エピローグ

––––ピンポーン


 インターホンの音にもうそんな時間かと時計を見る。俺の家に訪問してくる人は限られているので誰だか見当はつく。用意はできていたので、すぐに玄関のドアを開けた。


「おはよ」


「ああ、おはよう。んで久しぶり」


 ドアを開けると予想通り久遠が立っていた。まあ、待ち合わせしていたのだから当然だけど。


 栞がこの世を去って早一年。今日は久遠と墓参りの約束をしていた。


「行こっか」


「ああ」


 短く返事をして、久遠の一歩前を歩く。久遠は父親の秘書をしており、今回の任期を終えると久遠も出馬するとのこと。


 俺は大学を卒業すると、三年間だけ会社の経理部を担当したのち退社。今は小説家という仮面を被ったフリーターをしている。


「蓮はしおりんの小説書いてるの?」


「ああ、言ってたろ。人が二回目に死ぬのは誰も思い出してくれなくなったらだって」


 だったら俺は、栞の全てを詰め込んだ本を世に放つ。本は時を超えて残り続けるんだ。大ヒットさせて誰もが知る人にしてやる。だからペンネームは「綾波 栞」。


 一回目の人生はお世辞にも長いとは言えなかったんだ。二回目は何千年だって生かしてやる。久遠と喧嘩した日の栞との、もっと長生きさせてという約束を果たすため。


「そっか……もう書き終わってるんだっけ?」


「あと添削だけだな」


 会話をしていると行きつけの花屋に着いた。俺たちは供花くげを買うため、花屋に入る。


「お久しぶりです。仏花ぶっかでよろしかったですよね」


「はい、ありがとうございます」


 楠木さんには栞の病気のことを話したこともあって、知ってもらっていた。栞と楠木さんも結構仲がよかった。


 俺が代金を払い、店を出ようとすると、楠木さんに呼び止められた。


「これ、私からです。お願いしてもいいですか?」


「もちろん。あれっ? この花って……」


 楠木さんから渡された花は一度見たことがあった。久遠と初めてここに来た日に見た花だった。


「覚えてます? スターチス。氷室さんの誕生日です。仏花ぶっかにも使える花なんですよ」


 小さく紫の花びらを広げ、咲かせる花。春に咲くのに長持ちする力強い花だったはず。


「花言葉は、変わらぬ心、永久不変。いつまでも栞さんを思い続ける氷室さんにピッタリでしょ?」


「ロマンチックですね! ありがとうございます」


 久遠が笑顔でスターチスを受け取る。本当にピッタリだ。誕生花や血液型の占いじみたものが当たったのは初めてかもしれない。


 俺たちは栞のお墓に着くと、墓を洗い流した。お供物を置き、線香を立て、蝋燭に火をつける。この墓は俺が買ったもので、栞しか入っていない。もともと綺麗なこともあって、さほど重労働ではなかった。


「蓮、見なかったことにするから抱きついてもいいんだよ?」


「やべえ奴じゃん」


 一仕事終えた俺たちは声を抑えて笑う。


「墓なのに儚いな」


「うわ、さっむ。冬はもう終わったってのに」


 凍えるふりをしている久遠を横目に、氷室家と掘られた栞の墓にそっと触れる。数珠とかはよく分かんないけど、腕にはクリスマスに栞からもらったブレスレットが付けられている。


「はー、流石しおりんだよ。ブレスレットはね、永遠を意味するんだよ」


「そっか」


 永遠を意味するブレスレットに、永遠不変を意味するスターチス。もう会えなくても繋がっているようで嬉しい。


 墓に触れても、栞の温かみなんて感じない。でも心は落ち着く。栞に出会えて、一緒に歩めて良かった。そう思える。


 あえて作中では使っていない言葉。愛してるでも大好きでもない。そんな言葉を、久遠にも聞こえない声で呟く。


 栞……


『––––––––––––』


 三月のどこまでも続くような青い空。もうそろそろ桜が笑う。


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