タロットカードと姉弟子と絵馬のこと

タロットカードと姉弟子と絵馬のこと

 神様は、人の縁や想いを、そっと結びつけているのかもしれない。

 姉弟子のKさんのことを思い出すとき、あの絵馬のことを思い出すとき、僕はふとそんな気持ちになる。




 僕は二十代後半のとき、師匠についてタロットカードの勉強をはじめ、五年目くらいからお客さんを見るようになった。

 タロットカードをはじめたきっかけとしては、元々心理学や運命学に興味があったのと、幼少期からの奇妙な体験について、向き合ってみたいというのがあった。

 当時から本職はコンピューターエンジニアだったのだが、あのころは、占いの世界に行こうと、半分くらい本気で考えていた。



 僕の占いの師匠は女性で、親切で明るい、きれいな人だ。しかし、いわゆる『オーラ』を感じさせない人でもあった。

 いまにして思うと、あえてオーラを隠していたのではないかとも思う。

 何事に対しても、素直で前向きで、柔らかい人だ。


 一見親しみやすい人だけれど、しかし僕は、師匠のすさまじさも知っている。

 一例を上げるとすると――。

 例えば、あるお客さんの相談があったのだが、それは、『家出をした娘の居場所を知りたい』というものだった。

 その際、師匠はタロットではなく、易占を使って、失踪したお嬢さんがN市にいることを当ててしまった。(二ヶ月後くらいにお嬢さんと連絡がついて、答え合わせができた)


 また、師匠は高級クラブで働いていたことがあり、所作や言葉遣いが美しく、知性や行動力もあった。僕に対しても、色々な面で、人間として鍛えてくれたと思う。

 いまでこそ僕は、コンピューターの仕事で、なんとか人様の役に立つことができていると思うが、師匠がいなかったら、こうはなっていなかったはずだ。

 僕は師匠に感謝すると同時に、占いの仕事を断念してしまったことに、申し訳なさを感じる。




 さて、前置きが長くなってしまったが、姉弟子のKさんの話をしたい。

 Kさんはすでに、僕が師匠に習いはじめる前に、占い師として独立していた。

 メディアに出たり、雑誌にコラムをもっていたりし、大いに活躍していた。

 Kさんは、占いについては、タロットカードのほかに、占星術や手相をやっていた。

 余談ではあるが、僕自身は、占星術や四柱推命などの、日時を使う占いがうまくできない。タロットカードはそこそこ自信があるが、占星術関連は、学んでみたものの、どうも当てられる気がしない。やはり向き不向きがあるのだろう。

 Kさんの話に戻すと、Kさんはダンスをやっていた。ダンスを観てくれた人に、元気になってもらいたいのだと言っていた。


 それにKさんは、人を助けるための魔法陣の研究をしていた。数字を一定の法則で枠に配置し、神秘的な力を引き出すのだという。その話は、僕には正直言って理解できなかった。神秘主義みたいなことについてもある程度は知っていたが、それでも、あまりに深すぎた。でも、Kさんとしては、切実な様子だった。



 Kさんとはじめて会ったのは、Kさんの占いオフィスだった。僕はある日、なんとなく、別の人に占ってもらおうと思い、インターネットで検索して、Kさんの予約を入れた。

 Kさんは黒い、露出の多いワンピースを着ていて、目が大きく魅力的だった。


 Kさんと実際に会って、しばらく話をしているときに、同じ師匠に習っていたことを知った。



 そのとき突然、Kさんのテストがはじまったことを憶えている。Kさんはマットに並べたタロットカードを指さして、

「リーディングしてみて。自分でね」

 僕はいちおう、お金を払っている客のはずだったが、そんな流れになってしまった。

 僕が答えると、Kさんは首を傾げて、「勉強しなきゃね」と言った。

 それから、Kさんは貝殻を耳に当てて、なにかの声を聞いていた。続いて、占星術のチャートを立てて、僕の鑑定書を作ってくれた。その結果は、僕に新たな迷いと決心をもたらしたが、今回は割愛する。


 実のところ、この世に魔女がいるのだとしたら、Kさんはその一人のはずだと思っている。



 時は流れ、半年後のゴールデンウィークに、僕は一人で伊勢神宮へ旅をした。

 僕はそのとき、仕事のことで悩んでいた。占いとエンジニアの仕事を完全に両立することはできない、ということで。

 それに、結婚を考えていた相手と、別れてしまった時期でもある。

 伊勢神宮の周辺の各神社をめぐり、いよいよ、伊勢神宮そのものへ詣でた。



 人混みの中を進んでいき、最奥の、絵馬が貼り出されているところまできた。干支の、寅が書かれた絵馬が重なって、無数に並んでいる。

 そのとき、なんの気はなく、ふと一枚の絵馬に目をやった。絵馬たちが折り重なった隙間から、その一枚の絵馬がのぞいていた。

 そこには、こう書かれていた。



 ダンスを観てくれた人や、出会った人が

 みんな幸せになりますように

 K

 (Kは、もちろん本名で)



 無数の絵馬の中で、よりによって姉弟子のKさんの絵馬と出会ってしまったのだ。

 第一、Kさんが伊勢神宮へきたことすら、聞いたこともない。(当然、仕事柄、行くことはあるだろうけど)


 実は、Kさんにはこの話はしていない。たぶん、この話を聞いたら、Kさんは恥ずかしがって、否定してくるかもしれない。文句を言ってくるかもしれない。


 当時の僕は、その絵馬によって迷いを払えた気がする。

 伊勢神宮の神様である、天照大御神様が、Kさんと僕を、いまいちど結びつけてくれたのかもしれない。


 師匠やKさんは、神様に向かって、人のために占いをしようとしていた。僕は心の底から、そんなふうに生きられていただろうか?

 あのときの僕は、自分が楽な方に、有益な方に傾いていなかったか?

 いまは違うと言えるだろうか?



 僕は旅から帰って、エンジニアの仕事を選んだ。悲しくもあった。でも、それが、より多くの人の幸せにつながると思ったからだ。


 なにかをはじめるのも縁。終わるのも縁。なにが自分や他者の幸福なのか。

 答えは神のみぞ知る。

 そんなものかもしれない。




 〜タロットカードの姉弟子と絵馬のこと〜 終り

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