奇妙な冒険と決着のこと
奇妙な冒険と決着のこと
これまでの話の中で僕は、因縁の話をしてきた。
幼いころの、家にまつわる悪縁。父を死に向かわせた呪い。そんな陰気な話を。
――僕はこの話を、あまり人に言えなかった。まともに伝えたとしても、頭がどうかしていると思われるだけだろう。
それは、自分で書いていてもそう思う。
とはいえここまで読んでくれた諸賢のみなさまは、現実の不条理さ、現実の
そこで今回は、ひとつの礎石というか、締めくくりに位置する、そんな話をしようと思う。
人は十字架を求めている。
あるいは十字架というか、信仰や答え、よりどころを求めている。
答えを知りたい。
人間はどこから来て、どこへいくのか?
それを知るために、僕はタロット占いをはじめたのかもしれない。
あるいは、仄暗い過去を打ち消し、因縁を浄化するために、僕の心が魂の鍛錬を希求したのだろうか。
僕はタロット占いの修行をはじめて、尊敬できる人々に出会い、その中で少しずつ、『クリア』になっていく感じがあった。
いわば修行の日々だった。
修行といっても二つあった。
ひとつは、師匠が定めたカリキュラムを満了すること。
タロットカードの意味を深く知り、正しい気持ちで正しくカードを読み解くこと。
もうひとつは、自分の占いを探求すること。
なにごとも凝り性で、バカ真面目なところのある僕は、顧客満足のために、色々な試みをした。
たとえば、定期的に千本ノックをした。――と言ってももちろん、例え話だけれど。
僕の地元には、地域では大きく有名な寺院があった。
その寺院は山一帯の敷地に広がっていた。
また、その寺院では秋頃になると、秋の夜長を愛でるゆるりとした祭りが開かれた。
その寺院の秋祭りには、地域の有志によるさまざまな出店があった。
そこで僕は、寺院から(正確にはイベント企画者)から依頼されて、占いのブースを設けていた。
自慢じゃないけれど、そこそこまともな占いをやっていたつもりだから、ときに、そういった仕事も入ってきた。
しかしながら、その秋祭りでの占いは千本ノックと呼ぶにふさわしいものだった。
台帳には順番待ちの名前がぎっしりと連なった。
人が殺到した理由として、ゆるめの、ちょっと神秘的な秋祭りの雰囲気に、タロット占いというのがマッチしていたのかもしれない。
それに、格安の料金設定だったこともあるだろう。
一セットにつき十五分だった。
十五分で一人を鑑て、それをひっきりなしにどんどん進めていく。
午後からはじまって、いくばくかの休憩をはさみつつ、ぶっ通しでやる。
夕刻のころには早くもくたくたなのだが、どこか、妙なテンションになっている。ハイになってくる。
占いが当たり、お客さんを元気付けられると、その見返りに元気を還元してもらえるというのもある。
どんどん感覚が研ぎ澄まされていき、普段は見えないものが見えてくる。
自分が薄れていき、『ハイ』を超えてトランス状態になってくる。
いまにして思うと、そんなふうなやり方は肉体的にも霊的にもちょっと危ない気がする。それでも僕は、それらの千本ノックは、修行の一環としてとらえていた。
それにどこかで、そんな修行によって、自分の闇を払っている気もした。
光を与えるため、自分も光に近づこうとする中で、汚れた心が少しずつ、クリアになっていくような。そんな感じがした。
いや、それはたんなる願望だったかもしれないが。
あとは、顧客満足度向上のために、精神的な鍛錬によってタロット占いの的中率を上げようとした。
タロット占いみたいな、『
そのため、偶然の運命の糸を見いだし、それをクリアな心で掴み取る必要がある。
――ここから一気にうさんくさく思われるかもしれないが。
たとえば、パスワーキングという練習法がある。
これは、タロットカードの一枚一枚の絵柄を念じて、そのカードの象徴を霊として呼びだし、その力を借りるというものだ。この方法は、密教の阿字観などと似ている気がする。
このパスワーキングを練習しているときに、結構色々な邪魔が入る。よくわからない浮遊霊や、神を騙る存在などが想念の中に飛びこんできたりした。(あくまで瞑想中の、僕のイメージということで……)
パスワーキングを続けるうちに僕は、ついにある日、タロットカードの最初で最後のカードである『
彼は、仮面をかぶった真っ黒なピエロだった。瞑想の中ではあるが、ふと気づくと、となりに彼がいた。その仮面の奥に、すべてを見通す目を持っていた。
また、彼は名前を教えてくれた。
その名は明かすことはできないが、タロット占いのときに、ときおりその名を呼んで、鑑定を助けてもらった。
いまにして思うと変わったことをしていたと思うが、当時は結構真剣に、顧客満足度のために、こういう修行をしていたはずだ。
さて、話がとっ散らかっているが、そろそろ、十字架の話をする。
僕は昔から、金縛りによくあった。
――金縛り。
と書き始めてまた飛んでしまうけれど。
とにかく、こういう奇妙な話を、まっすぐ語れるというのは幸福なことだ。
本当にいままで、こういったことを語ることはなかった。書くべき環境もなかった。
因縁の記憶。それを打ち消そうと歩んできた経験。
それをずっと抱えたまま、どこかで語るときを待っていた。
いまがそのときだとしたら、僕は、因縁の決着のことを書くべきだと思った。
金縛り。
それは寝入りばなに起こることもあるが、それより、朝方に、ふと一度目覚めたときに起こることの方が多い。
夢うつつのとき、体が鉛になり、ずっしりと、ベッドや布団に張り付くような状態になる。
次に、体じゅうが細かく振動し、耳鳴りがしてくる。
――金縛りについては、脳科学的に説明することもできるだろうから、別に霊的な、なにかとしてとらえなくてもいい。ただ、あくまで僕がそう感じたというだけの話ということで。
さて、耳鳴りは甲高くなる。
このとき、「やめろー!」などと野太い声が聞こえたり、体の周りで騒々しい足音が聞こえたりすることもあった。
気になる場合は中断するが、そこから続けると、突然『自分』が体から抜けでる。
仮にここでは、抜けでた自分を『魂』と呼ぶことにする。
そのとき魂は、現実世界となんら変わらないリアリティで、世界を体感する。それはもしかしたら、仮想現実みたいなものかもしれない。
この言葉を書くと警戒されるかもしれないが、いわば幽体離脱というのだろう。
僕は色々なところに行った。その中で、タロット占いの力を高めるヒントを探した。
それに、やはり僕は答えを求めていた。
人間の因縁というものは、どこからはじまって、どこで終わるのだろうか。
人間は、なぜ生まれ、どこに向かうのだろうか。
僕の人生とは、なんなのだろうか。
人はそういった迷いに、信仰を求める。
そして、人生における呪いや、苦しみの意味を知りたがる。
――苦しみの意味。
人間は、目的もなく、苦しみながら穴を掘り続ける、みたいなことは続けることができない。
不条理に対して拒否反応を示す。
一方でどんな苦しみにも、理由があれば納得できる。
たとえばキリスト教で言う原罪だとか。
仏教の四苦八苦――人生は苦しみと同義であるだとか。
そう、人生とは苦しいものであり、苦しむために存在するとなれば、それもひとつの理由になる。
そんなあるとき、僕はその幽体離脱であり、『魂の奇妙な冒険』の先で、暗い街角に辿りついた。
その街は、全体が暗ぼったく、空にもか細い星がまたたくのみだった。
それに誰もいなかった。
孤独で心細かった。
世界には誰もいなかった。
そんなとき、遠くの方に光が見えた。
暗闇の中で、優しく明るく輝いていた。
光へと近づいていくと、そこには大きな金色の十字架があった。
僕はふと、その十字架に触れてみたくなった。
だから僕は、そろそろと近づいていって、その十字架に触れた。
すると、世界が金色に包まれた。
自分の体が、細胞がバラバラになった。
温水の洗濯機にぶちこまれたみたいに、渦の中でグルグルと撹拌された。
渦は世界のすべてだった。
本当に気持ちがよかった。細胞のひとつひとつが、存在の快感に歓喜していた。
あらゆる生命が、融和しあい、乱れ、拮抗し、一体になろうとしていた。
そこで目が覚めた。
しばらく、体中に痺れた感覚があった。
先刻の体験が、夢でもなんでもよかったが、興味深い体験に違いがなかった。
僕の中で、それがちょっとした答えだった。
答えはない、というのが答えだった。
どれほど道を探求して、練習しても、神様が『おまえは偉い』なんて言ってくれることはない。救いはいつも、自分の開かれた心で感じるものなのだろう。
十字架――それはキリスト教において、イエス・キリストに課せられた、きわめて残酷な
イエス・キリストは人間の原罪を一身に受け、残酷な処刑を引き受け、人々をその姿によって救済しようとした。
そうだ、人間は生まれながらに、原罪によって呪われているのかもしれない。
それは、家庭環境や、欲望や、悪縁や、容姿や才能。それらに対する妬みやそねみ。そういったものが含まれると思う。
受け入れることは容易ではない。
でも、それらの十字架と付き合い、触れあい、自分をクリアにしていくことができれば、ちょっと気持ちよく生きられる気がする。
僕は、その十字架に触れる体験をしてから、答えを求めることを止めた。
因縁を恐れることもなくなった。
僕の人生において、それはスタート地点だった。
占いの仕事を止めて、ビジネスの世界に身を置いてから、相応の年月が経った。
忙しい日々の中でも、良い因縁を結ぶため、できるだけクリアな心で生きていたいと思っている。あの、十字架に触れたときの気持ちのままで。
それが難しいからこそ、そう願っている。
いつか、大きな渦の中に還る日まで。
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