第18話 毒竜ファフニール 

「毒竜ファフニール――」

 異変に気付いたシグルズが、自律型魔道具オートマタのトンボを索敵に出してくれと言ったので、召喚して飛ばしていた。

 工房城邑ドラウプニルは断崖に蟻の巣のような坑道を穿って街路とし、穴部屋を連結した集合住宅系居住区を都市の主要部にしていた。都市の通気と明かりをする、ベランダ付きの大窓がある。

 まさにそこから、翼竜ファフニールが進入して来た。

 毒竜は、頭から尻尾の先までの長さが三十フーサ強(十メートル)、足元から頭までの高さが十フーサ強(四メートル)もある。圧倒的な筋肉質の体幹だった。全身に黒光りした突起のある鱗で覆われ、両肩から翼が生えている。頭部には角が生え、口には鋭い牙が並び、また四肢の先端には尖った爪もあった。

「助けに行くぞ――」

 褐色の偉丈夫が、灰色猫の俺・ヨルムンガンドと錬金術師の小妖精ピグシーブリュンヒルドについて来るように促す。

 大鍛治の工房にいた俺達は、断崖の市門をくぐり、内部にある居住区に突入すると、町の三分の一が竜によって蹂躙され、瓦礫が散乱していた。さらに集会所の広間に到着したとき、焼けただれた多数の遺体が床に転がっていた。

「ブレスのようだな」

 毒竜の最大の武器は口から吐き出すブレスで、青い放射熱線だ。――対峙した者が瘴気を吸い込むと神経麻痺を起こし、長時間吸い続けると肺細胞が腐食してしまう。

 恐らくは、集会場のある広間から先の路地は幅が狭いので、住民達は市街地の深部に避難させた際、斃れている戦士達が殿しんがりになったのだろう。

 魔道人形頭部の王冠形コクピットに収まった、小妖精ブリュンヒルドが、

「昔、竜の特徴や弱点について記した古文書を、読んだことがありんす」と言い、「こんなこともありんしょうかと、毒竜の瘴気を少しでも和らげるように、みんなのマスクを用意しておきんした」

 戦闘といえば血祭りの儀式だ。

 シグルズが、腰ベルトのポシェットをまさぐって、ウオトカの小瓶を口に含み、〈グラム〉と名付けたミスリル製長剣ロングソードに、酒飛沫を噴きかけた。

「戦闘隊形の前衛はブリュンヒルド、中衛は自分がやる、後衛はヨルムンガンドだ」

 ブリュンヒルド自身は小妖精で非力だが、ミスリル製の盾を装備したピグマリオンによって最強の防御力となる。加えてミスリルの両手剣ツバインヘンダーもある。さらに長剣グラムを装備したシグルズが、盾の陰から隙をついて毒竜を衝き、灰色猫の俺が魔法支援を行うという陣立てだ。

「ひゃっはー、ミスリルの盾って最高でありんすね!」

 魔道人形が装着したミスリルの盾は、長方形で、縦幅三十ソル弱(七十センチ)、横幅十五ソル強(四十センチ)、厚さは一ソル(三センチ)よりもはるかに薄い。――毒竜ファフニールのブレスをなんなく弾き返した。

「少しずつ鱗を削り落とす」

 毒竜ファフニールは、シグルズが前に出て来ると、前片脚で踏み、尻尾でなぎ払おうとしたが空振りで、さらに一定の〈溜め〉の後、瘴気で戦士達を戦闘不能にすべく、ブレスを吐き出す。――だが、魔道人形の盾が、毒竜のブレスから三人を守った。

「いい感じだ――」

 こうして俺達は、ブレス放射時には、障壁の後ろに隠れ、途切れたところを狙って、竜に挑みかかる。魔法猫の俺が召喚した魔道具トンボによる閃光、褐色の偉丈夫が携えたミスリル長剣グラムによる斬撃という連携技を繰りだす。

 魔道人形頭部の王冠形コクピットに収まった小妖精が、

「ファフニールの動きが鈍ってきた」

 シグルズが魔道人形の前に出ると、毒竜ファフニールは威嚇の咆哮を上げた。毒竜は怒り狂い、牙を剥き出しにして噛みつかんとする。

 対してシグルズは巧みに回避し、再び長剣を振りかざす。

 毒竜が爪で防ぎつつ、シグルズの死角から、横殴りの尾を繰り出した。

 堪らずシグルズは弾き飛ばされ、したたか壁に背中を打ち、床に尻もちを着く恰好で落ちる。すぐさま奴は、ポシェットから回復ポーションの小瓶を取り出して飲む。

「たたみかける――」

 そんなことを何度も繰り返しているうちに、さしもの毒竜も傷口が増えて消耗し、深手を負い、苦痛に歪んだ表情を浮かべだした。

「トドメだあっ!」

 跳躍したシグルズが、首を垂れている毒竜の眉間を狙って渾身の一撃を仕掛ける。

 ミスリルの長剣グラムは、長さ四十ソル(百センチ)、幅四ソル(十センチ)、重さ四イルブ弱(二キロ)だ。―― 一般的な長剣に合わせた仕様で、剣身幅、厚みは手にしてフィットする。ミスリルという究極の素材にしたことで、耐久性は青銅剣など足元にも及ばず、斬撃は岩をも真二つにする。さらにこの長剣は、魔法や毒竜のブレスに対しての耐性まであった。

 だが、長剣の切っ先が毒竜の眉間に触れんとしたとき、シグルズ脳裏に、毒竜の記憶が飛び込んできた。


               *


 城壁山脈ブリズスの尾根に、毒竜ファフニールの営巣地があった。火口の断崖をザイルと紐とで降りて来る男がいた。小柄な割に筋肉質で、どうみてもドワーフ族の男だ。小男が、一抱えほどもある卵を一つ盗んで逃げて行く。

 翼竜ファフニールが、それを見つけ後脚の爪で、仕留めようとするのだが小男は巧みにかわしてしまう。――小男は明らかに翼竜を誘導していた。そうやって小男はドヴェルグ大公国都城スヴァルトアルヴの断崖居住区に翼竜を引き込んだ。ベランダから突入し、内部を破壊、炎上させる。――そこで小男の消息は途絶えた。翼竜は仕方なく卵を諦めて、火口の営巣地に引き返した。

 半年が経ち、卵を抱えた小男が、再び火山に現れた。――翼竜ファフニールと小男の追跡戦が再開される。次に小男が逃げ込んだのは、ニーザ大公国の工房城邑ドラウプニルだった。翼竜はやはり断崖居住区に突撃して、内部を破壊。たまたま居合わせたシグルズと交戦することになる。


 小妖精ブリュンヒルドが、

「ねえ、ヨルムンガンドさん、シグルズは何をしているのでありんすか?」

 俺とシグルズは意識を共有している。――小男は、人ならざる速さで翼竜ファフニールを誘導し、ドワーフ族の二都市に甚大な被害を与えた。――こういう理由わけの判らんことをする奴は一人しかいない。〈黑衣の貴紳〉ロキだ!

「――なるほど、そういうことだったか」

 俺は、シグルズを介して翼竜ファフニールの記憶にある小男に、長身である黒衣の貴紳ロキの姿を重ねて送った。そして卵はすでに冷えて死んでいることも伝えた。

 すると翼竜は急に大人しくなり、目を閉じると、シグルズに大人しく撫でられていた。翼竜は、人よりも遥かに知能が発達していると言われているが、どうやらそのようだ。

 褐色の偉丈夫が長剣を鞘に収め、

「ヨルムンガンド、ブリュンヒルド、回復術式でこいつの傷を癒してやってくれ」

「俺もブリュンヒルドも回復術式はある程度扱えるが、神官じゃない。回復は限定的になる」

「毒竜自体が強力な回復術式を扱えると聞いたことがある。それでいい」

 俺は毒竜の頭から尻尾を駆けて行く際、言われたとおりに回復術式をかけてやる。逆に、人の丈の魔道人形から、小妖精がはねを羽ばたかせて、突っ伏した毒竜の尻尾から頭にかけて、――錬金術師系の回復術式を唱えながら――黄金色の粉を振りかけていった。


 小妖精ブリュンヒルドが、

「たらしのシグルズ――、それで、ファフニールは食客に出来たのでありんすか?」

「食客にはならなかったが、友にはなってくれた。念話で海賊島を紹介したら、営巣地をそこに移すと言っていた」

 はにかんだシグルズが、大窓のベランダから飛び去った〈友〉の背を見送る。そのシグルズの背中を、小妖精ブリュンヒルド、そして灰色の猫の俺・ヨルムンガンドが感無量で眺めた。

 翼竜ファフニールは、彼方の洋上に浮かぶ海賊島に向かって飛んで行った。島の奥にある古代エルフ文明・フェンサ帝国時代遺跡の女王は、きっと翼竜を廟所の守護者として歓迎することだろう。――これで海賊どもがあの島を根城にして、ユグドラ大陸沿岸諸国を襲うことはなくなるはずだ。




王国志:設定書(人物・地図)

https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093075593255049


主要登場人物イラスト:集合図

https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093075606792966


図解:毒竜ファフニール

https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093076305660774

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