第14話 鍾乳洞の思い出

 その夜、俺とセリナは同じ部屋で寝ていた。

 セリナは左隣のベッドでぐっすり寝ている。俺はその隣のベッドで寝ていたが、眠れない。


 考えてみれば、昨日までは地球にいたんだ。それが今日になっていきなり異世界、久しぶりに戻って来た。

 二十年前の記憶が蘇り、俺の気持ちはまだ高ぶっていたんだ。


 疲労よりも、まだ気持ちの高ぶりに勝てないとは、もしかしたら俺はまだ子供かもしれない。

 眠れないから、少し外に出ようか。と思ったら、急に人の気配を探知した。


「……女神か?」


「ただいま。その呼び方はやめて、剛ちゃん……」


 いつの間にやら右隣のベッドには女神がいた。ちゃっかりバスローブ姿にもなっている。


「お前まで一緒に寝るのか?」


「だって三人分の部屋用意したんだもの、当然でしょ」


「……最初に言えよ。全くお前という奴は……」


「お前、じゃなくてさ……」


「……なんだ?」


 女神が何かを訴えたい目で見つめながら話してきた。


「名前で呼んで。私だって剛ちゃんって、呼んでるんだから」


 名前か。確かにこの世界に戻って、女神のことをまだ本名で呼んでいない。でもその本名が思い出せない、妙に長かった気がする。


「レオ……なんだっけ?」


「レオナステア・ミネアテーゼ・セオル=マドランベリーナ・ゴールよ。もう私の名前忘れたの?」


「そうだったな。長すぎるから、覚えられるかよ」


「わかってるわよ。だから、レオナって呼んでいいから」


「わかった、レオナ。俺は眠いから、もう寝させろ」


「でも、眠れないんでしょ?」


「誰のせいだよ」


「私のせいじゃないわ。あなたは久しぶりの異世界で、まだ興奮してるんでしょ」


 女神はいとも簡単に俺が寝れない理由を言い当てた。でも俺は言わなかった。


「……明日は忙しくなるんだよ。頼むから、静かにしてくれ」


「わかってるわよ。でも西の鍾乳洞、気を付けた方がいいかもよ」


「……なんだって?」


 レオナが意味深なことを言った。


「西の鍾乳洞、とんでもないヤバい気配がするの」


「セリナも言っていたな。大丈夫だ、俺はどんな強敵が出ても平気だ」


「そうかしらね?」


「……俺より強い奴がいるとでも?」


「確かに今のあなたはこの世界で最強かもしれないわ。でもね、この十年の間に大きく変化したこともあるの」


「何が言いたいんだよ?」


 レオナはその質問には答えなかった。どうやら彼女も眠いようだ。


「……明日ゆっくり話すわ。武器は、さっき渡した銅製の棒……使ってね。お休み」


 それからレオナは何も言わなくなった。かなり気がかりな言葉だ。だけど深く考えたって仕方ない、とにかく今は眠ろう。





 翌日、早朝に目を覚ました俺は軽く朝食を済ませて『キースラーの町』を出た。

 『キースラーの町』から西に30kmほど離れた場所に鍾乳洞がある。その道中の森は、昨日俺とセリナが遭遇した森だ。

 森を抜け、鍾乳洞の入口に着いた俺の目の前に、巨大な真っ暗な洞穴が目に入る。また二十年前の記憶が蘇る。


「やはり変わっていないな、あの時と……」


 思えば、二十年前に初めて訪れた時はこの真っ暗な洞穴を見て、驚いたものだ。まだ十歳だっというのもあるけど、本当に憶病だったんだな。

 振り返ると、恥ずかしい。そんな俺でも地球では史上最強のメジャーリーガーになれた、人間変われるもんだな。


 だけどゆっくり思い出に浸るのもよそう。今はこの鍾乳洞を抜け、その先にある森にまで行くことが先決だ。

 急いだほうがいい。俺は鍾乳洞に入り、奥へ進んだ。


「……マップの構造も変わっていないようだ」


 鍾乳洞内は暗かったが、そこはセリナからもらった特殊な魔法道具が活躍してくれた。

 蛍光珠輪、首からかけるネックレスのアクセサリーで、これがあるおかげで明るさに困らない。


 しばらく進むと、所々壁が大きく窪んだ場所に出た。ここは見覚えがある、俺が投球練習をしていた場所だ。

 当時野球の練習に最適な場所として選んだのがここだ。ここの鍾乳洞は魔物退治もさることながら、壁の強度が高いから、投球練習には最適だった。


 ここで磨き上げた剛速球スキルが、俺を史上最強のメジャーリーガーに導いてくれた。なんだかんだでこの鍾乳洞にはお世話になったな。


「今のは!?」


 感傷にふけっていたが、突然異様な気を感じた。鍾乳洞の奥から感じた。

 一瞬だけだったが、かなり巨大な魔物の気だ。セリナと女神の言う通り、かなりヤバい奴がいそうだ。

 腰からぶら下げているポーチの中に大量の小石があるのを再確認し、俺は奥へ進むことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る