フンババの雨乞い
mimiyaみみや
第1話
フンババ族が雨乞いすると、必ずその最中に雨が降るらしい。フリージャーナリストのおれはそんな噂を聞いて遥々アフリカの大地にやってきた。日本では梅雨真っ盛りであるが、この地に雨季の概念はない。「ぬーぬーぬ、ぬぬーぬ」必死で覚えた拙いフンババ語で族長に挨拶をすると、「ぬぬ、ぬ」とにこやかに受け入れられる。フンババ語を日本語で表すと全て「ぬ」となるが、それは九つの音階を持っている。それを母音とするなら、子音は体の動きで表現する。大股を開いて腰を落としバンザイしながら「ぬー」、片足立ちになり両拳を右に振り顎を突き出し「ぬー」、直立で両手で乳首を隠すように「ぬ」。これでおおよそ「こんにちは」の意味になる。彼らは体を操り、歌い踊るように会話をする。数日彼らと共に過ごし、その文化を学ぶ。だいぶ打ち解けて会話にも慣れてきたところで、ぬぬぬから「ぬー」と言われた。おれはもちろん「ぬ」と応え参加することにした。ヌーの狩りだ。「ぬ」「ぬ」「ぬ」「ぬ」と行進し、それは一斉に始まった。まるで演舞のように一糸乱れぬ呼吸で舞い踊り、はぐれヌーを追い詰めていく。仕掛けておいた罠に追いやりついに一頭を仕留めた。「ぬー」「ぬー」「ぬー」人類皆喜びはバンザイで表現するらしい。その夜は祭となった。若い女たちが踊るところを読み解けば、どうやらフンババ族を讃える歴史を歌っているようだ。酔いも回った頃、踊り子の中でも一際美しいひとりがおれの側により、股ぐらを掻きながら「ぬー」、尻を突き出し両手を頭上でブラブラ振りながら「ぬー」。どうやらおれに好意を抱いているらしい。おれは「ぬ」と言ってふたりで一団から外れた。ある日、若い男が狩りの最中に死んだ。不謹慎にもおれは「ぬぬ、ぬーぬぬぬ」いや、「やっと帰れる」と思った。この部族では人が死ぬとそれを埋め、雨を降らせる。鎮魂の雨だ。男は丘の東側に埋められた。そして雨乞いが始まった。「ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬーぬぬぬーぬーぬぬぬーぬー、ぬーぬぬぬぬーぬ、ぬーぬーぬーぬーぬぬぬぬぬぬぬーぬ、ぬ、ぬーぬぬーぬ、ぬー、ぬー、ぬぬぬぬぬーぬぬぬーぬーぬぬーぬぬ、ぬぬぬ、ぬぬぬ、ぬーぬぬぬーぬぬーぬぬぬーぬーぬーぬーぬーぬーぬーぬーぬーぬーぬぬぬぬぬーぬぬーぬーぬぬぬ、ぬーぬぬぬーぬ、ぬぬーぬ、ぬぬーぬぬーぬーぬ、ぬーぬー、ぬーぬぬーぬぬぬぬぬぬぬぬぬ、ぬぬぬぬ、ぬーぬぬぬぬぬーぬ、ぬーぬぬぬーぬーぬぬーぬぬぬ、ぬーぬ、ぬーぬ、ぬぬーぬぬぬぬ、ぬぬ、ぬーぬぬーぬ、ぬぬーぬぬぬぬーぬーぬぬぬ、ぬぬぬぬぬぬぬぬぬーぬーぬーぬぬぬーぬぬぬーぬぬぬぬーぬぬぬ、ぬーぬぬぬーぬぬぬーぬーぬぬぬ、ぬーぬぬぬぬぬぬーぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬーぬ、ぬーぬぬ、ぬぬ、ぬーぬぬ、ぬ、ぬ、ぬぬぬぬぬぬーぬーぬーぬーぬぬぬ、ぬーぬーぬーぬーぬ、ぬ、ぬ、ぬーぬーぬーぬーぬ、ぬ、ぬー」途轍もない熱量だ。皆泣きながら歌い踊っていた。丘の西の沼から湿った空気が流れ込み、部族の熱が生んだ上昇気流に乗って空に昇っていくようだった。あるいは彼らが何度も天高く両拳を突き出す踊りが彼らの涙を空へ打ち上げているようだった。そして、ついに雨が降り始めた。はは、なんてことはない。雨乞いを始めてから四十九日が経っていた。彼らの雨乞いの最中に雨が降り始めるのは、彼らが雨が降るまで雨乞いを止めないからなのだ。「ぬーぬぬぬ、ぬ」おれは随分上達したフンババ語で族長や仲間たちにお礼を言い、別れの挨拶をしてその地を離れた。長い取材であったが、この記事は金にならない。頭を掻いて背伸びをし、二度敬礼をして、コサックに似た足の動きをしながら「ぬぬーぬぬー」と言うと「オカエリー」と随分日本語が上手くなった妻のぬぬが迎えてくれる。また梅雨の季節が来た。もうすぐおれたちの子どもが生まれる。
フンババの雨乞い mimiyaみみや @mimiya03
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