第14話

五月十九日 池袋 四神学園大学学生会館プロレス研究会部室 十四時四十六分


「龍斗! トーナメントの出場者が出揃ったぞ!」

 土曜の午後。部室で龍斗、陽子、久遠の三人が待機している。そこに、賢治が駆け込んできた。柔道部――格闘部会の本部に取材に行って戻ってきたところだ。統一祭トーナメントの出場者募集は昨日で締め切られている。

「決まったんだね。そうなってくると、顔ぶれが気になるね」

 出場することが久我山の策略で決定している龍斗にとっては一番気になる情報だった。

「今から読み上げるから、耳の穴かっぽじってよく聞けよ」

 賢治はポケットから紙片を取り出した。三人は神妙な面持ちで賢治の言葉を待つ。

「まずは、柔道部主将の笹川さん。格闘部会の代表だな。んで、キックボクシング部の二年、駒田。去年の都大会でベストフォーの実力者だ。そして、ボクシング部三年の鈴木。インターハイ出場の猛者だな。ここまでは前々から出場を表明していたな」

 賢治は一旦言葉を切った。各々、頷く三人。

「ここからは直近で申し込んできた連中だ。相撲部四年の大田原さん。角界からスカウトがくるぐらいの逸材だ。で、アマレス部二年の佐原。派手な戦績はないが、なかなかのキレ者という噂だ。その次は空手部一年の秋月。一年だが、小学校から空手を続けている黒帯だ。あとは、SGWEの久我山に、プロレス研の志貴龍斗。以上だな」

四神格闘統一祭トーナメントにエントリーしたのは総勢八名の猛者――龍斗を除くとすれば、七人の実力者ということになる。

「ふむ……各方面から、様々な人材がエントリーした――というべきかな」

 久遠が的確にまとめる。

「久遠さんは誰が強敵だと思うんスか?」

 陽子が久遠に問いかける。さすがの久遠でも、所属と名前を聞いただけでは誰が強豪であるかは推測がつかないだろう。一瞬、逡巡した久遠は、慎重に口を開いた。

「柔道。組んでからの投げ技は多彩だし、関節もある。組んで戦うことになったら要注意だね。キックボクシング。打撃――特に蹴りは強烈だ。膝蹴りの連打は非常に怖いね。ボクシング。制約の多い格闘技だが、的確に間合いを計られたら厄介かな。カウンターも怖いね。相撲。伝統格闘技だけど、立ち会いからのぶちかましの威力は侮れないものがあるね。耐久力も相当なものだろうから、油断ならない相手だね。アマレス。決定力にはやや欠けるけども、タックルやリフトなどのテクニックを駆使されたら苦戦は十分に考えられる。空手。日本が産み出した立ち技の雄だね。拳技、脚技、双方に注意が必要となるだろうね。そして、プロレス――これは、君たちに語るのは釈迦に説法だろうから差し控えるわ」

 久遠はエントリーした格闘部会各部の特徴は把握しているようだった。大体の事情はプロレス研でも無論、承知している。伊達に三十年、日本の格闘技界を観戦し続けているわけではないのだ。

「賢治、ルール。ルールは決まったの?」

 異種格闘技戦においてはルールの裁定は非常に重要となる。勝負には勝っていたのに、ルールに負けた――異種戦での敗北の後、そんな風に試合後にコメントする選手が後を絶たない。九十年代以降、総合格闘技という概念が生まれた後でも、総合ルールに適応できなかった選手からは不満が漏れることもある。どんなルールが裁定されたか――龍斗でなくても気になるところだ。

「おう、ルールも決まったぞ。試合はプロレスのリングで行われる。サミング、金的、武器使用は反則だ。安全のために、オープンフィンガーグローブとヘッドギアの着用が義務だな。関節技はサードロープにタッチで解除。リングアウト、ダウンしてのテンカウント、レフェリーストップで決着がつく。試合時間は五分二ラウンド。時間内で勝負がつかなかった場合は判定となって、マストシステムでの完全決着だ」

「え、それ……」

 龍斗は言葉を失った。

「ほぼほぼ、プロレスルールじゃないか。なんでそんなことに」 

 このルールはプロレスルールを総合格闘技風にアレンジしたものだった。ヘッドギアの着は安全上必須とはいえ、他はプロレスルールに毛の生えたようなものである。

「察しはつくとは思うが、久我山の野郎がねじ込んだらしい。まぁ、プロレスのリングでも使わないと、投げ技での受け身を取り慣れてない立ち技の連中にゃ厳しいだろうからな」

 プロレスのリングはマットの下にスプリングが入っていて、クッション性がある。ボクシング系や総合格闘技系のリングは固く、投げられればダメージは大きい。それに比べて、プロレスのリングでは投げでのダメージが緩和される。垂直落下や高角度のスープレックスを使用してもプロレスのリング上で死者が出ることが少ないのはそういう理由だ。

「久我山さんの事だから、トップコーナーからの技も狙ってそうっス!」

 陽子の指摘は恐らく当たっているだろう。何事も派手好みの久我山だ。コーナーからのボディアタック系の技は使わないだろうにしても、トップコーナー上からや、トップロープを使ったスワンダイブ式のミサイルキックは確実に狙ってくるだろう。自分の身長よりも上から降ってくるキックはプロレスでしか受けることのない攻撃だ。

「僕もリングに上がったことはないからなぁ。悔しいけど、久我山のやつが居ないときを見計らって、SGWEに行って練習しなくちゃかもだね」

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