第7話 進級2年生。新学期。新クラス。




「とりあえず1年の時の教室に行けばいいんだよね?」

 4月になり、俺たちは2年生に進級した。

 桜は平年よりも早咲きで満開を迎え、ゆりなとは遅くなってしまったホワイトデーデートとしてお花見にも行った。

 桜吹雪の中のゆりなはキレイで、それでいて可愛かった。


 1年の時の担任の先生が今日の流れを説明し、その後、クラス分けの書かれた紙を前から順に配り、それからは先生が何か話していても、みんなその紙に夢中になっていた。


 ――俺は3組か……。知ってるヤツは誰がいるかな……。


 上から順番に名前を読み下げていく。


 ――お、イッチー(市ヶ谷)と同じクラスだ。あとは……、え?


 ――南ゆりな。

 部活仲間の他に、下の方に驚きながらも嬉しい名前を見つけた。


 ――今年1年間の学校行事、全部ゆりなちゃんと一緒なのか。


「島崎ぃ、南と一緒だからってイチャイチャすんなよ~?」

「アホか」


 隣のヤツにからかわれ、興味無さげに答えたものの、内心は満面の笑みを浮かべていた。


「おーし、じゃ、体育館に移動してー」

 先生の号令で俺たちは体育館で始業式を受け、終わったらその足で新しい教室に向かった。

 2年生の教室は3階建ての3階部分に位置していて、一年間1階で過ごしていた俺には3階まで階段を登ると足がちょっと疲れた。


 教室に入ると黒板に名前順の席割が書かれていて、俺は自分の名前を探して自分の座る席を確認した。


 ――ゆりなちゃんの席は窓際の方か。結構遠いな……。


 俺は慣れない自分の席に座り、前後両隣の新しいクラスメイトと挨拶を交わした。


「でもよ、もう今年の運、全部使ったと言っても過言ではないよな!」

「マジそれ。俺なんか、自分の名前よりも先に探したもんw」

「実は俺も!」

「おい! 噂をすれば!」


 教室の黒板に近い方の扉からゆりなが教室に入って来ると、耳目が一斉にゆりなに向けられたのがわかった。


「南さん、1年間よろしく~」

「よろしくね」


 ゆりなは女子たちと挨拶を交わしながら黒板を確認すると、窓際の席に座った。

 そして座ったゆりなを女子たちが囲み、その様子を男子が眺めていた。


「一回確認しときたいんだけど、お前と南って本当に付き合ってるの?」

「何だよ。付き合ってるよ」

 毎度の質問にうんざりしながら答える。

 色んな人に問われ続けた結果、もう嘘でも動揺せずに答えられるようになっていた。


「マジかぁ~……。いったい、前世でどんだけ徳を積んだら、あの南から告白されんだよ」

「たぶん俺の前世はローマ法王だったな」

「マジそのレベルな……」

 ギャグでさえ真面目に取られる程、ゆりなは男子から奉られていた。


「おーし、みんな席に着けー」

 国語の先生が新しい担任となり、明日の入学式の椅子を出すボランティアの募集を始めた。


 みんなが部活があるとか、用事があるとかで役を押し付け合う中、俺は何となく窓際のゆりなに目を向けると、こちらを見ているゆりなと目が合った。


 これから毎日、こうしてふとした瞬間に目が合ったりするんだろうなと思っていると、ゆりなが俺に向けて小さく手を振り、俺も顔を緩ませながら同じように手を振り返した。


「せんせー! 島崎が小さく手を上げてまーす!」

「ちょっ! おい!」

「じゃあ、なにしてたんですかぁ~?」

「それは……」


 ゆりなと手を振り合っていたとは恥ずかしくて言えない。


「なんだ? 島崎? やってくれるのか?」

 担任もそろそろ決まってほしいのか、声のトーンに面倒くさそうな空気を醸し出していた。

「あー……。じゃあ、はい。やります……」

「じゃあ男子は島崎頼むな。それで女子は――」

「先生。私がやります」


 ゆりなが右手を天井に向けて真っ直ぐ伸ばし、通る声で立候補を進言した。

 俄かにクラス中がざわつき出し、教室中のいたるところでひそひそと話す声が聞こえてきた。


「あれ? 島崎、さっき用事があるって言ってたよな? 俺、代るぞ!」

「いやいや、俺が!」

「バカ言うな! 俺ほど新入生歓迎の心を持った男もいないぞ! というわけで俺が!」


 ゆりなが立候補すると、男子が我が我がと騒ぎ出し、女子はそんな男子たちを冷めた目で呆れ果てていた。


「男子うるさいぞ~。ボランティアは男子は島崎に、女子は南にやってもらう。

 2人はこの後、体育館に向かうように。

 では、今日はこれで解散。さよなら~」


 担任は文句を言う男子の騒がしさには付き合わず、さっさと教室から出て行ってしまった。

 今年の担任はどうにも淡白な人間性らしい。


 担任がいなくなって、みんな自分の席の近くの人と話したり、友達で集まったりして教室は一気に騒がしくなった。


 俺はリュックを背負い、体育館に向かう為に教室を出た。

 体育館に近い方の階段に向かい、新しく始まる生活に沸く各教室を通り過ぎ、階段を降り始めたところで背後から肩を叩かれて振り返ると、ゆりなの姿があった。


「優輝くん、一緒に行こうよ」

「ゆりなちゃん。うん」


 2人並んで階段を降りていくと、周囲からのやっかみや好奇の視線が気になって仕方なかった。


「ごめんね。私が手を振ったから……」

「全然いいよ! 気にしないで。あのままだと早く帰れなかったし、それにこうしてゆりなちゃんと2人になれる理由ができたし」


 ゆりなは俺に体を軽くぶつけた。

 この子は照れ隠しの方法までカワイイ。


「同じクラスだし、2人で何かする理由なら、これからいっぱい作れるよ」

「そうだね。始まりは椅子並べだけど」

「卒業して何年か経って思い出すんだよ。あぁ、あの時、椅子並べたなぁって」

「もっと良い事を思い出したいなぁ……」

「これからいっぱい作っていくんだよ」


 会話をしているうちに3階から1階に到着し、日光の温かさを感じる外廊下を通って体育館の入り口にやって来た。


 中を覗くと、2人の男子生徒が椅子の足で床を傷めないようにする帯になったシートの端を持って、すごい勢いで目の前を走り抜けていった。


「お、島崎とマネージャー。2人もボランティアか?」

「田中先輩! こんにちは」

「こんにちは」


 体育館の入り口で中の様子を窺っていると、横から田中先輩に声をかけられた。


「何をすればいいですか?」

「今、床にシートを敷いているから、それが終わり次第、ここの中に入っているパイプ椅子を1列10脚ずつ並べる。

 荷物は向こうの端の方にまとめて置いてあるから、お前らも置いとけ」

「わかりました」


 俺とゆりなはバッグがたくさん置いてあるところの端に並べて荷物を置き、椅子が入っていると言われた扉の方へ向かった。


「俺もやります」

「おぉ。中、入って」


 両手にパイプ椅子をたくさんぶら下げた田中先輩を見つけて声をかけると、顎で部屋の中に入るように指示された。


 中には数人の上級生が列を成していて、棚に収納されたパイプ椅子を引き出していた。


 俺の順番になって重なった一塊を持とうとしたら、思っていた以上に重く、右腕、左腕で2脚ずつの計4脚しか持てなかった。


「想像より重い。ゆりなちゃんは2つ持てるかなぁ?」

「そんなに重いの?」


 俺が場所を譲り、ゆりなが椅子を持ち上げようとしたが、まず引っ張り出す事が難しそうだった。


「ちょっと待って」


 俺は持っていた椅子を全部壁に立てかけ、ゆりなの分として2脚パイプ椅子を引き出して、ゆりなに渡した。


「どう? 持っていけそう?」

「うん。これなら部活のタンクと変わらないかも」

「そっか。じゃあ行こうか」


 倉庫から出て体育館を見渡し、列を作り途中の所を見つけ、そちらに向けて歩いていく。


「この列、あといくつですか?」

「あと3つだな」

「はい」


 俺が残りの3脚を並べているうちに、ゆりなは次の列を並べ始めた。


 倉庫との往復を繰り返し、順調に作業を進め、1時間かからないくらいで作業が終わった。


「にしてもお前らホントに仲良いよな。ボランティアまでわざわざ2人で来るんだから」

 作業が終わり、田中先輩に部活について聞いて別れる際、先輩は俺とゆりなを見て、しみじみと呟いた。


「いや~……。今回は本当に成り行きでこうなって……」

「ふーん……。まぁ、でも同じクラスになれたみたいでよかったな、マネージャー」

「えっと……、はい」


 校内では必要以上に一緒にいないようにして、部活でもゆりなは俺を贔屓しているようには感じないが、周りにはそんなに仲良く映っているのだろうか。


「部活、明日からだって」

「この後、どうしようか?」

「とりあえずお腹空いたよね」

「それなら、ハンバーガー屋さんで買って、ウチで食べようよ!」

「え!? ゆりなちゃんの家で!?」

「え? イヤ?」

「イヤじゃないよ! どっちかっていうと、行ってもいいのかなって……。

 家族に迷惑にならない?」

「大丈夫だよ。お母さん、今日も帰り遅いし」

「そ、そうなんだ……。じゃ、じゃあ行こうかな?」


 ゆりなの家で2人きりというシチュエーションに、何かハプニングを期待しない事もない。

 できる事ならそのハプニングが思春期男子の若き欲望を満たすものであったのであれば、明日もし、鳥の糞を頭に落とされたとしても俺は笑顔でいられる自信がある。


 時間がもったいないからと俺は家には帰らず、直接ゆりなの家に行く流れになった。


 帰り道のバーガーショップでチーズたっぷりセットを買い、俺の慣れない道をゆりなと歩いて、ゆりなの住んでいる黒い外観の高級そうな大きなマンションの前に到着した。


「いつ見てもでっかいなぁ」


 首の可動域を全開にして見上げないとマンションの最上辺が見えない。


「お腹空いたから、早く中に入ろ」

「う、うん」


 ゆりなが入り口の隣の機械に何かをかざして数回ボタンを押すとエントランスの扉が開き、俺はゆりなの後をついて中に入った。

 少し進むとエレベーターの乗り場があり、ゆりなは上へ行くボタンを押した後、早足で薄暗い狭い通路に入り、壁に無数に埋め込まれている銀の扉を一つ開けて、いくつかの紙を取り出してエレベーター前に戻って来た。


 持ってきた紙をチラッと見るとそれはチラシで、あそこがポストなんだと感心した。


 音も無く、静かに扉が開き、隣町のエレベーターよりも広い空間にゆりなと乗り込み、横振動も無く静かに上昇する事にちょっと笑いそうになった。


 5階で静かに停まって、扉が開くと各部屋に通じる廊下からは普段目にできない高さから町が見渡せた。


「うおぉぉぉ! すげー!!」


 高いところに来るとテンションが上がるのは何故なのだろう?

 ゆりなに制服の裾を引っ張られ、名残惜しくも先に進む。


 廊下の突き当りに来て、ゆりながまた扉に交通系ICみたいなカードをかざすと、機械音と一緒に鍵の開く音がした。


「どうぞ」

「おじゃましまーす……」


 扉を開けてくれているゆりなに促され、緊張しながら家の中に入る。

 ――あ、どことなくいい匂いがする。


 ――カシャン!


 音にビックリして振り返ると、ゆりなが扉の鍵を閉めた音だった。

 ゆりなは自然な動作で靴を脱ぎ、脱いだ靴を下駄箱にしまって、スリッパを二組取ると一組を自分で履き、もう一組を履き易いように俺の前に並べてくれた。


「こっち」


 用意してもらったスリッパを履いてゆりなの背中を追いかける。

 廊下を抜けて扉を一つくぐると、目の前に広いリビングが広がった。


 入ってすぐ左手にはオール電化のキッチンがあり、キッチンのすぐ前に体面で2対の椅子が木のテーブルを挟んで置かれ、更に奥にはL字に高そうな深い茶色の革のソファが設置され、窓際には観葉植物も置かれていた。


 ゆりなはソファの前のガラス張りのテーブルの上に買って来たハンバーガーの袋を置き、制服の上着を脱いだ。


「優輝くんもこっちに来て座ってて。私は着替えてくるから」


 ――着替え!?


 ゆりなは俺の横を通り抜け、玄関の方へ向かい、やがて扉の閉まる小さな音が耳に届いた。


 ――2人だけの空間。邪魔は入らないと思う。たった5メートルもない距離でゆりなが着替えをしている。いったい今、どこまで着替えを済ませたのだろう?


 部室で女子の話題で盛り上がった時に誰かが言っていた、「女子は男子から迫ってくるのを待っている」というのは本当の話なのだろうか?

 だとしたら今、ゆりなは部屋で俺が訪ねて行くのを待っているのだろうか?


「行くべきか、行かざるべきか。それが問題だ」

「どこに行くの?」

「おわぁっ!? お、おかえり」

「ただいま。で、どうしたの?」


 戻って来たゆりなは紺のジーンズにグレーのパーカーというデートで見た事の無いラフな格好をしていた。


「あ、えっと、その、そう! トイレ! 行きたかったけど、人様の家の扉を勝手に開けるのは良くないよなぁって……」

「そうだったんだ、ごめんね! トイレは玄関からみて、2つ目の扉だよ」

「あ、うん。じゃあ、ちょっと借りるね」

「はーい」


 ごまかしの為に言った言葉だったが、出るものはそれなりに出た。

 手を洗ってゆりなの所に戻ると、彼女はポテトを一本、口に咥えていた。


「ごめん、お腹空き過ぎて先に食べ始めちゃった」

「いいよ。お腹空いたって言ってたもんね」

「実はウチってあんまりファストフード店を利用しないんだよね」

「そうなの? 禁止してるの?」

「禁止まではいかないけど、お母さん、油とか結構気にしてるから。積極的には利用しないって感じ」


 家庭事情を説明しながらゆりなは小さな口を開いて、春限定のパティにデミグラスソースのかかったハンバーガーに齧り付いた。

 ゆりなは幸せそうに目を細めながらモグモグと咀嚼している。

 その仕草はまるで小動物のようでカワイイ。


 ゆりなと談笑しながら遅くなった昼食を済ませ、一緒に動画を観たりしながら時間を過ごした。


「同級生の家に行った時の定番といえば小学校の卒アル鑑賞とかじゃない?

 違う学校の友達とかだと、なお盛り上がる」

「へー……。卒アルかぁ……」


 する事が無くなり、ゆりなに俺が友達の家に行って遊ぶ時は何をするのかと問われ、大抵盛り上がる定番を伝えた。


「ちょっと待ってて」


 ゆりなは立ち上がると着替えの時と同じように自分の部屋に戻ったようだった。

 そして少ししてパタパタとスリッパの音を立てながら、一抱えある深緑のアルバムを胸に抱いて戻って来た。


「これ、私の卒アル」

「え? 見ていいの?」

「……ちょっと恥ずかしいけど、優輝くんにならいいよ」


 ゆりなはアルバムを俺の前に置くと、肩と肩が触れるくらい近い距離に腰を下ろした。


 1ページ目を開くと、6年生全員と教員の全体写真が載っていた。

 端から順番にゆりなを探していき、1分くらいして6年生のゆりなを見つけた。


 実は、俺はこのゆりなを見た事があった。

 それは俺がまだゆりなに友達を作ってあげようとおせっかいをしていた頃、男子の中でゆりなの小学生時代の画像が出回った時期があった。

 その時に俺もこの画像を目にしていた。


 初めて画像を見た時には感じなかったけれど、ゆりなを半年以上見てきた今となっては、どれもこれも能面笑顔ばかりで心から笑っている写真が一枚も無い。


「作文は……」

「作文はダメ」


 生徒一人一人の作文のページに進み、ゆりなの作文を読もうとしたら手で隠されてしまった。


「わかったよ。あ、あれは? クラスのランキングみたいなの」

「あー、あったね。どこもアレやるんだね」


 ゆりなはページをめくって進め、ゆりなのクラスのページを開いた。


「クラスの美少女ランキング、1位ゆりなちゃんだ!」

「そういうのはいいから!」


 ゆりなはそこも手で隠し、俺は笑いながら隣のページに目を向ける。

 そこにはクラス全員の簡単な個人情報が記載されていた。


 好きな教科、特技、将来の夢。いくつか項目があり、何気なく読み進めていると、ある項目で俺の目は止まり、そして重要な事を失念していたと初めて自覚した。


『南ゆりな 誕生日:5月13日』


 ゆりなの誕生日は約一ヵ月後に迫っていた。

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