第11話 旧友との再会

 亭主は眼鏡を取り、再度俺の顔を見つめた。そして目には若干涙を浮かべている。そこまで感動的になるなよ。


「……確かにこのビッグス、十年前にあなたとお会いしていろいろと面倒を見てきましたが、まさかこの十年でここまで大きくなられるとは。最初はまさかあなたとは思いませんでしたよ」


「無理もない。向こうの世界では、二十年も経過しているからな」


「に、二十年もですか? どうりで」


 ビッグスは俺が異世界転生者だと知っている数少ない人物、だけど彼は信用できるから明かしている。


「ビッグス、今夜はこの宿で泊まりたい。部屋は空いているか?」


「はい、少々お待ちください」


 ビッグスが宿泊者名簿のノートを開いた。


「あの……どうして亭主はあなたのことを知っているんですか?」


「二十年前にいろいろ世話になった。それだけさ……」


 あの時の思い出が蘇ってくる。思えば二十年前に初めて訪れた宿が、この『花鳥の集会所』だった。

 初めて異世界を訪れた俺が異世界からの転生者だとわかると、俺にこの異世界のことや知識、地理、歴史などいろいろ教えてくれた。まぁ、女神が不親切だったからな。


 そしてビッグスが俺に親切にしてくれたのは、ほかならぬあの女性がいたから。


「あ! 空いておりますぞ。三階の東の角部屋、三人までは泊まれます」


「ならその部屋で頼む。セリナもいいな?」


 セリナも頷いて、俺と一緒に階段へ歩き出した。

 カウンターからビッグスが出てきて、セリナの荷物を手に取った。


「森田様の荷物もお持ちしますぞ……」


「いいって、俺はこれだけだから……」


 俺の荷物と言えば、女神からアイテムバッグと銅製の棒、あとは元の地球から持ってきたショルダーバッグくらいだ。

 ショルダーバッグには簡易な服装と簡易な食事、くらいしか入っていない。スマホや現金もこっちの世界では役に立たないからな。


「おや、大事な野球道具とやらはないのですか?」


 ビッグスも俺が野球選手だとは知っていた。


「野球一式は量が多いんだよ。あとはかさばる。武器や防具は、こっちの世界で調達しようと思ってな」


「そうでしたか。でも久しぶりの異世界で、魔物も蔓延っているのに、こんな軽装で来るだなんて」


「俺は小石さえあれば十分だ」


「そ、そうでしたな……失礼しました」


「あと、単純に目立ちたくないんだ。野球道具なんか、この世界にないだろ?」


「まぁ、そうですな。しかし、それではあなたは転職をなさるおつもりですか?」


「転職だって!?」


 凄く意外な言葉が出てきた。転職、まるでどこぞのRPGみたいなことを言うんだな。


「違うんですか? 森田様でしたら、きっとどの職に転職しても大丈夫な気もしますが」


「……考えていない。俺はあくまで、メジャーリーガーだ」


「め、メジャーリーガー……?」


「野球選手の別の言い方、とだけ言っておこう」


「そうですか。意味はよくわかりかねますが、恐らく簡単になれない職業だというのは、なんとなくわかりますぞ」


 ビッグスの勘の鋭さは凄いな。その通りだと俺は心の中で頷いた。まぁ俺以外の話だけど。


「どうでもいいが、様を付けるのはやめてくれないか。昔みたいに剛一で呼んでくれていい」


「何をおっしゃいます。あなた様はこの国を救ってくれた英雄です。そして何より、私の娘を救ってくれた恩人でもありますから」


「娘……確か名前は……」


 その時、遠くからドアがバタンと大きく開く音が聞こえた。


「剛一!? 剛一なの!?」


「……この声は?」


「おぉ、アイシャか!? まだ起きていたのか?」


 パーマがかかった赤い髪をした女性が、ドンドンと急ぎ足でかけて付けてきた。


「あぁ、やっぱり剛一!」


「久しぶりだな、アイシャ」


 挨拶をしたのも束の間、勢いよくアイシャは俺に抱き着いてきた。


「剛一! 会いたかった、本当に帰って来たんだね!」


「あ、あぁ……アイシャも……大きくなったな」


「こら、アイシャ。落ち着かんか」


 ビッグスが注意しても、アイシャはすぐに離れない。よっぽど俺に会いたかったんだな。

 このアイシャという女性はビッグスの長女、俺はアイシャのことをよく知っている。そして何より、アイシャも俺のことをよく知っている。


 十年前はあどけない少女だったのに、セリナと同じくらいの身長にまで伸びている。

 しばらくしてアイシャが離れた。目には涙が浮かんでいる。


「泣くことないだろ。もういい年なんだから」


「だって……嬉しすぎて、十年ぶりなんだよ」


「アイシャ。森田様は今疲れていらっしゃる、再会を祝うのはまた明日にしなさい」


「……わかったわ。じゃあ、私が明日ご馳走を作ってあげるからね!」


 アイシャは涙を拭いて、そのまま自室に戻った。でも自室に入る直前、目でウインクした。


「あなたの好物、カレー? だったわよね?」


「あぁ、よく覚えているな。材料とかはあるのか?」


「任せてよ。あれからあなたの世界のレシピ、たくさん研究してたんだから!」

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