第13話 西の鍾乳洞へ

 うっかり地球の知識をひけらかしてしまった。俺のいた世界でも、数年前にウイルスによる感染症が広まったからな。他人事じゃない。


「因みに、その“魔怨”と言う病気だが、放っておくとどんな症状になる?」


「“魔怨”というのは、当初は普通の発熱や頭痛、咳など、普通の風邪と似たような症状でございます。しかし効果的な治療はなく、熱も下がらない状態が続くわけで、徐々に体調も悪化し、そのまま放置するとひどい倦怠感、幻覚、痙攣に見舞われ、最終的には全身の筋肉が萎縮し、呼吸困難も引き起こして最悪死に至ります」


 ビッグスは声のトーンを落とすことなく、淡々と症状について語った。これだけ聞くと、凄く恐ろしい病気に聞こえる。俺は思わず下を向いた。


「ご、ご安心ください! 治療法がないわけではありませぬ、ある植物さえあれば特攻薬が出来て、それを飲めば全快します」


「それを聞いて安心した。ということは、セリナはその植物を探しに……」


「はい。西の鍾乳洞内を抜けた先の森に生息していると聞いて、採りに向かっていたわけです」


「そうだったんですか。で、その植物とやらは……?」


 ビッグスが聞いても、セリナはすぐに返事をせず逆に暗い顔になって俯いた。


「……その様子だと、なかったのか?」


「いえ、正確には鍾乳洞を突破できませんでした」


「なに? そもそも森にすら行けなかったのか?」


「はい、申し訳ございません」


「一体何があった? まさか迷子になったとか……」


「探索魔法なら使えます。それだけなら楽だったんですけど……」


「……魔物か」


 理由はそれしかないと思ったが、セリナは黙って頷いた。


「魔物ですと? 西の鍾乳洞に魔物が出るだなんて、ここ十年の間はなかったはず」


「出るんじゃないのか? 十年前は俺は普通にあそこで魔物と戦っていたぞ」


 俺がそう言うと、ビッグスは呆れた顔をした。


「……あなたが十年前に狩り尽くしたから、もう出なくなったわけでございまして」


「あ、そうだったのか……」


 ビッグスの言う通りかもしれない。

 当時金がなかった俺はギルドの依頼を達成して、とにかく金を稼ぎまくっていた。そこで狩りの場として選んだのが、西の鍾乳洞だ。


 確かに西の鍾乳洞で倒した魔物の数は四桁くらいには上る。

 かなり強い魔物もいたんだけど、そいつらも俺が手あたり次第倒しまくった。おかげでかなりの金を稼ぐことができたんだけど、それが原因で洞窟内の魔物を全滅に追いやったとはな。


「でも、また魔物が出るようになったとは。まぁ、10年も経つし無理もないか」


「いいえ、普通の魔物なら私でも倒せます」


「それじゃキングオーククラスの奴が出たってことか」


「いえ、キングオークなんかより、もっと恐ろしい気が……」


「物騒なことを言うな。ビッグス、どう思う?」


「……やはり魔物の強化も起きているのかも」


「おい、何が言いたいんだ?」


「いえ、その……最近この町の周辺一帯に出現する魔物は妙に強化されていると、もっぱらの噂でして……」


「さっき出くわしたキングオークも、その一例です。ほかにもSランク魔物の出現も、報告されていて……」


 なんだか恐ろしい雰囲気になってきた。俺が十年前にあれだけ魔物を駆逐したって言うのに、一体いつになったら平和になるのやら。


「しかし、なにもそんな場所まで一人で行くことなかったろうに」


「ごめんなさい。どうしても私、一人前として認められたくて……」


「そりゃ、どういう意味だ?」


 ビッグスがここで肩を寄せてきた。


「実はセリナ様、冒険者試験に挑んだらしいんです」


「なんだって? どうしてそんな……」


「私も立派な戦士になりたいんです。いつまでも、姉さんにばかり負担を掛けさせるわけにはいかないから」


 ビッグスが言うには、その後試験に不合格になってしまったとのことだ。

 確かに姉のサリアはエルフ屈指の名戦士と言われている。卓越した剣の才能だけでなく、魔法の実力も類まれない。そんな姉に憧れを抱いたというのか。


「セリナ、お前には治癒魔法があるじゃないか」


「駄目なんです。治癒魔法なんて、私と同年代のエルフはみんな使えます。今私が欲しいのは、戦闘能力なんです」


「何がお前をそこまで駆り立たせるんだ?」


 セリナは俺の質問に黙り込んだ。単純にプライドの問題かと思ったけど、これは何か深い事情がありそうだ。

 だけどここで詰問してもしょうがない。


「わかった。とにかくお前は明日すぐに家に帰るんだ、親とサリアが心配しているだろうからな」


「でも手ぶらで帰るわけには!」


「だから、俺がいるだろ?」


「……本当にお任せしてよろしいんですか?」


「俺以外に適任がいるか?」


「……いえ」


「セリナ様、ご安心ください。森田様ならどんな強敵だろうと、叩きのめすでしょう」


「西の鍾乳洞の場所、わかりますか?」


「心配ない。何度も行ったことがあるからな」


 またあの鍾乳洞に行くなんてな、これも何かの縁か。もう二度と訪れることはないと思っていたが。

 だけど久しぶりの異世界だ。魔物も出てくるだろうし、肩慣らしにはちょうどいい場所になる。そうと決まれば、今夜はたっぷり寝て明日に備えよう。

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