第9話 関所の憲兵に阻まれた
女神が声を掛けて立ち止まった。いつの間にか崖の上にまで移動していて、眼下には明かりに照らされた街並みが見えた。
「あれは……『キースラーの町』か」
「よく覚えているわね。とりあえず今日はあそこの宿で泊まりましょう」
思い返せば二十年前も、俺が最初に訪れた町は『キースラーの町』だった。あれからどれだけ変わっているだろうか。
「あの、女神様。さっきの人達は? あのまま放置したら……」
「安心して。あの魔法は、あと数分もすれば切れるから大丈夫よ」
「そうですか……」
女神は問題なさげに言うけど、仮にもキングオークが出てくるような場所で放置させなくてもいいだろうに。しかも夜遅くだぞ。
「大丈夫だから。もうさっきみたいな奴は出てこないわよ」
「どうしてそう言い切れるんだ?」
「女の勘よ」
「そこは魔法とかじゃないのかよ」
「あのね、女神の魔法は地上で迂闊に使うのは、本来禁止されているのよ」
「あぁ、わかった。じゃあ、あの三人の死体が報告されたら、全部お前の責任だな」
「ちょ!? 縁起でもないこと言わないで!」
「じゃあ、今からでも遅くないから、あの三人の魔法を解いてきたらどうだ?」
そう言うと、女神も観念したのか、向きを変えて歩き始めた。でもすぐ止まって俺の顔を見た。
「……宿の場所はわかるわよね?」
「覚えているから安心しろ。『花鳥の集会所』という名前だろ?」
「ビンゴ。でも、関所もあるのよ」
「そうだったな……」
「はい。これがあれば、関所を通れるから」
女神が右手に一枚のカードを持って差し出した。異世界の文字だけど、すぐに俺は何と書いてあるかわかった。
『特別待遇者のため取締りを免除する ヴィクトール・レイ・カルザール』
ヴィクトール・レイ・カルザール、誰の名前かわかった。しかも本人の直筆らしい。
「……こんなものまであるとはな」
「一応、本人からもらったのよ」
「マジかよ」
「いけない? 言っておくけど、それがないと本当に入れないわよ」
「わかった。ありがたくもらっておくよ」
「じゃあ、セリナのこと頼んだわよ」
女神は森の奥へ走って行った。
「じゃあ、俺達だけで行くか」
「はい。あの……さっきの話の続きなんですけど……」
「宿に戻ってから話そうか」
それから俺はセリナと歩きながら、『花鳥の集会所』という名前の宿へ向かった。
町の関所まで着いた。案の定、鎧を着た憲兵らしき人物が何人もいた。憲兵の一人が、早速俺に目をつけた。
「止まれ、この辺りの者じゃないな!」
屈強な憲兵が俺の前に立ちふさがった。さっき会ったスネイルとローガンにも見劣りしない体格だ。
「今夜この町の宿で泊まりたいんだ。通してくれ」
「どっからどう見ても、この辺りの者じゃない人間を、勝手に通すわけにはいかない。それとも身元を保証する物でもあるのか?」
「ギルドに登録しているのなら、ギルドカードがあるだろ? 持ってないのか?」
「……持ってない」
「ならばお引き取り願おう。安心しろ、野宿に最適な野営地があるから、案内するぞ」
この見た目だから無理もないが、せっかく異世界に戻って来たのに、初日から野宿とか勘弁してくれ。
「全くお前達と来たら。俺はともかく、彼女まで野宿させる気か」
「ん? あなたは……?」
憲兵がセリナの顔を見て、目を見開いた。もしかして知り合いなのか。
「これは……セリナお嬢様ではありませぬか! 一体こんな夜遅くまでどちらまで?」
「ちょっとわけあって、西にある鍾乳洞まで行っていたんです」
「そうでしたか。しかしお一人で無茶しすぎですぞ」
「大変失礼しました。どうぞ、お通りください」
それまで頑なに道を阻んでいた憲兵もやっと両脇に移動した。
それにしてもセリナと知り合いだったとは意外だな。彼女は顔が広いのか。いや、家系のことを考えたら当然か。
これなら俺も問題なく通れそうだ。あのカードは不要だったな。
と、思ったらそうもいかなかった。
「お前は駄目だ!」
「おい、どういうことだ!?」
「剛一さん!」
門をくぐったセリナとは対照的に、俺は二人の憲兵が交差した槍に阻まれた。
「お通しできるのはセリナ様だけだ。仮にも身元不詳であるお前を通すわけにはいかん」
「ふざけるなよ! おい、セリナ。何とか言ってくれ」
「私からもお願いします。剛一さんは怪しい人ではありません!」
「セリナ様、残念ですが規則なのです。あなたとどういう関係か知りませんが、見ず知らずの人間を勝手に通すわけにはいかないのです」
「そんな、彼の身元は私が……」
憲兵は首を横に振った。
「お気持ちはわかりますが、規則ですから……」
「あぁ、わかったよ! 全く頭が固い連中だ!」
俺は我慢できず、ついに女神からもらった例のカードを見せつけた。
「これは……な、なんだって!?」
「なんだ? 何と書いて……えぇええ!?」
「と、特別待遇者!?」
「しかも……カルザール国王陛下直筆の!?」
「どうだ? これでも駄目だって言うのかい?」
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