第11話

四月十五日 板橋 蒼天寮 十時二十三分


 久遠が蒼天寮に住み込んでから最初の日曜日。修練は午後から行うことにして、プロレス研のメンバーで四神格闘統一祭の冊子の企画会議を行っていた。久遠は紗蘭に誘われて買い物に行っている。

「現時点で参加表明してるのは、SGWEの久我山と柔道部の笹川さん、キックボクシング部の駒田、それにボクシング部の鈴木さんか。この中だけでも誰が勝ってもおかしくはない顔ぶれだな」

 賢治は資料に目を通している。まだ参加表明している選手は少ないが、現時点で表明している選手は全員学生レベルでは一流と言って良い顔ぶれである。

 三人で資料に目を通していると、不意に部屋の扉がノックされた。

「はいはーい」

 来客の予定などなく、おおかた久遠たちが帰ってきたのだろうと、龍斗は部屋のドアを開けた。

「よお、研究会。全員仲良くおそろいのようだな」

 意外な人物――SGWEの久我山だった。龍斗が許可しないのに、ずかずかと部屋の中に上がり込んでしまう。

「なんの用事だよ、久我山。お前を招待した覚えはないよ」

「そりゃそうだ。招待された覚えはないからな。ああ、安心しろ。霞さんには上がる許可は貰ってるからな」

 久我山は龍斗達の座る卓の前にどっかと腰を下ろした。

「志貴、お前さん最近、拳法を始めたらしいな。あんだけ俺の勧誘を断っておきながら、どういう風の吹き回しだかしらんけどよ」

「それがどうしたのさ」

「まっ、理由なんか知ったこっちゃねぇが、良い機会だ。俺とお前、決着をつけようと思ってな。お前を統一祭にエントリーしておいたぜ」

「な……!?」

 完全に寝耳に水の話だった。だが、龍斗は努めて冷静に対応した。

「勝手にエントリーしても、僕が取り消せばそれまでだよね。久我山、お前の誘いには乗らない。エントリーは明日にでも取り消すよ」

「腰抜けのお前さんのことだからそう言うと思ったぜ。だから、手は打ってある。お前たちが発行しようとしている観戦ガイド。それの頒布許可を出す条件が、志貴、お前の統一祭トーナメントへの参戦だ」

 久我山はにやりと、強気な笑みを浮かべた。

「そんな……!」

「SGWEの影響力を甘く見るんじゃねぇよ。顔を効かせりゃ、そのくらいの芸当はできるのさ。志貴、統一祭で待ってるぜ」

 言うことだけ言うと、久我山は龍斗の部屋を出ていった。

 嵐の去った部屋の中で、龍斗は脱力していた。遠慮がちに陽子が声をかける。

「かいちょー、とんでもないことになっちゃいましたね」

 龍斗はその声が聞こえていないのか、虚ろな目をしている。

「久我山のやつに当たるかどうかは別としても、最低一回は格闘部会の猛者とやりあわねぇといけないのか……おーい、龍斗、大丈夫か? 戻ってこーい!」

 賢治は龍斗の肩を軽く揺すった。それで龍斗は意識を取り戻したらしく、大きく息を吐き出した。

「なんでこんなことになっちゃうかなぁ」

 部屋の中の空気はどんよりと淀んでいた。そこに、買い物から戻ってきたらしい、久遠がやってきた。

「どうしたんだい、浮かない顔をして」

 龍斗は久遠に事情を説明した。

「ふむ……それは厄介ね。そもそも、格闘技を始めたばかりの志貴くんが、大学の猛者と対等にやりあうことは難しいわね」

「ですよね……」

「でも、観戦ガイドを発行できなくては、きみたちの部は取り潰しになる。確かそうだったわよね?」

 プロレス研の現状は久遠も知るところだ。

「だったら、己の居場所を勝ち取るために、戦わねばならないわ。まぁ、出場するのが観戦ガイドを頒布する条件でしょう? 優勝しなくては、と言われたらかなり厳しいけど、今から三ヶ月の修練で、それなりに戦えるように仕上げるとしましょう!」

 久遠は龍斗を安心させるように、微笑んだ。

「大丈夫……ですか?」

「ずぶの素人なら厳しいところだけど、志貴くんには体操のバックボーンと鍛えられた肉体があるわ。なんとかなる……と私は踏んでいるわよ」

 格闘技の達人の久遠がそういう風に太鼓判を押すのならば、大丈夫なのではないかという希望が龍斗に沸いてくる。

「龍斗、せっかくだから、久我山のやつの鼻を明かしてやろうぜ」

「かいちょー、頑張ってくださいっス!」

 師匠がいて、仲間がいる。

 これ以上ないぐらいに後ろを押してくれる存在を感じ、龍斗は心の中のギアを何段階か入れ直したのだった。

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