第15話
五月二十七日 板橋 蒼天寮 六時十二分
「ん、んぅー」
龍斗は日曜の朝でも寝坊することなく、早起きをする。体操をやっていた頃からの習慣で軽く運動をしないと目が冴えないからだ。
「ふぁ……眠ぃ」
体を動かす前に、まず洗顔を済ますべく、洗面所に向かう。蒼天寮の洗面所は共有の居間を抜けて奥、シャワールームの脱衣場に設置されている。
「とりあえず、顔洗って……」
龍斗が脱衣場のドアにかけられた札――シャワールームを使用するときは「使用中」を掲げておく規則になっている、が掲げられていないのを確認し、油断しきってドアを開けた。しかし、ドア開けるとそこに人影が。具体的に言えば、久遠がシャワーから上がり、体を拭いているところだった。
「うわっ、すみません!」
慌ててドアを締める龍斗。久遠の裸身が目に焼き付いて離れない。
「どうした、志貴くん?」
「久遠さん、入ってたんですね……と、わぁ!?」
久遠が脱衣所から姿を現した。しかし、その格好は龍斗にとっては刺激的過ぎた。黒のショーツに、胸は首から下げたタオルが僅かに隠しているのみだったのだ。
「く、久遠さん、服着てください! 服を!」
目をつむり、顔を真赤にした龍斗は必死で訴えかけた。だが、ばっちりと見てしまっているあたりは健全な男子大学生である。
「すまないね、見苦しいものを見せてしまったよ」
「いや、見苦しいだなんて。とても素敵な眺めで……」
しどろもどろになってしまっている龍斗を前に、久遠は冷静だった。長く旅をしているので、この程度のアクシデントは慣れっこのようだった。
「本当に、しっかり見ても、素敵な眺めだといえる?」
なぜか、久遠の声に憂いが交じる。
「え……」
閉じていた目を薄っすらと龍斗は開いた。そして、久遠の言葉の真意を知る。
「久遠さん――」
よく見れば、久遠の体は古傷だらけだった。顔に傷があるだけだと思っていたのだが、どうやら体全体ボロボロらしい。腕も足も腹も、豊かな乳房にさえも傷は刻まれていた。
「それは……」
「昔、紛争地帯に迷い込んだことがあったと言ったよね。その際に、テロリストに捕られてしまって、色々と酷い目にあわされてね。その時に私を救出してくれた相手こそが、今回、池袋で会いたい知人というわけ」
久遠は少し懐かしそうな表情を浮かべながら、衣服を身に纏っていく。衣擦れの音を意識の端に感じながら、龍斗は久遠に背中を向けたまま言葉を紡いでいく。
「でも、そんな酷い目に遭っているのに、旅は止めないんですね」
「私は根っからの旅人気質だからね。失ったモノ、得られなかったモノは確かに多いけど、旅を続けることで手にしたモノは数知れない。醒龍拳を会得したというのもそうだし、そもそも君達、四神学園大学プロレス研究会や蒼天寮の皆に出会うこともなかっただろうし――服を着たよ。もう此方を向いても大丈夫よ」
その言葉をうけ、龍斗はくるりと反転した。久遠は蒼のカンフー着ではなく、白に無地のTシャツにジーンズという小ざっぱりした服装をしている。
「よし。それじゃあ、朝ごはん作りますね。材料切らしてるんで、ちょっと買ってきちゃいますから、少し待っててください!」
久遠のことをまた一つ知ることができた記念に、ご機嫌な朝食を作ろう――龍斗はそんな事を考えながら、財布を掴んで買い物へと向かうのだった。
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