Ⅱ 沿岸航路

13 大公姉グルベーグ

「ピグ、マリ、オーン……」

 小妖精ピグシー化したブリュンヒルド元女王が、透明な翅でホバリングして、等身大の人形頭部に舞い降りた。人形頭部には王冠形のコクピットがあり、手のひらサイズの小妖精がすっぽりと収まることが出来、、そこの椅子に腰かけた。

「ブリュンヒルド、なんだ、その術式詠唱みたいなのは? 魔道人形ピグマリオン自律型魔道具オートマタだから、術式など要らぬだろう?」

「ヨルムンガンドさん、それを言ったらいけんせん。いけずじゃありんせんか? 乗り込むときに、かっこういいからでありんす。――てへ」

「てへ?」

「古代魔法文明・フェンサ帝国の女子は、照れ笑いするとき、舌を出してそう詠唱していたそうでありんす」

 ――要は死語だな。

 シグルズはヴァナンの宮殿に部屋を与えられている。宰相ミミル以下大臣達と会議をしていた部屋の主が、戻って来た。


「なあ、ヨルムンガンド、ブリュンヒルドが乗っかっているやつ、魔道人形と言ったか。どういう原理で動いているんだ?」

「あれか、俺が新フェンサの宮殿で拾った自律型魔道具のトンボと同じ原理で、膨大な魔法陣プレートを連結して人型にしている。見かけがごついゴーレムと、より人体に近づけたグマリオンと呼んでいる。ゴーレムは積木細工のようでガサツな出来だが、ピグマリオンはより人体に近い」

 錬金術師である小妖精は、新フェンサの地下に壊れて放置されていたピグマリオンの中から、最も破損が少ないもの一体を選び、配下のエルフに命じて密かにヴァナン大公国に運ばせ、自ら補修した。

 魔道人形頭部からブリュンヒルドが、

「ところで、シグルズ、大公姉ってどんな人でありんすか?」

「グルベーグ殿下か、才色兼備の人と言われている」

 シグルズによって〈黒衣の貴紳〉の呪いから解放された新フェンサ女王のブリュンヒルドだが、代償に、小妖精になってしまった。そのブリュンヒルドは、褐色の偉丈夫シグルズと灰色猫の俺・ヨルムンガンドが並んで歩いていると、魔道人形に乗ってついて来る。

 シグルズが大公姉グルベーグの過去話をしだした。


 ヴァナン大公国ユンリイ大公の四年、年明けのことだ。


               *


「あの人達にも金属製の鋤を使わせてやりたい。そうすれば、もっと効率よく作業が出来ましょうに――」

 どこの城邑でもそうだが、住民の大半は農民で、郊外の田園で耕している。

 グルベーグは農民達が使っている鋤に着目した。貴族所有の奴隷達は、青銅鋤を牛馬に牽かせ、効率的に耕地を耕していた。ところが平民自営農は、未開種族さながらに、石や貝の鋤を振るって耕しているではないか。

 二十六歳になる貴婦人はときどき、庶民の姿で、市井を視て廻ったものだった。

 自領にいた大公姉が都城に入ろうとしたときのことだ。

 従者が主人に耳打ちして、

「大公姉殿下、行列になど並ばなくとも、門番に御身分を明かされれば通してくれましょう」

「それでは忍びの意味がありません」

 都城は、宮殿のある内城と市街地のある外城に分れている。旅人が外城に入るには、外城の四辺にある市門で身分証を出し、審査を受ける必要がある。そのため市門では行列ができる。検閲していたのは十名の門番だ。

 南の市門だった。そこの門番が、

「旅商人か、おまえの身分証に不備がある。だが、話し次第では目をつぶってやらないでもない」と言い、通行税とは別途に、賄賂をだせと片手を出してみせる。

 次は若い娘だった。

「おい、女、衣装の下に凶器を隠し持っているな」

 門番が、ローブの裾をめくる。脚の付け根も露わにされた彼女が、赤面していると、連中は黄色い声を上げてはやし立てた。行列の後にいる者達は、見て見ぬふりでうつむくのみだ。

 大公姉グルベールの番になった。

「これはまた上玉――」門番達が卑猥な笑みを浮かべ、「不審な動きをする女だ。こっちへ来い。俺が念入りに調べてやる」と周りを囲んだ。

 役人が大公姉グルベーグにつかみかかったときのことだ。行列の後方、象使いの乗っていない大きな白い象が、衛兵達の横にやって来るなり、高く持ち上げた長い鼻を空で、力強く振りかざした。門番は一撃で吹っ飛ばされる。

 この白い象というのは、かつてシグルズがムスペル島から連れて来た巨象グルトブで、現在は、黄金の髪をした大公姉に託されていたる。

「この方は大公姉殿下であらせられる。大公御一門への不敬罪として逮捕する」

 行列の中には、やはり庶民のなりをした大公姉の従者百名が混じっていた。

 不正役人達は、衆目に晒されながら、一網打尽となった。

「市場では納税のほかに賄賂を役人に納めなくては露店が開けず、関所ではこのあり様。――変えなくては」大公姉は深く溜息をついた。


               *


「ねえ、シグルズ、ここはどこでありんすか?」小妖精のブリュンヒルドがホバリングしながら小首を傾げた。

「菩提樹宮だ」

 シグルズと俺、そしてブリュンヒルドが訪れたところは、王宮本殿に臨んだ狩猟林だった。

 二十四歳の貴紳は、したたか酔っている様子だが、邪気はない。身の丈七十ソル(百七十五センチ)、細身。白い髪に白い肌、プラチナ色の髪にオッドアイの双眸で、女のようにしなやかだった。――ユンリイ・フレイ・ヴァンは「美男大公」と呼ばれているが、それ以外には取り柄もなく、酒色に溺れていると評される。ゆえに一部には、「肉林大公」と陰口を叩く者もいた。そんな主君を諫める者もなくはなかったが、本人はどこ吹く風で改めない。

 散策路の向こうから、ユンリイ大公の後を追う愛妾達の華やいだ声がする。

「主公はいずこに? 宴はまだ続いておりますというのに……」

 だが大公に巻かれてしまった様子だ。




王国志:設定書(人物・地図)

https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093075593255049


主要登場人物イラスト:集合図

https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093075606792966


主要登場人物イラスト:小妖精ブリュンヒルド

https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093076107441147


主要登場人物イラスト:大公姉グルベーグ

https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093076114472495

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