第20話
七月一日 四神学園大学中庭 特設リング 九時三十分
「それでは第一試合を開始します! 赤コーナー、空手部、秋月雄志龍!」
放送研南方の呼び込みで秋月が入場してくる。入学してきて間もない一年ではあるが、全く気後れする様子もなく、不敵な笑みさえ浮かべている。
「青コーナー、SGWE、久我山幸!」
久我山は開会式の時と同じように花道を走り込んでくると、軽く跳躍してトップロープをひとっ飛びしてリングインする。
「フフッ、派手好みの久我山先輩らしいですね。そのまま、派手に散ってもらいますよ」
「一年でこういう場に出てくるクソ度胸は認めるが……甘くはないぞ?」
リング中央で睨み合う秋月と久我山。双方ともに士気旺盛らしく、一歩も引くことはない。秋月の鋭い視線を受けても、久我山はなんでもない風に受け流している。
「さぁ、闘いのゴングが鳴る! どのような勝負を見せてくれるのでしょうか!?」
そして、第一ラウンド開始のゴングが打ち鳴らされた。
最初に動いたのは秋月。大きく一歩踏み込みながら。挨拶代わりに――否、明らかに一撃KOを狙った右正拳を久我山の顔面めがけて放った。フルコンタクト系の空手でも、顔面を狙うのは原則禁止されているのに、だ。
「秋月くんは、喧嘩慣れしているね。空手以外の闘いを充分に経験していると見えるよ」
「初手から躊躇いなく顔面狙いですからねぇ」
リングサイドに陣取ったプロレス研の面々も興味深い表情で試合を観ている。
秋月の放った右正拳は、久我山の顔面に強かに打ち込まれた。秋月の拳が疾すぎた、という風ではなく、明らかに久我山は避けなかったし、ガードもしなかった。
「オープニングヒットは秋月君! 右拳が叩き込まれたァッ!」
南山の実況で会場は一気に盛り上がる。
秋月は更に、下段蹴りから胴への突きを連撃で叩き込んでいく。
「フフッ、体が動かないようですね、久我山さ――なっ!?」
初手からの猛攻を受けた久我山だったが、倒れることはなかった。一瞬のうちに、秋月の腕を掴み取ると相手の体を引きながら、払い腰でマットに叩きつけた。
「効いていないとでも言うのですか、久我山さん!?」
起き上がりながら、秋月は驚きの表情を浮かべていた。オープンフィンガーグローブを装着しているとはいえ、瓦を叩き割る威力をもった正拳を真正面から受けたのだ。ダメージを感じさせないのはどう考えてもおかしい。
「レスラーってのはなぁ、相手の攻撃を避けちゃならねぇんだ。受けて受けて受けきって、相手を倒す。そうじゃなきゃ面白くないだろう?」
久我山は不敵な笑みを浮かべると、秋月との間合いをじわりじわりと詰めて、一歩、また一歩と、確実にプレッシャーをかけていく。
「う、うわぁっ!」
久我山のプレッシャーに耐えきれず恐慌状態になった秋月は、やぶれかぶれで右中段蹴りを放った。その蹴り足をキャッチした久我山は、横方向に回転を加えながら倒れ込んだ。プロレスで言うところのドラゴンスクリューという技が決まり、秋月は倒れ、動きが止まる。その秋月を引き起こし、立たせた久我山は一瞬のうちにトップロープに足を掛けると、その反動を利用して跳躍――スワンダイブ式のドロップキックを秋月の側頭部にぶち当てた。無防備なところに威力の乗ったドロップキックが炸裂し、秋月は吹き飛ばされてダウンする。
「秋月君、ダウン! カウントとります。ワン、トゥー、スリー…――ナイン、テン!」
テンカウントが入り、久我山の勝利があっという間に決まった。オープニングヒットの一撃はあったものの、格の違いを見せつける一方的な試合だった。一年にしてこのトーナメントに名乗りを挙げた秋月だったが、三年間、SGWEで試合を重ねてきた久我山の経験と格が大いに勝ったとしか言いようがない。
「久我山の野郎、見事な逆転勝利だな」
「魅せるっスねぇ」
リングサイドの賢治と陽子も唸るばかりだ。攻められてからの逆転劇という、あまりにプロレスらしいやり方で勝利した久我山には賞賛を送るほかなかった。
「しかし、あんな闘い方をしていたんじゃ、体がもたないと思うのだけども」
久遠は眉に皺寄せている。久我山の闘い方は、観る方には大受けであるが、最初に攻撃を受ける分だけ体への負担が大きい。トーナメントを戦い抜くには、一試合一試合をダメージなく済ませるのが常道だ。
「まぁ、久我山の野郎は、ガタイはヘヴィ級に満たねぇけど、根っからのレスラーだからな。卒業したらプロレスラーになる予定の男だし、意識してるんだろうよ」
「そういうものなのね」
「プロレスラーはただ強いだけじゃ成り立たないんっスよ」
プロレス研の中でも、一番のプロレス馬鹿の陽子はしたり顔で久遠に言って聞かせた。プロレスは格闘技ではあるが、魅せる事を重視しているという点があり、そこが一般の武術とは大きく異なるのだ。
「ま、とりあえず第一試合はプロレスの勝ち……だな」
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