第5話 負けて得る者
「6番チェック!! 6番チェック!! 島田も中央切りながら挟め!!」
「当たれ! 当たれ!」
年明け1月、今年初めての他校との練習試合。
俺は入部して初めて試合のメンバーとしてベンチ入りをしていた。
いつも試合に出ているレギュラーの先輩や俺よりも先にベンチ入りしていた同級生は大声をピッチに届けている。
そんな中、俺はといえば、まだ出るかどうかも決まっていないのに緊張で全く試合を見られていなかった。
前半を0‐1のビハインドで折り返し、10分のハーフタイムに顧問の先生とキャプテンの先輩が修正点と攻撃時のボール運びについて細かく説明してくれていたが、後半に近付けば近付くほど自分の出場する可能性が上がるかもしれないと考えてばかりいて、言葉が右から左へ通過するばかりで何も記憶に残っていなかった。
「大丈夫? あんまり気負わないでね」
「え!? あ、あぁ……。うん……」
ゆりなからお茶の入ったプラスチックコップを受け取り、一気に飲み干してゆりなに渡す。
飲んだ先から既に喉の渇きを覚えている。
後半が始まり、負けているウチのチームはとにかく攻めるしかない。
先輩たちはチームメイトに大きな声で支持を出し、気迫充分にプレーしている。
――ピーッ!
ピッチ中央で飯田先輩と相手が交錯し、プレーが止まった。
「イッテー……」
両脇から支えられ、右足を引きずるようにベンチに運ばれた飯田先輩の靴下を脱がすと足首は青くなって腫れていた。
「マネージャー、すぐにアイシングの準備して」
「はい!」
顧問の先生に指示を受け、ゆりなはすぐにクーラーボックスを開いた。
「島崎、すぐにアップ。交代だ」
「え?」
「時間が無い、早くしろ!」
「は、はい!」
俺は短い距離をダッシュで往復して急いで体を温める。
――飯田先輩が足を包帯とかで固めれば、そのまま続けられるんじゃ。
そんな事を考えながら往復を繰り返していると、また顧問の先生に呼ばれた。
「ポジションはそのままで飯田と交代。練習でやってきた事を出してこい!」
自分が返事をしたのか覚えていない。
地面を蹴っている感触が無いのに体はフワフワと前進していく。
ファール地点からウチのチームのキックで試合が再開し、ピッチ上の敵味方が一斉に走り出し、俺も遅れて走り出す。
「島崎、チェック!」
背後からディフェンスリーダーであるセンターバックの田中先輩に指示を出されたが、誰につけばいいのか分からずに辺りを見回し、目の前を走り抜けた相手をとにかく追いかけた。
「違う! 8番だ!」
顧問の先生の声にしまったと思ったのと同時に俺の横をボールが通過し、相手が一気に自陣のペナルティエリアに雪崩れ込んだ。
相手は俺のサイドからクロスを上げ、ゴールに迫ったが田中先輩がヘディングで弾き返し、セカンドボールを遠山先輩がピッチ外に出して何とか危機を脱する事ができた。
「すみません……」
「1年の失敗は織り込み済みだ。お前はまず落ち着け。深呼吸して、目線を上げて周りを見ろ!」
相手のスローインで試合が再開し、田中先輩に背中を押されて自分のポジションに戻る。
田中先輩に言われた通りに深呼吸して、ゆっくりと走り、全体を見渡す。
「島崎、声出してけーっ!!」
ベンチからの応援が耳に入り、さっきより気持ちが落ち着いている自分に気が付いた。
「8番チェック!」
相手の8番の選手をマークし続け、パスコースを消す。
「初めてだね。1年生?」
「え? あ、はい」
マークしていた8番の相手選手に笑顔で話しかけられ、驚いたものの返答する。
「そっちの6番、大丈夫だった? わざとじゃないけどゴメンね」
「あ、いえ、事故ですし――」
会話の途中、急に8番の走り出し、会話に気を逸らされていた俺は一歩遅れてしまい、8番をフリーにさせてしまった。
必死に追いかけ、田中先輩と挟んでコースを狭め、クロスは上げられたが精度を欠かせ、こっちのゴールキックから再開となった。
「いやー、失敗したなぁ! ダメだよ、話しかけられても集中力切らしちゃ」
「……」
「これやると誰も会話してくれなくなるんだよね~」
それからもこの厄介な8番は俺に話掛け続け、そのせいでなかなか試合に集中できず、加えてこの8番は姑息な手を使わなくてもディフェンスは普通に上手かった。
俺のところにボールが入った瞬間に一気に俺との距離を詰め、前を向くチャンスを与えてくれず、俺はボールを下げる事しかできなかった。
「どした? 勝負しようよ。これも経験だって」
俺の足の外側や内側から足を出されながらもボールをキープし、今回もやっぱりボールを下げさせられた。
「駄目だ! 挟まれてる!」
ボールを出して顔を上げた瞬間、目の前にいたのは相手のミッドフィルダーだった。
ボールをインターセプトされ、残り10分で再びピンチを迎えた。
ペナルティエリア内、相手のシュートの構えに田中先輩たちセンターバック2人がシュートコースを塞ぎに飛び込むと、相手はシュートを打たずに切り替えされ、マイナスにパスを出されたところに後ろから走り込んでいた相手の6番にペナルティエリア外からフリーで豪快なシュートを決められてしまった。
自分が原因で失点してしまった事に動揺が隠せなかった。
「ごめんなさい……」
「いや、今のは俺まで突っ込む必要はなかったな。すまん」
「青山ももっとフォローいけるはずだぞ」
「すいません。島崎も悪ぃ」
みんな失点について反省するばかりで誰も俺を責めなかった。
「初めて試合に出るんだ。失敗するのは織り込み済みだ」
「あ、それ、さっき俺が島崎に言ったわ」
10番を付けるチームキャプテンの佐久間先輩が俺を励まそうと声を掛けてくれたが、田中先輩と同じ事を話そうとして田中先輩に止められ、そのやりとりにみんな笑って、暗い空気が和らいだ。
「さぁ、残り時間もあと少し。チャンスを作る時間は残ってる!
まず1点返していこう!」
「「おうっ!」」
キャプテンの声で気合を入れ直し、反撃に向けてセンターサークルからボールを繋ぐ。
「島崎! ボールを受けるばかりじゃなくて、ワンタッチも使っていけ!」
「俺も見てるからな! こっちも出せるぞ!」
「はい!」
ようやく俺も試合に入れ、相手の声も気にならなくなった。
残り時間が少なくなり、攻守が激しく入れて変わる中、前線左サイドの竹内先輩が相手陣内奥まで侵入し、速いクロスを上げ、ワントップの鈴木先輩が高く跳び上がり、2人に競られながらも空中を制し、強烈なヘッドで相手ゴールネットを揺らした。
「しゃーーーっ!!」
「「うおぉーーっ!!」」
鈴木先輩とベンチは得点に喜んでいたが、佐久間キャプテンは喜ぶ鈴木先輩の背中を押して、試合の再開を急がせた。
「残り3分!!」
顧問の先生が大声で残り時間をメンバーに伝える。
――アディショナルタイム含めて、約5分……。ワンチャンス作れるか……。
「ボール取りに行くぞ!」
試合再開直後、佐久間キャプテンが大声で指示を出し、ボールを持った相手に複数人で一気に詰め寄る。
相手は逃げ切りを図る為にボールを回すが、その先にも別の選手が詰め、相手の苦し紛れのロングボールが俺の方に飛んで来た。
「ふぅ、ラッキー!」
相手8番が俺の前に体を入れ、ボールの落下点を確保する。俺も押し返そうと力を入れるも、相手の体は動かなかった。
「島崎、ちゃんと粘ってるな!」
8番がボールを収めようとした動きを止めたその横から左サイドバックの青山先輩が飛び出し、ボールを奪取した。
「走れ!」
青山先輩が前線の鈴木先輩を目指してボールを蹴り出し、最後の攻撃とディフェンダーも含め全員が相手陣地内へ向かって走り出した。
「優輝くん! 走って!」
ベンチからゆりなの声も聞こえ、俺はみんなから一拍遅れて走り出す。
前線に出されたボールはペナルティエリア内で鈴木先輩が胸トラップで確保したが、相手のセンターバック2人に挟まれてゴールに体を向ける事はできず、今にも奪われそうになっていた。
時間は無いが鈴木先輩は一度エリア外の佐久間キャプテンにボールを戻し、先輩は攻め直しをしようとしたが、相手も必死のディフェンスで出しどころが無いように見えた。
――目線を上げて、周りを見る!
中央は人が集まってゴチャゴチャしているが、中央に集まっている分、ゴールから45度の左サイドが薄くなっている。
「キャプテン!」
手薄になっている所に向かって全力疾走すると、佐久間キャプテンからペナルティエリア内でフリーになった俺に向けてパスが送られ、俺はボールを止めて中の状況を確認しようと顔を上げる。
「島崎!」
切迫した声で誰かに呼ばれ、気付いた時には体をぶつけられ、地面に倒れていた。
――ピッ、ピッ、ピーッ!!
試合終了の笛が吹かれ、俺たちは1‐2で敗北した。
反省会の後、俺は何もできなかった自分が情けなくて、悔しくて、後片付けも手に付かずにグラウンドの隅でうずくまっていた。
何がいけなかった、何故できなかった。立ちはだかった問題が大き過ぎて、何から取り掛かればいいのか、さっぱりわからなかった。
「っくしゅ!」
女の子のくしゃみが聞こえ、顔だけを動かして確認すると、ジャージのゆりなが遠くもなく、近くもない距離で体育座りをしていた。
「一人反省会は終わった?」
ゆりなは自分の手に息をかけて手を擦り合わせながら俺に問い掛けた。
「……帰りなよ。風邪ひくよ」
「なら一緒に帰ろうよ」
俺はゆりなに返答せず、膝に顔をうずめた。
真冬の風が体温を奪い、冷たい土の上に乗せたお尻もすっかり冷えてしまっている。
「……練習、ちゃんとやってるつもりだった」
「うん」
「なのに周りは見えてないし、パスだって全然弱かった……」
「うん」
「ミスして、失点しても、先輩もみんなも俺を責めないんだ! 俺が悪いのに、むしろ俺に謝ってた」
「うん」
「でも、最後はイケると思った! スペース見つけて、走り込んで、実際チャンスになりそうだった!」
顔を上げてゆりなを見ると、ゆりなは大きな目に涙をいっぱいに溜めて下唇を噛んでいた。
「……なんでゆりなちゃんが泣くんだよ?」
俺が問い掛けると、今度はゆりなが顔をうずめてしまった。
「だって、優輝くんの悔しさが伝わってきて……」
ゆりなの涙声を聞いて俺も我慢ができなくなり、涙の粒が落ちた。
「っぐぢゅん」
ゆりなが2回目のくしゃみをして、俺は袖で涙を拭いて立ち上がった。
「寒かったよね。ごめん」
「……あったかいココア飲みたい」
「了解しました! 着替え次第、すぐに自動販売機に買いに行きましょう!」
「へへっ」
ゆりなに近付いて立ち上がらせる為に手を差し出すと、ゆりなは鼻を赤くさせながら泣き笑いの表情で俺の手を取り、立ち上がった。
試合着からジャージに着替え、俺とゆりはな並んで近くの自動販売機の前までやって来た。
「ココアでいいんだよね」
「うん」
「じゃあ、俺は、な~ににしよ~かな~」
温かいココアのボタンを押して、スマホ決済で購入し、自分の飲み物を選んでいると、ゆりなが俺の袖を引いた。
「あのね、家に帰ったら晩御飯だから、一本全部だと多くて……。
だから、ね……。
これ……、一緒に飲まない?」
「あ、うん。――え?」
「ごめん。嫌だったら全然――」
「イヤな訳ない! ――というのもだいぶキモいけど!
その……、ゆりなちゃんが構わないなら……」
「お願いしたのは、私だし……」
「そっか……」
俺とゆりなは近くの公園に向かい、ベンチに並んで座り、俺がココアの缶を覚悟と一緒に念入りに振ってからプルタブを引いた。
「……はい。どうぞ」
「ありがとう」
まだ温かいココアをゆりなに手渡し、ゆりなが口をつけるシーンを見るのが恥ずかしくて、暗くなりだした空を見上げた。
「俺さ、明日からの練習頑張るよ。もっと上手くなって、チームの役に立ちたい。
自主練しようかな? 手始めに走り込みとか」
「優輝くんが頑張るなら、私は応援するだけだよ」
ゆりながココアを俺に差し出しながら、微笑んだ。
手渡されたココアの缶の飲み口には、僅かに茶色の液体が残っていて、間違いなくゆりなが飲んだ形跡があった。
――どう考えてもこれは間接キス。付き合っているふりだとしても、これはいくらなんでもやり過ぎなのでは?
いやしかし、これまでいくつもの場面を同じくしてきた同志としてゆりなちゃんの中で俺は普通の友達以上の関係として気にしていないのだとしたら、この場合、気にし過ぎている俺がキモいだけという――。
「あの、そんなに意識されると恥ずかしい……」
「あ! そ、そうだよねっ! ゴメン、ゴメン!」
心を無にして缶の底を天に向けて一気に中身を飲み干す。
新年の始め、苦い思い出は、最後の最後で甘すぎる思い出に上書きされたのだった。
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