第3話 初デート
11時40分。空は曇り、時折吹き抜ける風は季節の気配を含んで、この町に冬を運んできていた。
「ちょっと早く出過ぎたかな?」
バスを降りて待ち合わせ場所にゆっくりと向かう。
歩いている途中で柱が鏡張りになっているところを見つけ、服に変な所が無いかアウターの襟を正しながら確認する。
ゆりなからデートに誘われ、失敗したくなかった俺は年上のいとこの姉さんに相談したところ、姉さんは次の休みの日に意気揚々と家にやって来て、それから一日中服屋をはしごする羽目にあった。
が、一日を費やしただけあって、自分でもなかなか決まったと思える服を用意する事ができた。
まぁ、ほとんど姉さんの言いなりで俺が口を出したのは色くらいだったが。
ゆりなとは12時に駅の入り口駅前で待ち合わせをしてから、隣町に遊びに行く予定になっている。
姉さんに「遅刻する奴はクズ」というありがたいお言葉を頂いていた為、予定よりも一本早いバスに乗ったら、思いのほか早く着き過ぎてしまった。
「おい。あの子可愛くね?」
「マジだ! ……でもちょっと幼くね? 声かけてみて子供だったら犯罪だぞ」
「そういうんは声かけた後で考えりゃいいんだよ!」
近くで楽しそうに話す高校生くらいの男たちの会話が気になり、彼らの視線の先に目を向けると、そこには駅の階段の横に立っているゆりなの姿があった。
俺は男たちが歩くよりも先に動き出し、小走りでゆりなの元へ向かった。
「あれ、優輝くん早いね」
「それはゆりなちゃんも同じでしょ? まだ時間には全然早いよ?」
「私は12時に間に合うようにバスに乗ると、ちょっと早いのしかなかったから」
「教えてくれてたら良かったのに。どれくらい待ったの?」
「着いたのは5分くらい前だから全然待ってないよ」
「ちっ、何だよ。ガキが色づいてんなよ」
後ろを通った男が明らかに俺とゆりなに向けて捨て台詞を吐いて通り過ぎ、事情を知らないゆりなは驚いて、普段から大きい目を更に大きく見開いて、声の主の姿を追っていた。
「何? 今の?」
「ん? 何の事?」
学校では波風立てずに穏やかに過ごしているゆりながあからさまに怒りを示している事に驚きながら、俺は聞こえなかったフリをした。
ここで揉めても何の得もない。
「今――、ううん。何でもない。行こうか」
「うん。今日の服、かわいいね」
「え!? あ、ありがとう」
「何よりまず女子の服を褒める」これも姉さん師匠が俺に伝授した奥義の一つだった。
隣町は4駅先にあり、地元よりも栄えていて、大きなビルや大型電気店、飲食街や路地にはマニアックな専門店などもあったりして、休日になると隣町に出かける家庭も少なくない。
俺も休日は家族で行っていたし、中学に上がってからは部活の仲間と必要なサッカー道具を買いに行っていたりもする。
たぶん、ゆりなにとっても馴染んだ場所になると思う。
姉さんのありがたいお言葉の中に「慣れない土地で格好つけるより、慣れた土地でスマートに過ごせ」というものがある。
まぁ、意味はわからないけど。
電車内は休日の昼という事もあって少し混んでいて、自然と俺とゆりなの物理的な距離が近かった。
――すげーいい匂いがする……。
「向こうに着いたらどうしようか?」
「え? あぁ。お昼食べた?」
俺はゆりなに尋ねながら、自分とゆりなの立ち位置を入れ替える。
ゆりなの隣にいた男がチラチラとゆりなを見ているのが気に入らなかった。
「? まだ食べてないよ」
「じゃあ、最初は駅ビルの上のレストラン街に行こうか」
笑顔でゆりなに返事をすると、ゆりなが何かに気付いたように俺を見つめた。
「な、何? 顔になんかついてる?」
「違うの。私、優輝くんの事を見上げてる」
「あ! そういえばそうかも! どのくらい伸びたんだろ?」
「春先は? 何センチだった?」
「確か153とかだった気がする」
「私は4月に158だったから10センチくらいは伸びてるんじゃない?」
「成長期すげー」
そんな会話をしている間に電車は目的の駅に到着し、やはりそこで乗客の大半が下車した。
人混みでゆりなとはぐれそうになり、思い切ってゆりなの手を掴んだ。
――柔らかっ! すべすべっ! 手ちっさっ! あったけーっ!
ゆりなの手の感触を存分に堪能しながら人混みを掻き分け、開けたところまで歩いていった。
駅構内を出たところでようやく窮屈な人混みがばらけ、ゆりなの手を放して一息つく。
「ふー。やっぱり休みの日は人が多いね」
「……。そうだね」
「と、とりあえずエスカレーター乗ろうか」
「……うん」
ゆりなはずっと手を気にしていた。
やっぱり急に触ったのが気に障ったのだろうか。
エスカレーターでレストラン街に来た俺とゆりなは、お財布と相談の結果、チェーンのオムライス屋さんに入る事にした。
向かい合ってご飯を食べる頃にはゆりなの機嫌はすっかり直っていて、部活や期末テストの話で花を咲かせた。
食事を済ませ、どこに行くのか相談をする。
「優輝くんはここに来たらどこに行くの?」
「うーん……。家族と来る時はほぼ連れて来られてるだけだし、部活のみんなとはスポーツショップ行って、ちょっとゲーセン入るくらいかな?
ゆりなちゃんは?」
「……私も似たようなものだよ。
家族としか来ないし。あんまり知らないんだよね」
「そっか。じゃあ適当に歩いて、気になる店があったら覗いてみようか」
「うん!」
俺たちは行く当てなく歩き始め、本屋、服屋、リサイクルショップ、ペットショップ、色々な店を巡った。
繁華街を一通り見て回り、また駅前に戻って来た。
スマホで時間を確認すると、まだ3時を過ぎたばかりで、帰るという選択にはまだ早い。
どうしようかと考えていると、ゆりなが駅前の掲示板を熱心に見つめていた。
「プラネタリウム? あるの?」
「あるみたいだね。知らなかった」
「俺も。……行ってみる?」
「うん!」
ゆりなは嬉しそうに笑った。
俺もゆりなが嬉しそうにしている姿が嬉しくて、次はプラネタリウムに行く事にした。
「マップ的にはここだけど……」
検索でプラネタリウムまでの道を検索して歩いてきたが、辿り着いたのは裏路地にある、壁に所々ヒビが入っている古い大きな商業ビルだった。
どうやら営業はしているようで、薄暗い照明の一階の婦人服売り場には主婦層がまばらに見受けられる。
「本当にここにあるのかな?」
「中の案内板で確認しよ」
よほどプラネタリウムが好きなのか、ゆりなは先にビルの中に入り、俺もその後に続いた。
階段の横の階数案内板でプラネタリウムの名前を探すと、最上階に「星の科学館」という名前があった。
「これか!」
「ここじゃない!?」
俺とゆりなはほとんど同時に目的の施設を見つけ、顔を見合わせて笑った。
5~6人くらいしか乗れなさそうな古くて狭いエレベーターに乗り込み、心臓に悪い小さな横揺れを感じながら一定のタイミングと順番で光って消える階数番号を見上げ、最上階の6階のランプが発光してエレベーターもやや乱暴に停まった。
自動で扉が開くと、そこはそのまま外に繋がっていて、屋上に出たけれど周りのビルの方が更に背が高く囲まれ、見上げた空はとても暗く狭かった。
視線を左右に振ると、四方を金網のフェンスに囲われ、学校のプールよりも少し広いスペースがあり、エレベーターから見て奥の方に面積の半分くらいを占める巨大なくすんだクリーム色の半球が鎮座していた。
「おっきいね……」
「うん……」
施設の入り口を探しいると、端っこに自動販売機より少し大きなガラスの張られた箱を見つけ、ゆりなと一緒にそこに向かって歩いた。
「こんにちはー」
箱の中には50代くらいの女性が座っていて、どうやらここが入場受付のようだった。
「学生さん? 学生証があれば、入場料が600円から300円になりますよ」
「学生証……。持ち歩かないわ……」
「私持ってるよ」
ゆりなは肩から下げていた小さな鞄の中から財布を取り出し、受付の女性に提示した。
「はい、どうも。2人は同じ学校?」
「はい。そうです」
「じゃあ、2人とも300円でいいわよ」
「「ありがとうございます」」
俺とゆりなは同時に女性にお礼を言い、それぞれ300円ずつ支払った。
「もう始まってるけど、まだ案内だから開始には間に合うわ。
それから席は自由だから、好きな所に座っていいわよ」
「「ありがとうございます」」
建物の中に入ると中はもう暗くなっていて、映画館みたいに座席の横の弱い光が暗闇の中に座席の影を浮かび上がらせていた。
「ここらへんでいいか」
「うん」
俺とゆりなは誰も座っていな列に並んで座り、真ん中にある大きな投影機を見上げた。
『木枯らしが吹き抜ける冬。太陽の昇っている時間は短くなり、代わりに星々の輝く時間は長くなります』
落ち着いたオルゴールの音と星空を解説するナレーションが流れ始め、ドーム天井に星空が映し出された。
「わぁ……」
隣でゆりなが感嘆の息を漏らすのが聞こえた。
ゆりなの方に顔を向けた視界の端で、利用客が席のリクライニングを倒しているのが目に入った。
座席を色々探ってみると、座席の後ろにレバーがあった。
ゆりなの肩を軽く叩いて、レバーの存在を伝え、2人で席を倒し、寝転ぶようにして映し出される星空を見上げた。
50分間の天体ショーを見終えてドームから外に出ると、夜の帳が降り始めていた。
ドーム内にいた客を一回では運べないエレベーターを二回待ち、他に利用客がいないタイミングでエレベーターに乗り込み、1階に降りた。
「すごくキレイだったね」
「そうだね……」
時間的にもそろそろ帰るタイミングになる。
しかし、俺には今日やらねばならぬミッションがあった。
それは姉さんから課されたミッションで、着ていく服もプランも一緒に考える代わりに、ゆりなとのツーショットを撮って、それを姉さんに見せるというものだった。
つまり、俺はこれからゆりなに「一緒に写真撮ろ!」と言わなければならない。
それから俺は、いつ切り出そう、いつ切り出そう、そればかり考えていて、ゆりなが何を話しているのか、全く耳に入ってこなかった。
「ねぇ、優輝くん!」
「……は、はいっ!?」
「さっきから変だよ? 体調悪いの?」
「ごめん……。大丈夫、大丈夫なんだけど……」
「なんだけど?」
今日の為に付き合ってくれた姉さんとの約束を守りたいという気持ちと、仮の恋人という立場を自分の都合の良いように利用していないかというゆりなへの罪悪感が俺を板挟みにしていた。
「まだ行きたい所でもあるの?」
ゆりなの顔をチラッと見ると、不安の表情が浮かんでいた。
その顔を見た途端、ゆりなにこんな表情をさせては駄目だと思い直し、覚悟を決めた。
「ゆりなちゃんに、その、お願いがあって……」
「お願い? 何?」
寒風が通り抜け、ゆりなは肩をすくめながら俺に問い掛けた。
「い、一緒に写真、撮ってほしいんだけど……」
「え? 写真?」
ゆりなは風で乱れた髪を整えながら俺の隣に立った。
「いいよ」
「え!? いいの?」
「いいよ、全然。 あ! あのモニュメントを背景にしようよ!」
俺の葛藤とはいったい何だったのか。
ゆりなはあっさりとツーショットを了承し、むしろ俺の袖を引っ張って撮影ポイントを自分で探している。
「はーい。撮るよー」
結局、写真はゆりなが自分のスマホで撮影し、俺の方にも画像を送ってくれた。
「思い出も残せたところで、そろそろ帰りましょうか」
「うん。そうだね」
ゆりなに言われ、俺は駅に向かって歩き始めたが、右腕の裾を掴まれ、慌てて振り返った。
「ど、どうしたの?」
「あの、私も、優輝くんに、お願いがあって……」
珍しくゆりなが俯いて目を合わせようとしなかった。
「いいよ。俺のお願いも聞いてもらったんだから、今度は俺が何でも聞くよ」
ゆりなはパッと顔を上げ、笑顔を見せたが、すぐにまた視線を逸らした。
「帰り……。電車を降りるまででいいから、手、つないでほしいの」
俺は戸惑いよりも喜びが勝り、返事よりも先にゆりなの手を握っていた。
「帰ろうか」
「……うん」
それからゆりなは言葉を発さなくなったが、繋いだ手は離さなかった。
「だいぶ暗くなったね」
最寄り駅の階段を降り、バスターミナルの黒い空を見上げて呟いた。
「家ってどのあたり?」
「公民館の裏の方」
「あ~、じゃあ、あっちのバス乗り場か」
ゆりなの乗るバス停に向かい、ゆりなに列の最後尾に立ってもらい、俺は時刻表の確認に向かった。
「あと5分で来るって」
「そっか」
ゆりなは素っ気なく答え、俺は気にせずにどうでもいい世間話を振り続けていると、やがてゆりなの乗るバスは到着し、前から順番に乗客を飲み込み始めた。
ゆりなの順番になったところで、俺はゆりなの手を取り、一緒にバスに乗り込んだ。
「え? 優輝くん?」
「近くまで送るよ」
運良く二人掛けの座席に座る事ができて、ゆりなの降りる停留所まで一緒の時間を過ごしていた。
その間も繋いだ手は離さなかった。
『これ、今日一緒に出掛けた子の写真』
その晩、俺は約束していたゆりなとのツーショット写真を貼付して姉さんに送った。
「母さんに余計な事言わないでって言ってあるけど、大丈夫かな?」
――ヴヴヴ。
「え? 返信早っ」
『めちゃくちゃカワイイじゃん!!!!
姉さんいつでも相談に乗るからね!!!!
てか、そのうち絶対に会わせなさいよ!!!!
ハァ……、早く生で見たい……』
「姉さん、テンション高ぇ……」
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