第2話 メッセージ
ゆりなの予言した通り、翌日の朝練に行くと俺とゆりなは部員ほぼ全員に囲まれ、部長が怒鳴るまでまともに練習が始まらなかった。
彼女のいる部長や先輩は同情の言葉をくれたが、彼女のいない1年指導の先輩は俺にいつも以上の走り込みを強要した。
「で、いつから付き合ってたんですか?」
練習が終わってからも、部室で聞かれる事は同じだった。
「えっと、夏休み前から……」
「「おぉ~!!」」
お調子者の先輩がエアマイクを俺に向けながらインタビュアーの真似をしていた。
「お互いをどのように呼び合っているんですかっ?」
「あ~、下の名前で呼び合っています」
「「おぉ~!!」」
「いやいや具体的に! ちゃんと! 言葉にして言ってもらえますか!」
「えぇ……」
助けを求めるように狭い部室を見回したが、そこは好機の目に満ちた四面楚歌だった。
「……ゆりなちゃんって呼んでます」
「「「ふぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」
部室内はまるでアディショナルタイムに逆転ゴールを決めたかのような盛り上がりをみせ、俺は頭やら体やらを全方向から叩かれ、今すぐこの部室を爆破してやりたくなった。
「では最後に。彼女のいない寂しい我々の参考になるように、どのように告白したのかを教えてください!」
俄かに室内が静まり、普段聞こえない隣の野球部の声が漏れ聞こえてくるほどだった。
ちなみに野球部でも俺とゆりなの話をしていた。
俺はゆりなの先見に驚きながら、昨日ゆりなに言われた事を思い出しながらみんなに伝えた。
「告白は……、向こうからしてきました」
みんなの笑顔が一秒ごとにみるみる表情が変わっていき、最終的にみんな目を口を大きく開き、同じ困惑の顔をしていた。
「「「はぁぁぁっ!?」」」
ゆりなと偽装ながら付き合う事になった日の部活終わり、部活を終えた生徒たちが各々グループで帰宅する中、俺とゆりなは周囲にばれないようにこっそり連絡先を交換して、その夜、初めて電話をした。
『こんばんは』
「こ、こんばんは」
通話越しに聞くゆりなの声は、耳元で囁かれているみたいで何だかこそばゆい。
『何かしてた?』
「いや、特になにも。そっちは?」
『私はお風呂から出て、髪を乾かして、ストレッチを終わらせたところ』
「風呂……」
ゆりなのお風呂シーンが頭の中に浮かび、思わず居住まいを正す。
『ごめんなさい。巻き込んでしまって……』
ゆりなの声のトーンが下がり、慌ててピンク色の妄想を頭から振り払う。
「俺も協力するって決めたんだから気にしないで。
あの状況で南さんを見捨てるなんて出来なかったし」
『……』
急にゆりなが黙ってしまい、失言をしてしまったのでないかと額に汗が滲んだ。
『優輝くん!』
「あ! はぃ……、ゆ、ゆりな、ちゃん」
『呼び方も普段から慣れておかないと』
「ど、努力します……」
それから少し雑談をして、ゆりなが本題を切り出した。
『明日にはきっと私と優輝くんが付き合っているって噂は広まっているはず』
「昼間にも聞いたけど、本当にそんなに早く広まるもんかなぁ?」
『グループチャットに書き込まれたら一瞬で多数が情報を共有するんだから、広がりは止められないよ』
俺の疑問にゆりなは何かを諦めたかのような冷たい口調で答えた。
「マジかぁ……」
『止められないものは仕方ないから、できるだけ事が大きくならないように対処していきましょう』
「対処って、何か案があるの?」
俺も友達はそれなりにいて、その友達の中で誰が好きで悩んでいるとか、そういう話題もあったりしたが、まさか自分がそういう話の中心になる日が訪れるとは思ってもみなかった。
そして、やはりモテるからなのか、ゆりなにはこれから何をしたらいいのか、その算段がついているらしい。
一方俺の方は情けない事に、これっぽっちもアイデアが浮かんでこない。
『まず設定の共有をしておきましょう。
付き合い始めたのは夏休みの前ってもう言ってしまったから、付き合い始めは1学期の終業式の日から』
「うん」
『デートは……、そうね。図書館で一緒に夏休みの宿題をしていた事にして』
「うん」
『あ、そうそう。告白は私からした事にしましょう』
「う――えっ!?」
ゆりなの提案を矢継ぎ早に頷いていたが、思いがけない言葉にデカい声が出た。
『ビックリした……』
「ごめん、ごめん。でも知名度的に俺からゆりなちゃんの方が世間は納得するんじゃないですかね? ……とか思ってしまったり」
『でもそれだと優輝くんへの追及が止まないと思うの。
その点、――お高く留まっているみたいでイヤだけど――私が優輝くんを選んだってみんなに知ってもらえれば、優輝くんが他の男子に何か言われる謂れはないでしょ?
相手に攻撃する材料を与えない為にこうすると思って』
ゆりなの策はすぐに飲み込めないものの、確かに隙がないように思えた。
だけど――。
「でもそれだとゆりなちゃんに負担がかかり過ぎない?
対処法を知ってるとか、そういうんじゃなくて、我慢ってやっぱり限界があるからさ。
俺が矢面に立てないとなると心配になるんだけど」
淀みのなかったゆりなの言葉が初めて途切れた。
――あれ……、俺、変な事言ったかな?
『なら、本当に辛くなったら優輝くんに甘えちゃうからね?』
かつて「キュン死」という言葉があった事をご存じだろうか?
このワードはうちの母親がテレビで動物の赤ちゃんが出てきた時によく口にする昔流行っていた言葉なのだが、俺が持ち合わせている語彙の中で今の心情を言い表すには、悔しいがこれが最も適していた。
『ちょっと! 何か言ってくれないと、恥ずかしいんだけど……』
「ごめん! 俺でよかったらいつでも甘えてくれていいから!」
俺が後ろに倒れそうになる体を起こして答えると、通話の向こうでゆりなは激しく咳き込んでいた。
「大丈夫?」
『だ、大丈夫。ちょっと器官に……。
……とにかく明日誰に何を聞かれても打ち合わせ通りにやりましょ。
食い違いがあるとややこしくなるから気を付けてね』
「……わかったよ」
『じゃあまた明日学校で』
「うん」
『おやすみなさい』
「お、おやすみ」
通話を終えて画面を確認すると、70パーセント以上あったバッテリーの残量が30パーセントを切っていた。
スマホを充電台に置いてベッドに仰向けに倒れる。
色々話したが、最後のゆりなの「おやすみなさい」がずっと耳から離れない。
「~~~~~っ!!」
枕を顔に押し付けて声が漏れないようにして叫ぶ。
その晩、どうにも気分が高まったまま、なかなか寝付く事ができなかった。
放課後、部活終わりの片づけをしていると、ゆりなが隣にやって来た。
「おつかれさま」
「お、おつかれ」
形だけとはいえ彼女が隣にいる事に気持ちが落ち着かず、キョロキョロと周囲に視線を散らすと、俺たちが2人でいる事に気付いた何人かが好奇の目を向けていた。
「今日、どうだった?」
「南――ゆりなちゃんの言った通り、ゆりなちゃんから告白されたって言ったら、それからはあんまり追及されなくなったよ」
「そう。それなら良かった」
「でもそっちはずーっと女子に囲まれてたよね?」
移動教室の為、ゆりなの教室の前を通る際に中を覗くとゆりなの席を取り囲むように女子の人垣が出来上がっていた。
「私は大丈夫。聞かれる事は大体決まっているし、私がしゃべらなくても、少しの話題で各々で盛り上がってくれるから。
それに」
ゆりなが作業の手を止め、俺の方に顔を向けて微笑んだ。
「私には最後に頼れる人がいるからね」
「~~~~っ!!」
そう言って満足そうに笑うゆりなの笑顔は俺の感情を激しく昂らせた。
「夜、また連絡するね」
「うん。わかった」
バイバイと手を振って離れていくゆりなの背中を俺も手を振り返して見送った。
その後、もちろんこの様子を見ていた部員たちからも代わる代わる手荒いバイバイを頂いたのだった。
――ヴヴヴ、ヴヴヴ。
寝る前にソシャゲのデイリーをこなしていると、ゆりなからメッセージが入った。
すぐにゲームを中断し、ゆりなからのメッセージを開く。
『優輝くん、こんばんは。
少し考えたのだけど、恋人らしいエピソードが図書館デートだけというのも寂しいので、優輝くんの都合の良い日で構わないので、部活がない日にどこかへ出かけませんか?
返事は今すぐじゃなくても大丈夫です!
では、おやすみなさい。
ゆりな』
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