Rp.7・のえるピークス


「えっと…だいたい4分の3くらいかな…」

なんだか自信なさげに答える大樹。天の声は届かなかったようだ。

「ま、まあ、たぶん大丈夫やって」逆にのえるに気を遣われてしまった。


しばらくの休憩をはさみ、大樹たちはいくつかのアトラクションを巡った。絶叫系は止めておこうという事になったが、ほかにも水しぶきの上がるコースターなどがあり、4人は久しぶりに童心に帰った時間を過ごした。


「もう、はなみん回しすぎや!」

「あはは、ごめん、つい」

コーヒーカップから目を回しながら降りる4人。ポニーテールをなびかせて、楓はこの中で誰よりも楽しんでいるようだった。

「ねえねえ、次、どれにする?」

無邪気な笑顔を見せ、振り返って尋ねてくる。その昔、ゴールを決めて仲間と喜び合うカエデの姿と重なった。こっそり悠星の様子をうかがうと、照れたように目をそらしている。

「そろそろ午前の部のラストで、あれ行こうか」

大樹はメインストリートの突き当りを指し示した。このパークの目玉の一つ、「怨霊の館」である。

「おお、行っちゃう?ここのはガチで怖いらしいよぉ?」

楓のテンションは、かなり高いようだ。

「よし、それじゃ組み合わせ、決めようか」

大樹はそう言って、のえるとほんの一瞬目を合わせた。打ち合わせ通りだ。


「じゃ、俺は楓とやな」

思惑通りにペアが決まった。大樹は心の中で確率の神様に礼を言う。


「では、次のお二人様、ゲートが開くまでこちらでお待ちください。」

黒装束のスタッフが先行組の大樹とのえるを、門の前のスペースに案内した。

「協力してくれてありがとう、のえる」

「お安い御用や」二人は顔を見合わせて笑う。

「実は俺も、ここだけは絶対のえると組みたかったんだ」

「え―――?」

驚いたように、のえるが大樹の横顔を見つめる。

「少し、聞いておいて欲しいんだけど」

大樹の口調は真剣そのものである。

「ま、ま、待ってささっち。ちょっとだけ、心の準備させて」

そう言ってのえるは横を向き、すはー、すはー、と大急ぎで呼吸を整えた。

「実は、俺…」

「うんっ」

向き直って、最高の微笑をたたえながらのえるは答えた。どこからか、甘いBGMも聴こえてくる。

「小学校の3年のとき、遠足でこの遊園地に来て」

「うん…うん?」なにやら雲行きがおかしくなってきた。

「男子たちでさ、肝だめしに一人ずつ入ろうぜ、って話になって。本当はイヤだったけど断れなくてさ。」

「うん……」のえるからものすごい勢いで表情が失われてゆく。

「ここの、もう、すごいんだよ、スプラッター系でさあ、とても小学生向けじゃないの。で、結局全員泣きながら途中でリタイヤしてさ、通用口から出してもらって。いやー、今でも夢に見るわ」

げんなりした表情で大樹が首を振る。

「あー。そうなんや…」もはや口調にも抑揚がない。

「だから後半がどうなってるか知らないんだよ。のえる、こういうの平気なんだろ?俺、いざとなったら目をつぶるから手を引っ張ってくれよ」

――哀願する大の男を、死んだ目で見ている少女の姿が、そこにあった。


ちなみに「怨霊の館」はその一件以降、小学生以下の入場者に保護者の同伴が義務付けられたそうだ。



ギギギ…と重そうに軋む音とともに、鉄の門が開く。のえると大樹は頷きあって薄暗い道を進んだ。英語の刻まれた墓と十字架が両脇に並んでいる。不気味なフクロウの声とともに冷ややかな風がどこからか流れてくる。気のせいか、匂いまで生臭いようだ。その先には薄汚れた館が建っている。玄関の前に立つと二人を招き入れるかのように、自動でドアが開いた。入った家の中には、いたるところに血飛沫の痕が付いていた。

「ほら、ここ、大きな鏡があるだろ」大樹が廊下の途中、壁に掛けられている姿見を指す。

「これ、よく見たら向こうが透けててさ、女の人が座ってんの」

それは鏡ではなく、大きな窓のようでもあった。のえるが覗き込むと、確かに奥の方に白いドレスの女性が見えた。

「来るよ」その大樹の言葉と同時に、一瞬でドレスが朱に染まり、ギャーッという悲鳴とともに、真っ二つに切られた女性の上半身がこちらに飛ばされ、鏡の向こうでバン!と音をたててガラスに激突する。苦悶の表情を浮かべた女性が鏡にへばり付く、というなんともグロテスクなCG演出である。

「な、怖いだろ?」さっきから一言も喋らないのえるに大樹は言った。「あ、ずるい。もう目をつぶってる」見ると茶髪の少女はぎゅっと目を閉じて、大樹の肩につかまって震えている。

「え、のえる、こういうの平気って言ってなかったっけ?」

一気に不安になった大樹がうろたえる。彼女本人から聞いた話では、兄のマンガをよく読んでおり、特に鬼滅とか進撃とか、血沸き肉躍る作品を愛読していたはずだった。(この「血沸き肉躍る」は誤用です:怒りのカドカワ注)

「マ、マンガやったら大丈夫やねんけど、まだビジュアル系はあかんねんっ」

「こういうのをビジュアル系とは言わないだろ!てか、マジか。し、仕方ないっ、おっ俺に、つつ付いて来いっ」震える声で大樹がエスコート役を買って出た。

「さすが男の子や、ささっち、おおきに!」

だがその後はひどいものだった。のえるはほとんど目を開けず、ちょっとした物音がするたびにびゃあ、とか、ぎゃあ、とか悲鳴を上げながら、ずっと大樹の腕にしがみついたままだったのだ。

「のえる、ちょっとは目を開けろ、つまずいて転ぶぞ!」

そんな大樹の激励もまったく通じない。

「か、かんにんや、ささっち、連れてって、お願い!」

音のする方から逃げるように、のえるは大樹の左右の腕にしがみつく。そのたびに押し付けられる2つのゴムまりのような感触が気になって、大樹は途中から怖がるどころではなくなった。困ったことに彼女は身長だけでなく、色々と大きいのだ。


「はあっ、はあっ—―生きてるかー、のえる二等兵」

半泣きののえるを引きずるようにして、ようやく出口にたどり着いた大樹がかすれた声で呼びかけた。

「い、生きてます、生きてますから手ぇ放さんといてください、ささっち隊長」

のえるは膝をガクガクさせて、がっちりと大樹の左手をホールドしている。とても振り払えたものではなかった。

館の外に出た二人は、近くに並べてあるベンチに座り込んだ。見れば同じようなカップルたちがいる。中には怖がるフリをしながらいちゃついている不埒者もちらほら見受けられた。しばくぞ。

「ほら、もう外に出て来たぞ」

「ほ、ほんまに…?」のえるはようやく薄目を開けた。

「ああ、もう大丈夫だ」

試練をくぐり抜けたふたりは潤む目で見つめ合い、手を取り合った。


「―――いや、俺らが吊り橋効果にやられてどうすんだよ」


両腕に鮮明に残ったのえるの豊かな感触に、しばらく別の意味で立てなくなっている大樹はため息をついた。

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