第26話 新王朝
「
戦象四十、馬匹二千五百、兵士一万からなるヴァナン大公国軍は、遺跡に拠った野営地を引き払って北上を再開し、十日後には、森の大公国エルヘイムの同名都城郊外に陣を移した。
「ねえ、ヨルムンガンドさん、迷彩装束のヒョルディス女大公が言っていたように、エルヘイムの姫君との挙式に、兵員一万も要らなかったと思うんだけど。これじゃ、まるで一戦交えるみたい」
「諸大公国間における結婚というのは、一種の戦争だ。同盟を結ぶにしても、どちらが優位に立つかを示しておく必要がある。そのためのデモンストレーションだな」
「そういうこと?」
「そういことだ」
ところが美男大公ユンリイは、エルヘイム女大公ヒョルディスの娘・ノルンと、花崗岩塊をくり抜いた華麗なエルヘイムの宮殿で、式を挙げることはなかった。女大公母娘は、用意した戦象の一頭を借りて輿に乗り、森の民エルヘイム族の徒士一千を率いて、美男大公の戦列に加わり、さらなる北上を開始した。
――お楽しみはこれからだそうだ。
ユグドラ大陸の宗主・アスガルド王国本国は、北西にあるベルヘイム大公国と北東にあるヨナーク大公国、東の
「シグルズ様、では手筈通り」
シグルズが隊長にずっしりと金貨の詰まった革袋を手渡すと、守備隊長が揉み手して挨拶し、すんなり軍勢を招き入れた。
南の関門を通り抜けたヴァナン・エルヘイム連合軍一万一千の軍勢は、さしたる抵抗もなく、アスガルドの同名都城の前まで来ると、そこに陣を張る。アスガルド都城は、城門を固く閉ざしていたが、やがて扉が開き、戦車に乗った軍使がユンリイ大公の幕舎にやって来た。
軍使は、顔が広いシグルズと友誼のある人物で、アスガルド王国の若い王族、バルドル・ヴォルスングだ。
黒髪色白の美丈夫で、細やかな気配りもできるその人が、幕舎に居並ぶ大公の幕閣を見渡して、シグルズの姿を認めるや、
「シグルズ卿、これはどうしたことか?」
「久しいな、バルドル殿下。――アスガルド王国は、ユグドラ大陸の宗主と称してはいるが、今や人口百万ばかりの地方勢力に過ぎない。厚遇は約束する。穏便に玉座を主公に明け渡して戴けるとありがたい」
実質的に全軍を指揮する偉丈夫の執政ホグニである。そこにいたこの人が、
「一戦を挑むなら受けて立とう」
アスガルド王国の動員兵力は七千程度だが、ヴァナン・エルヘイム連合軍の北伐があまりにも急で、都城に招集することが出来ず、ようやく兵員二千ばかりが詰めているに過ぎない。攻城戦には四倍あれば可能なので、ヴァナン・エルヘイム連合軍一万一千の兵ならば余裕で落とせるというものだ。
そこで美男大公ユンリイが、
「では妥協案を出そう。これより五日、我が軍は、二十マイルズ《三十二キロ》後方に陣を退く。その間にアスガルドの国王陛下にあらせられては、わが軍門に降るもよし、あるいは外国に亡命をなさってもよし」
現アスガルド国王は白髪白髭の人でリーグ王という。バルドル王子が美男大公の条件を都城に持ち帰ると国王は、
「ヴァナン大公家はもともと、アスガルド王家と同じ亜神アース=ヴァン氏族の系譜だ。当家よりも実力が上回ったのであれば、ゆゆしきことながら王位を簒奪することもまた、大神の御意志であろう」さらに、「シグルズ卿の立ち合いの元で、ユンリイ大公が民を傷つけないと約束したのであれば、我らは潔く王都を明け渡そう」
ほどなく国王と貴族の一門は、戦車百乗兵員一千を伴って、ヨナーク大公国に亡命する決断を下す。
こうして譲り渡されたアスガルド都城に、ヴァナン・エルヘイム連合軍が入った。
「ヨルムンガンドさん、衰えたとはいえ、さすがは王都でありんすなあ」
ユグドラ大陸諸国の都城の多くがそうであるように、アスガルド都城も、外郭と内郭からなっており、外郭には市井の民が住む町屋が建ち並び、内郭には国王の宮殿および王族、権門貴族の屋敷が建ち並んでいた。
宮殿の外観は、梁と柱が一体となってアーチをなし、飾り窓が白い壁に規則正しく並んでおり、陽を浴びると、反射して全体が輝いているように見える。敷地の中に入ってすぐにある庭園には、四角い噴水池があり、周囲は花々で彩られ、様々な小鳥のさえずりが心地いい。
宮殿内部に入ってすぐにあるエントランスは、ドームになった天井には光が差し込み、幻想的な彩りをもたらしている。そこには華やかなモザイクが施されていた。
さらに奥に進む。すると客間、礼拝堂があり、各部屋には独特の装飾や家具が配置されていた。
美男大公の露払いとして前を歩いていたシグルズが、
「ここが玉座の間か――」
玉座が置かれた奥の広間は、エントランスよりも仄暗く、荘厳だった。そこを際出たせるのは、玉座の背後の壁だ。壁には化石プレートが使用されている。
「――人骨に鳥の翼がついている! 天使の化石か?」
美麗なユンリイ大公が、王都の引き渡しに立ち会ったバルドル王子に、化石が何者かを訊いた。
「宮廷御用学者の話しによると、人類が現れるずっと以前に、地上を支配していたという知的生命体なのだそうです。巷では
――神殺し〈ラグナロック〉以前の昔から生きている俺だが、有翼人などまったく記憶にない種族だ。
〈神殺し〉というのは、横暴な大神の一族に、
バルドル王子が、
「《ヴァルキューレ》は、大神に仕えていた使徒であったのだと聞き及びます」
――昔、こいつに会ったことがある!
俺は壁の〈ワルキューレ〉が生きていたころ、言葉を交わした記憶がある。だが、具体的に、どこで何を話したのか思い出せないことにいらだった。
王都の引き渡しを終えたバルドル王子は、ヨナークに亡命したリーグ王と近衛兵の後を追い、宮廷を去った。
数日後――
美男大公ユンリイは、アスガルドの宮殿・玉座の間で、即位を宣言するとともに、エルヘイムの姫君ノルンと挙式を行った。
「ヴァナンならびにエルヘイムの絆はより深まった――」
新郎の国王は、黄金の宝冠を被り、白地に金色の刺繍を施し達ュニックとマントを羽織り、ブーツを履いていた。対して花嫁の王妃は、宝石で飾った銀製のティアラを被り、赤や青の地に金色の繊細な刺繍とレースが施されたロングドレスとマントを纏っていた。
式典参列者達も盛装していた。
二つの大公家の新郎新婦と一門重鎮が居並ぶ中、厳かな挙式が始まると、迷彩装束ではなくドレスアップしたヒョルディスがやって来て、
「ねえ、ねえったら、シグルズ卿。
女大公は寡婦だ。脳筋系なエルフ女が、鍛え上げられた腕をシグルズに巻きつけ、頬ずりしだす。
褐色の偉丈夫が灰色猫の俺に顔を向けると、情けない声で、
「よ、ヨルムンガンド、助けてくれ!」
猫も食わない話だが、錬金術師の小妖精がプンプン怒っていた。
ここでユグドラ大陸の地勢を述べておくとしよう。
南の覇者・ヴァナン王国勢の兵員は、本貫地ヴァナンで一万五千、新領土の旧アスガルド王国領で七千五百、同盟国エルヘイムで千五百となった。――総勢二万四千。
対して、北の覇者・ヨナーク大公国勢の兵員は、ヨナーク大公国で一万五千、中津洲三公国三万からなる。そこに、亡命してきたアスガルド国王と麾下の兵一千が加わる。――総勢四万六千。現状で、ヴァナン王国の二倍近くの戦力を有している。
さらに両勢力の外縁には、いまだ去就を明らかにしていない、それぞれの兵員千五百規模を擁する、北西のベルハイム大公国、南のムスペル大公国、北東のニーザ大公国、南東のドヴェルグ大公国があった。
*
〈美男大公〉と呼ばれていたユンリイが、アスガルド王を北に追いやって王位に就くと、ヴァナン大公国は王国に昇格した。以降、南の覇者も〈美男王〉と呼び改められる。
さて、旧アスガルド王国領は、同盟国エルヘイムを挟んで飛び地なっている。ユグドラ大陸一の大穀倉地帯・中津洲をうかがうヴァナン王国は、戦略上の必要から、王都をアスガルドに遷した。これに伴い、大公国時代のヴァナン都城は副都になり、王姉グルベーグが上席辺境伯〈副王〉として、弟の背中を預かることになった。
新国王は、エルフ族の王妃とともに、王都と副都を頻繁に行幸するようになった。
王と王妃の乗った馬車が、改善整備さえた〈森の道〉を南に下り、副都ヴァナンに向かう途中で、事件が起きる。
王国志:設定書(人物・地図)
https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093075593255049
主要登場人物一覧
https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093075606792966
図解:ヴァルキューレ
https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093076884719545
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