Ⅴ 王者の道

第31話 イエータ事変

 宰相ミミルの自決によって内乱は終わった。

 城邑スズリの降伏を受けてユンリイ王は、宰相ミミル一門の家領を城邑スズリ一つのみに減封し、家格を侯爵から男爵に落としたものの、これまでの功績を認め、誰一人として一門を奴隷に落とすことはなかった。――平侍従ドルズが宗家を継いで男爵となり、減封で召し抱えきれなくなった私兵達は、国軍に引き取られることで決着する。

 宰相ミミルと執政ホグニの死によって閣僚に空席が生じた。当面の処置として、宰相職をウル・ヴァンが大常卿と兼任し、執政職をシグルズが、鴻臚卿・工部卿および辺境伯職を兼任することになった。


 小妖精ピグシーブリュンヒルドが、灰色猫の俺・ヨルムンガンドに、

「うわっ、人材不足でありんす。要職を特定人物が兼任しすぎてやすえ」

「それにしても前宰相と前執政は、なんで突然、謀反を起こしたりしたのだろう? なんか、また、《黒衣の貴紳》あたりが裏で手をひいているような気がする」

 小妖精が俺の周りをホバリングしながら、激しく肯首した。


 他の主要ポストでは、エギル侍従長が内務卿に就任。これに伴い、舎弟のドルズ男爵は、平侍従から侍従長に昇進した。またエギルが、南岸地方でスカウトした豪族・レリルは、百騎隊長から騎士団長に昇進している。


               *


 数か月後、シグルズが王都アスガルドを訪ねた。――もちろん、押しかけ女房の小妖精と灰色猫の俺のおまけつきで……。

「新宰相ウル・ヴァンが、郊外の演習場で、騎士団長が練兵をしています。シグルズ卿が来られれば、胸を借りられると張り切っていましたよ」

 シグルズは、内乱に生き残った士官達に胸を貸す形で、様々な訓練を行った。訓練に参加したのは、騎士団長に昇格したレリル以外にも、戦場に出れば将領となる内務卿エギル、侍従長ドルズといった面々も参加していた。

 練兵場でシグルズは一度に十人を相手に、

「二人一組となってかかって来い――」

 と言い、全員に勝ってしまった。

 シグルズ執政が最も警戒しているのは、ヨナーク大公国のブラジ・スキルド元帥だ。この人が繰り広げてきた戦術を、シグルズと関係将領達は、兵棋演習や野外演習で何度も再現していた。


 灰色猫の俺は、小妖精ピグシーが操る魔道人形の左肩に乗せてもらって、演習場を見て回った。

 午後の演習場に、オッドアイのユンリイ王と、碧眼のウル・ヴァン宰相が、同じ戦象の輿に座乗し閲兵に来たので挨拶に行く。

 ユンリイは腹違いの兄、ウル・ヴァンに、

「大常卿ウル・ヴァンよ、ミミル一門から没収した四つの領邑は豊かで国庫を潤したが、人的代償が多すぎた。能力ある士官の絶対数が足りぬ。騎士団長になったレリルのように、在野からの人材も多く登用し、ヨナーク大公国に対抗する」

 すると宰相が新任の内務卿エギルを呼んだ。

 エギルは、サピエンス族数名の他に、それ以外の種族も引き連れて来た。エルフ族、ドワーフ族、ホビット族も混じっている。全部で二十人いた。

 美男王と呼ばれるその人が。

「エギルよ、その者達は――」

「恐れながらそれがしは暇さえあれば、種族を問わず、在野に埋もれているだろう人材を探しまくっておりました。――ここに控えている者達は、森林地帯でひっそりと荘園を営んでいた豪族達です。帰順して参りましたので官職をお与えになれば幸い。人材強化は国力強化につながります」

 新宰相ウル・ヴァンは、美麗な弟王が、迫りくるヨナーク大公国との決戦を決意したことを悟った。

 話し代わって――


               *


 王侯貴族に限られるのだが、夜の営みに関しても決まりごとがある。若夫婦が寝室に入れば、部屋を閉め切り、声を殺し、粛々と生命の種を夫から妻へ運び込む。連綿とつづく家系を維持するということはもっとも重要な道徳であった。初夜ともなれば、寝室の外では家族が控えており、生命が夫人に宿ることを神に祈ったものだ。

 子孫の存続は神聖な行為であり、貴顕の品格である。ユンリイ王と王妃ノルンの床入り(初夜)の際も、大公姉や侍女達が、寝室前の扉の向こうで祈りを捧げていた。

 それとは裏腹に、野獣のように声をあげ、事を楽しむ淫楽は、遊女に対して求める情交だ。こういうことを家に持ち込むような退廃は、辺境ではなくユグドラ大陸の文明の中心・中津洲で起きていた。



 城壁山脈スラッツスモアに囲まれた巨大な盆地を中津洲ミッツガルという。同地方は、西のアガルタ王国、北のヨナーク公国、南のヴァナン公国、東のニーザ公国、ドヴェルグ公国に挟まれた地域だ。

 もともとは前王朝イース王国の版図だったのだが、諸侯国の一つだったアスガルドの大公が、イースの王から王位を簒奪した。以降、アスガルド王国の本貫地は中津洲から切り離され、中津洲と言えば、百にものぼる王国諸侯達の家領が散在する地域となった。

 その後、一千年を経て、所領は諸家の婚姻・断絶などによって、南のイエータ、北のニグヴイ、そして東のレオノイズからなる三つの公国に再編されている。

 いずれも北の覇者ヨナーク大公国に臣従していたが、ヨナークの南征・ノアトゥン攻略失敗と、ヨナーク戦役での消耗で勢いの弱まった同大公国に不安を憶え、なおかつ力を増強している南のヴァナン王国に対して脅威を感じていた。だが……、

「これでわが国も安泰じゃ――」

 イエータ公国は、ヴァナン大公国ノアトゥン辺境伯領と接しており、前宰相ミミルの反乱平定直後、ウル・ヴァン大常卿が全権大使として、この地を訪問していた。それを契機に同国は、宗主国をヨナーク大公国からヴァナン王国に乗り換えていた。

 エアルド伯爵は憤慨していた。

「主公のお目見えは限度を超えている――」

 イエータ公はグンナルである。

 公爵の一門・エアルド伯爵家のもとに、ニグヴイ公国の姫君イドインが嫁いでいた。

 高貴な家では、同格以上の貴顕が訪れると、当主の妻か娘に夜伽をさせるのが習わしだったのだが、イドインに懸想し、夜伽を目当てに、主君のグンナル公が伯爵家をやたらと訪ねて来るようになった。それもそのはずで伯爵夫人は、「絶世の美女」と呼ばれているからだ。

 エアドル伯爵は、

「イドイン、すまぬな、お相手を頼む――」

 イドイン伯爵夫人は、イエータ公国の姫君ではあったが庶子だった。女豹のように咆哮し、夜這いに来た主君の魂魄を宙に飛ばしてやる。グンナル公は、夜な夜なやって来ては、伯爵家で悦楽にふけった。

「主公に諫言する者はおらぬのか?」

 自分の妻を愛妾として主君に差し出すことを献妻という。エアルド伯爵はいっそ夫人を、主君に献妻しようかとも考えたが、この人自身も美しい夫人に執着していた。

 およそニグヴイ公国には、ヴァナンのエギルのような忠臣はおらず、どうしようもない暗君に、誰も諌言しょうとはしなかった。

 宮廷でグンナル公は、

「エアルド伯爵よ、卿は要職に就いておらぬものの、イエータの有力貴族であることには変わらない。だが心がけ次第では大臣の席を空けておいてやる」

 ――明日は我が身だ。

 遠巻きに見ていた廷臣達は伯爵に同情的で、宮廷は重苦しい空気になった。愚かにもグンナル公はその夜も、夫人の夜伽を求めて、伯爵家に馬車を入れた。

 ついに怒りを爆発させたエアドル伯爵は、屋敷の望楼や楼門に伏兵を潜ませ、グンナル公が門をくぐると射殺させた直後、クーデターを起こして公国を乗っ取り、公爵を称した。

 お家騒動から慌てて逃げ出したグンナル公の子供達は、宗主国であるヴァナン王国に亡命し、エアドルの非道を訴えた。




王国志:設定書(人物・地図)

https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093075593255049


主要登場人物イラスト:集合図

https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093075606792966


主要登場人物イラスト:魔性の女(イドイン)

https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093077175963122

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