第1話 女神と異世界へ

「あらぁ、剛ちゃん。もう準備はいいの?」


 日本に帰った俺は、実家から少し離れた山奥の小屋のある場所まで来た。そこにはいつの間にか女神が待ち構えていた。

 胸元が見えるキャミソールに、ミニスカート姿、相変わらず女神の服のセンスはヤバいな。


「大丈夫だ。っていうか、その呼び方はやめろ」


「ふふ、いいじゃない。あなたとは古い付き合いなんだし、またこうしてあなたと会えるだなんてワクワクが止まらないわ」


「……俺は会いたくないが」


「そんなこと言わないで。思えば、二十年前になるわね。あなたと最初に出会ったのは。まだあなたが十歳で、純真無垢な子供だったあなたが、こんなにたくましく育って。噂に聞いたけど、現実世界でも相当な活躍をしたそうで。私嬉しくて……」


「……いいから早く案内しろ」


 俺の言葉を聞いて、さすがの女神も黙り込んだ。


「不愛想なところも相変わらずね」


 女神が小屋の中に入り、俺も続いた。

 外から見たときは普通の木造の小屋、中に入ってもそれは変わらない。殺風景な内部だけど、ここが向こうの世界の入口に繋がっている。


「忘れ物はない?」


「大丈夫だって言ったろ。いいから移動してくれ」


「わかったわよ。じゃあ、火をつけるわね」


 女神が指先から火を放ち暖炉の中の木に火をつけた。虹色に光り輝く炎だ。この虹色の炎も、子供の頃と変わらないな。最初見た時は手品かと思ったけどそうじゃない。紛れもない魔法なんだ。

 そして窓の外を見ると、いつの間にか真っ白な霧に包まれていた。これも二十年前と変わらない。


「着いたわ」


 霧が晴れ、窓の外はさっきいた山奥と変わらないような光景になった。俺は窓の外をじっくり見た。

 夜だというのに異様に明るい。ある物を見て、異世界だと認識した。


「月が二つある」


 夜空を見上げると、大小二つの月があった。一つは元いた世界の月の倍くらいのサイズがある。もう一つの大きな月は、緑色に輝いている。

 二十年前にも見たのと同じ光景だ。間違いない、俺は戻って来たんだ。


「サリア……待ってろよ」


「あなた……まだ彼女のことを」


「うるさい、人のプライバシーだぞ」


「はいはい、わかったわ。何も言わないから」


「……じゃあ、行ってくる」


「気を付けてね。戦い方は、わかるわよね?」


 俺は黙って頷いて入口のドアを開けた。

 ドアを開けて外の空気を吸い込んだ。元いた世界より数段、澄んだ綺麗な空気。目を閉じて俺は深呼吸した。

 ずっと都会暮らしだった俺の心身を、一瞬で癒してくれる。やっぱり俺にはこっちの世界の空気が似合う。


 思えば二十年前の十歳の時に俺は初めてこの世界を訪れた。当時の俺にはいつの間にか異世界に転移され、わけがわからず途方にくれたものだ。

 その時に現れたさっきの女神に、いろいろとアドバイスをもらってこの異世界を旅することにした。初めての異世界は楽しかった。


 でも俺は戻らなければいけなくなった。一年もいなくなったことで、家族や友人が心配している。

 それだけじゃない、地球には俺を必要としている人間がたくさんいた。俺は子供の頃から野球一筋で頑張って来た。


 今でこそ史上最強のメジャーリーガーと言われるようになったが、実は子供の頃からその活躍はエース級だった。

 昔活躍したという二刀流のメジャーリーガーの再来とも言われ、投打ともに目覚ましいほどの活躍を見せ、小学生だというのにプロのスカウトが訪れるくらいだった。


 ただひたむきに努力して練習し続けた結果だけど、まさか世間からの評価がそこまで高くなるとは思わなかった。

 異世界を楽しんでいた俺だけど、正直野球が好きだったから、少しだけ地球が恋しくなって戻ることにした。


 それから二十年、野球の世界で日本、アメリカと目覚ましいほどの活躍と成績を残した。

 もう思い残すことはなくなった俺は、残りの人生をこの異世界で過ごすことに決めた。大好きなサリアのために。


「サリア……俺が初めて出会ったこの世界での女性」


 彼女はまだ俺のことを覚えているはずだ。地球では二十年、こっちの世界ではまだ十年ほどしか経っていない。

 確かに女神はそう言った。でも本当にそうか。なんとなく俺は不安になって来た。


 今いる場所は森の中、歩いているが確かに二十年前と変わらない風景だ。時間がどのくらい経ったかもよくわからない。

 すると、俺は突然あるものが目に入り止まった。


「あのクレーターは!?」


 左前方の木々の向こうに、何やら巨大なクレーターらしきものが見えた。走って近づいてみたが、やっぱり間違いない。

 直径百メートル以上はあるな。なんて巨大なクレーターだ、隕石でも落下したのか。


「いや……違うな。俺が残したんだっけ……」


 思い出した。この地形は見覚えある。クレーターの向こうにある小さい湖があるのが目印だ。


 このクレーターは俺が二十年前に残したものだ。確か凶悪な魔物が出てきて、パニックになった俺が全力で投げたボールで出来たんだ。

 その威力はすさまじく、魔物を倒すだけじゃなく、森の地形を大きく変えてしまうほどだった。


「……懐かしいな。確か付き添いの冒険者から、お前は異常者だって言われたっけ」

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