第12話 感染症の流行
勉強熱心だな、元々生真面目な性格だったけど、さらにたくましくなったようだ。
そしてそのフィオナの手料理が食べられるのか。二十年前も食べたけど、本当に美味しかった。しかも俺の好物と来た。明日が楽しみだ。
「フィオナは、森田様の帰りを大変喜んでおりましたよ」
「そうだな。でもあの様子だと、まるで俺が帰ってくるのを知っていたようだけど……」
「実はすでに聞いておりました。ジェニファー殿から……」
「……あいつ、すでに手配済みだったのか」
女神はジェニファーという通名を使って、この世界のあちこちで普通に生活をしている。もちろんビッグスやフィオナとも、顔見知りなんだ。
「さぁ、それでは改めてお部屋に案内いたします」
ビッグスに案内されて、三階の部屋まで移動した。
部屋に入るとかなり広くて驚いた。だけどどことなく質素な感じだ。俺が元いた地球の高級ホテルほどじゃない。
「申し訳ございません、仮にもこの世界の危機をお救いくださった英雄に案内する部屋ではないと存じますが……」
「気にするなって、俺はこの宿が気に入ってるんだ」
「それを聞いて安心しました。ほかに何かお持ちしましょうか?」
「今は特に何もいらない。案内ありがとうな、あとは……」
俺がポケットの中を探ると、ビッグスは急にかぶりを振った。
「命の恩人にお代など請求できませんよ」
「しかし、お前も商売だろう。いくら俺でも、無賃宿泊はさすがに」
「いえいえ。実は前金を預かっておりまして、ジェニファー殿から」
「またあいつかよ。本当に至れり尽くせりだな」
「あの……ビッグスさん」
後ろからセリナがそっと声を掛けてきた。
「おや……もしやあなた様は!?」
「はい、セリナ・フォン・ハヴィエールと申します」
「な、なんと…ハヴィエール公爵の子女でございましたか!?」
「おい、その名前を大声で言うなよ」
「……失礼しました。そういえば、お顔がとてもよく似ていらっしゃる、サリア様と」
ビッグスが眼鏡を掛けなおして、セリナの顔を見つめた。
「ビッグスもサリアと顔見知りだったのか?」
「えぇ、もちろん。というかハヴィエール卿とは古くからの付き合いでして、長女のサリア様とも何度も顔を合わせましたよ」
「姉がよくお世話になったようで、改めてお礼を言わせてください」
セリナが深々と頭を下げた。
「おぉ、そんな。セリナ様、頭をお上げください! わたくしは仮にも平民でございますぞ」
セリナはしばらくして頭を上げたけど、表情がこわばっていた。
「セリナ……お前、何か言いたいのか?」
「……実はおりいって、相談したいことがありまして」
「そ、相談でございますか?」
意外な言葉が出てきた。そういえば、さっきも森から町に向かっている最中にも、何かを言いたげだった。
これは改めて相談に乗る必要がある。俺達は室内にあるソファに腰かけることにした。
「……実は、父が病気で」
「なんですと? ハヴィエール卿が!?」
「数か月前から体調に異変が起きて、当初は咳が出るだけで、ただの風邪だと思っていたのですが……」
「数か月か。風邪にしては長引きすぎだな」
「エルフの慣例に従い、里にいる大長老様の許可を得て、風の精霊に父の容体を診てもらうことにしました」
「それで、その診断結果は?」
セリナがここで一呼吸間を置いた。
「……信じたくなかったんですけど、“
「ま、“魔怨”ですと!?」
「“魔怨”、なんだそれは?」
この異世界も二度目になる俺だが、“魔怨”という言葉は聞いたことがない。
「森田様がご存じないのも無理はありません。“魔怨”というのは、ここ数年の間に流行り出した病気でございます」
「病気……セリナの父が?」
ビッグスが言うには、元々国外のあちこちで流行っていた病気らしい。それがここ数年の間に、俺達がいるこのツバルシオン王国にも流行しだした。
ここから東にあるサドンクリフ地方の港町で、国内で最初の感染例が出たらしい。そこから急速に感染が広まり出し、抵抗力の低い子供や老人を中心に感染者が増えている。
セリナの父グラシオ・フォン・ハヴィエール公爵は3000年を超える年齢だ。エルフは長寿種族で、人間よりも長く数千年は生きられる。
そのエルフでもやはり高齢になると人間と同様、抵抗力が下がる。ある意味当然と言えるが、エルフならではの事情もある。
「エルフは長い間、森や山など、自然が多い場所でひっそり静かに暮らしていた種族です。その種族としての特質や血統は長い間失われることなく、代々受け継がれています。皮肉なことに、その種族としての特質が、外来からの病原菌に対する抵抗力の低下を招いているわけです」
「なるほどな。人間以上にウイルスに過敏になるわけか」
「う、ウイルス……なんですかそれは?」
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
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