さったわけじゃない。刺さったわけじゃない。刺さったわけじゃない。
でも、なんだ?なんか。おかしい。
内臓がキュッと締まる感覚がした。頭の中に音になることはない声が響く。
『先生、こんなんで終わっていいんですかぁー?』
やめろ、俺が創ったんだ。俺に創られたキャラクターが作者に語りかけてくるな。
『はぁ?そんなわけないだろ!』
全くバカしかいないな。俺の創ったキャラは。これは確か主人公が呼び止めるシーンの頭の悪いキャラ同士のバカみたいな会話文。
『そうですよね、こんなん楽勝っすよ!』
は?なんだ?……やめてくれ。それ以上言うな。もう引き返せなくなるじゃないか。
『ああ、もちろんぶっ飛ばしてやるよ!!』
もう。
もう、もう、もう!もうもうもうもうもうもう!!……もう。
ダメだ。俺の負け、だ。
キャラクターは作者の投影先というのは本当みたいだ。俺も軽い煽りに負けるバカだった。
ふざけんなよ、エンジンかけやがって。そんなの走り切るしかないじゃんか。描いてやるよ。終わりまで目をちゃんと開けて見とけよ。
俺は傾いたイスを元に直し、姿勢を正す。
俺はまだ終われなそうだ。俺にはまだなりたい自分がいる。もう少しだけ、本当に少しだけ、二度寝するように夢を延長しよう。
そうだ、ただそれだけなんだ。
ただ、人の心を動かしたくて描いたんだ。
そうだ、そのために書いたんだ。 柑月渚乃 @_nano_
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