第12話 県予選リーグ 




「イッチーっ! 撃てっ!!」

 佐久間キャプテンがニアに蹴り込んだコーナーキックを鈴木先輩がヘッドで後ろに逸らし、ボールはゴール前の密集地の頭上を通過し、ファーでセカンドボールを待っていたイッチーの前に向かっていた。


 相手キーパーは密集の中で身動きが取れずにいる。

 イッチーは落ちてくるボールに上手く左足を上手く合わせて振り抜き、相手のゴールネットに強烈なボレーシュートを突き刺した。


「「っしゃーーーーー!!」」

 後半25分。残り5分近くを残して1-0から相手を突き放つ2点目をイッチーが奪い取り、ほぼほぼ勝利は俺たちが手にしたと考えて間違いなかった。


「残り5分! 攻撃陣は結果を出してくれたんだっ! 俺たちも絶対にゼロで終わらせるぞっ!」

「「おおっ!」」

 田中先輩がディフェンス陣をもう一度奮起させ、ベンチにいながらも俺は緩みかけた気持ちを引き締め直し、ピッチ内に声をかけ続けた。




 7月。6月末の期末テストが終わった一週間後、3年生の引退を賭けた中体連の県予選リーグが始まった。

 初戦はイッチーの公式戦初ゴールもあって2-0のスコアで逃げ切り、最終的に得失点が重要になるリーグ戦としては最高の滑り出しだった。


「2戦目は一週間後、相手はディフェンス重視のチームだ。オフェンスのレベルが今日より緩いはずだから、今日の疲労や経験値を加味して次戦はメンバーを変えて戦う。今日出場がなかった者は充分に準備しておくように」

 顧問の先生が次戦への方針を話し、佐久間キャプテンが一本締めをしてリーグ初戦は幕を閉じた。


 みんなが勝利の余韻に浸っている中で、俺は追加点を決めて喜んでいるイッチーの姿が羨ましくて仕方がなかった。

 俺だって入部してから真面目に練習に取り組んできたし、個人的な練習だって欠かさずにやっている。

 持久力だって部内でも上位であるくらいには自信がある。

 ――次はチャンスが貰えるかもしれない。次は絶対に俺も……。


「シマ、そろそろマネージャー助けてやれよ」

 後ろを通った島田に言われて顔を上げると、水飲み場で給水タンクを洗っていたゆりなが対戦校の男子数人から話しかけられていた。


「はぁ……」

 今はサッカーについて真剣に考えているから、色恋について考えたくもなかったのに、他校と試合をするといつも帰り際に同じ光景を目にする。


「夏休み入ったら祭りがあるからさ、一緒に行こうよ! 俺、全部奢るし!」

「俺ら大会終わったら受験だからさ。本格的に勉強が始まる前に思い出作らせてくんない? だから連絡先交換しようよ」

「すみません。困ります」

 ゆりなを囲う人垣に割り込み、置いてあったタンクの取っ手に手をかける。

「これ、俺が持つから」

「優輝くん!」

 ゆりなの声には驚きと安堵が混じっていた。

 ゆりなを閉じ込める人垣に割って入り、タンクを持っていない方の手でゆりなの手を引いて、水場から離れる。


 背後から恨み言が聞こえてきたが完全無視を決め込んで自分たちのベンチまで戻って来た。


「お姫様奪還ご苦労!」

 佐久間キャプテンに拍手で迎えられ、俺はゆりなの手を離した。


「まだ試合が残ってるのに、よく他校のマネに声掛けられますよね。

 しかも負け試合で」

「まぁ、彼氏としての苛立ちもわかるけどな。向こうにしてみたら南マネに会えるのはここくらいしかない訳だし、ワンチャン狙いたくなるんだろよ」


 佐久間キャプテンの言い分も対戦校の男子たちの気持ちも本当のところはわかっている。

 だけど、今の俺には鬱陶しくて仕方がなかった。




 この鬱陶しさは学校でも俺にまとわりついてきた。


「島崎、ちょっと話あるんだけど」

 昼休みになり、サッカーをしに校庭に行こうと廊下に出ると、望月さんに声をかけられた。

 目の前の光景に既視感があって、一瞬今が何月なのか分からなくなった。

 ちなみに望月さんはめでたく岡野と付き合う運びとなり、今や校内でも有名なカップルとなっている。


「どうしたの? 俺、サッカーしに行きたいんだけど」

 俺の言葉に望月さんは大きく溜め息を吐いた。


「とにかく一緒に来て」

 望月さんは昇降口とは反対方向へ歩き始め、俺はどうしようか迷った後、仕方なく望月さんの後を追いかけた。


 望月さんは昼解放されている図書室に入り、一番奥の書架の前で止まり、背中を預けて腕を組んだ。


「島崎さ、最近南さんと話してる?」

「は? 部活とかで話してるけど」

「そういうのじゃなくて。恋人として南さんと話してるのかって聞いてるの」

 望月さんはまた溜め息を吐いた。


「南さん、最近あんたの事を聞かれると曖昧に笑うのよ。

 前は誰かにあんたの話をしている時は楽しそうにしてたのに、最近は紛らわすばっかりで、私からは南さんが寂しそうに見えるのよ」

 望月さんの言葉を受けて、少なからず衝撃を覚えた。


 誕生日を境にゆりなの性格は明るくなったし、誰とでもそれなりに話すようになって、ゆりなの私生活は充実しているとばかり思っていた。

 俺と話さなくても友達がいて、男子とも少しずつでも話せるようになったら、いずれ本当に好きな相手ができるかもしれない。

 これはとても大事な事で、寂しいけれど俺がいらなくなる未来がゆりなに一番健全だろうと思っている。


「……中体連が近いんだ。今はあんまり時間が取れないのはゆりなちゃんだって理解してる」

「それは南さんに甘えてるだけでしょ」

 ズバッと切り返され、思わずグッと顎を引いた。


「南さん、私から見ても確かに変わったと思うけど、なら変わったきっかけは何?

 あんたじゃないの?」


 ゆりなが変わったのもあるが、それ以上に周囲が――特に男子が俺という彼氏がいる事でゆりなへの求愛を控えた結果――ようやく普通の女子生徒と同等に扱ってもらえるようになって、本来のゆりなの性格が出せるようになっただけだ。

 男子が普通に接してくれるなら、他の女子がゆりなに嫉妬する事もなく、ゆりなが塞ぎ込む状況にならなかったのではないか。

 俺の存在は結局みんなを欺く為の存在でしかない。

 望月さんの思うような立派なものではない。


「……ようやくゆりなちゃんに友達ができたんだ。

 いつまで続くかも分からない彼氏より、一生の友達の方が大切だろ」


 望月さんは驚いた表情をみせ、腕組みを解いて書架から離れ、俺を睨みつけながら距離を詰めて正面に立った。


「あんた……、それ……、本気で言ってるの……?」

 望月さんの声は低く震えているように感じた。


「そりゃ確かに中学生で付き合ってるなんて、いつまで続くかなんてわからないけど、それでも誰かに何を言われたって私たち自身は本気で好きで付き合ってるんじゃないのっ!?」

 ここが図書室という事も忘れて、望月さんは怒りを露わにした。

 本来なら「静かにしなさい」と注意するべき図書委員も、望月さんの怒りに驚いて、ただ見守っている。


 望月さんの怒りや主張は最もだが、偽装の恋人の俺にそれを求めるの酷だ。


「……クリスマス」

 望月さんは周りを気遣い、声と怒りを抑えて口を開いた。


「あの時のあんたと南さんを見て、憧れたのよ。

 私も岡野くんと2人みたいな関係になりたいって。

 だからあの後もめげずに頑張れたのに……」

 俺を睨む望月さんの目は涙で潤んでいた。


 俺は俺とゆりなの為に泣いてくれる望月さんに心を打たれたが、だからといって何かを変えようとは思えなかった。


「あんたの気持ちが冷めたのならそれも仕方ないけど、南さんを不安にさせる態度を取り続けるつもりなら、1回ちゃんと話し合いなさいよ」

 そう言って、望月さんは図書室から出て行った。


 残された俺は図書室を利用していた数人の生徒からの視線を感じながらも、その場から動けずにいた。


「憧れたは効くって……」




 公式戦2戦目。0‐0で前半を折り返し、後半開始と同時に俺は前半だけで消耗させられた遠山先輩に代わってピッチに立っていた。


「シマ! 後ろは俺たちに任せろ。ヤマの代わりにパス出してけ!」

「はいっ!」

 同じラインの飯田先輩に声をかけてもらい、トップ下の佐久間先輩を中心に見ながら仲間や相手の位置を確認する。


 俺にとっては中体連初出場という状況。

 初戦はベンチで空気の違いを感じていたが、ピッチに入ると感じていた空気がより重くプレッシャーを感じた。


「シマっ!」

 初めて俺の所にボールが収まると、すぐに相手のチェックが入った。

 簡単には前を向く事はできなかったが、ボールのキープは難しくはなかった。


 一度右サイドの島田にボールを返し、攻撃を組み立て直す。


 相手チームはボールを持った選手に素早く激しいチェックでボールを奪い、早いカウンターを前半から狙っていた。

 特に攻撃のスイッチを入れていた遠山先輩へのチェックが厳しく、交代で入った俺へのチェックも早かった。


 試合は基本的にこっちがボールを持たされ、相手がこっちのミスを待っている。そんな流れだった。


 とはいえ3戦目が地域内では強い学校との対戦がある事を考えると、今日0-0ドローよりもちゃんと勝って勝ち点を積み上げておきたいのがチームの考えだった。


 ボールが外に出て流れが切れた僅かな時間に俺は飯田先輩と佐久間キャプテンに声をかけ、自分の考えを伝え、積極的に俺にボールを集めてもらった。


 右ウイングとボールを行き来させていると、俺がボールを受けるタイミングで相手2人が食いつき、距離を詰めようとダッシュで迫って来た。

 その瞬間俺はボールをフリックさせて股抜きでボールを前に出すと、自分も反転して一気に2人を抜き、ユニフォームを引っ張られながらも右ウイングのイッチーにボールを出して、攻撃を展開させた。


 イッチーは敵陣深くまでボールを運び、右サイドバックの島田がオーバーラップして相手の注意を引き付けたタイミングで中央で待っていた佐久間キャプテンに一度下げ、佐久間キャプテンはダイレクトで左にサイドチェンジをし、左ウイングの竹内先輩は悠々とゴール前にクロスを上げた。


 ハイテンポでのサイドチェンジに相手チームは対応する事ができずにボールウォッチャーとなり、空中戦なら地域一と言っても過言ではない鈴木先輩がゴール前で高々と跳び上がり、相手ディフェンスの上から強烈なヘッドでゴールを決めた。


「「うおぉぉぉぉぉっ!!」」


 ゴールを決めた鈴木先輩は雄叫びを上げながらベンチに向かって走り、手を出して待っていたメンバー全員とハイタッチをしてピッチに戻って不敵な笑みを浮かべていた。


 後半、残り10分。

 相手は当然前がかりに攻めて来るだろうから、まだまだ油断はできない時間だった。

 しかし、攻めてきた相手から中盤でボールを奪い返すと、佐久間キャプテンが前線にロングボールを出すと鈴木先輩が簡単に抜け出し、ゴールキーパーとの一対一を確実に決め、あっさりと追加点を奪った。


 カウンターからの失点を受けた相手チームは前に向かう勢いを失い、そのまま2-0で試合は終了した。



「あの。今度、暇な日があったら――」

「すみません。その子、俺の彼女なんで。やめてもらえますか」


 恒例になっている撤収前のゆりなナンパタイムが始まる前に俺から先に相手に声をかけ、目を丸くするゆりなの手を引いてバス停に向かって歩き始める。


 背後から「マジかよ……」とか「同じ学校のアドがあれば……」とか色々と恨み節が聞こえてきたが、ある種見せつけるかのように手は繋いだまま離さなかった。


「優輝くん、ありがとう……」

「いつものことだから」


 手を離すとゆりなは俺と繋いでいた手を反対の手で大切そうに包み込んだ。




 更に翌週。県予選リーグ最終戦。

 地域最強校との対戦で0-3で完敗だったものの、リーグ戦二勝一敗で夏の県大会リーグ進出を果たした。


 これは3年ぶりの成績らしく、次戦が始まるまでの僅かな期間に代わる代わるOBが来て練習相手をしてくださり、3年の先輩たちに真剣に何かを伝えていた。


 そして、いよいよ俺たちの中体連は負けたら終わりのトーナメントに突入した。

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