Rp.6・確率の神様
「ふうん、じゃ、本当に2週間くらいなんだ」
のえるの説明で、楓は納得したように頷く。ちなみにタックルのくだりでは「あたしの仇を取ってくれたのね」と大喜びしていた。
「そうそう。だからこの中じゃ、俺が一番の新人さんってことになるな」
大樹は楓に向かって言った。
「そのラブレターの人には気の毒だけど、3人をつなぎ合わせてくれた恩人みたいなもんだね」
楓は肩をすくめる。
「まあ、そう言えんこともないなあ」悠星は複雑な表情だ。
「でも悠、モテるのは結構だけど、のえるを偽装なんかに利用しちゃダメでしょ。いくらこの子が素直に言うこと聞くからってさ」
楓の目がすっと細められ悠星を睨む。切れ長の瞳だけに迫力が半端ない。
「あ、いや、それはやな…」
悠星が元カノの追及にしどろもどろになる。大樹は思わず失笑した。
「な、なんやねん、大樹」悠星が拗ねた口調で睨む。
「いや、カエデと悠星って、こんな感じだったんだなって思ってさ。」
いつも余裕たっぷりの悠星が、楓にはどうにも歯が立たないようだ。大樹にはそれが
「うふふふ、そういうヒロだって、昔はあたしに散々ゴール決められてベソかいてたじゃないの」
楓は美しい悪魔のような笑みを浮かべる。
「おい訂正しろカエデ。何度もゴールを決められたのは事実だが、ベソなんて一回もかいてないからな!」
いきなり飛んできた流れ弾に大樹は血相を変えて抗議した。
「そうだっけ?ほら、4年生の最初の試合であたしがハットトリック決めたときの3点目とか」
「あ、あれはっ、カエデの巻き上げた砂ぼこりが目に入って…!」
「へえ、砂ぼこり?あの河川敷ってびっしり草が生えてたよねえ?」
「いや?いやいやいや、ゴール前はけっこう草がはげてて砂地だったよ?あっ笑うなよ、のえる」
「か、かんにん。はなみん相手やったら、ささっちってそんな風になんねんな」
謝りながらも笑いが止まらないようだ。大樹は憮然とする。
「そうそう。試合に負けたときもよくこんな顔になってたわ」
どうやら世の中には、どうやっても太刀打ちできない相手というものがいるようだ。
悠星と大樹はあきらめたように頷きあった。
電車が目的地に到着した。4人は駅に隣接する海辺の遊園地・ガルフリゾートパークに入場する。GWという事もあり、田舎の施設ながらまずまずの人出であった。好天にも恵まれ、5月らしい爽やかな風が潮の香りを運んでくる。
「ヒロ、さっきのえるに聞いたけど、あんた女子アレルギーになってるって?」
楓があきれたように笑う。
「ま…まあ、ちょっとそんな感じになってたってだけだよ。」
「ねえねえ、ひょっとしてそれって、あたしが原因だったりする?うわー、責任感じちゃうなあ、あたしが治してあげよっか?」
んー?と言いながら大樹の肩に手を置いて顔を覗き込んでくる。元カレの目の前でよくやるよ、と大樹は思ったが、当の悠星は知らんふりを決め込んでいる。
「で、でもささっち、さっきからはなみんとは普通に喋ってんな。全然苦手な感じがせえへんわ」
何やら焦ったように、のえるが会話に参入してきた。
「そうね。自分でいうのもアレだけど、あたしってけっこう女子っぽいと思うんだけどなあ。……ははあん。さてはヒロ、女子が苦手ですーって純情アピールして、モテようって魂胆?ずるーい」
楓がニヤニヤ笑いを浮かべる。
「だれがそんな事するか!…でも、確かにのえるの言う通りだな。昔から知ってるからかなぁ」
肩に置かれた手を振り払って、大樹は首をかしげる。
「そら中身が楓って知ってたらアレルギーにもならんやろ」
ははは、と悠星が笑う。
「どういう意味、よっ!!」一閃の気合とともに悠星の背中からパアン、という小気味よい音が響く。「おがあっ!?」
「ささっち、あれがはなみんの必殺技・メープルアタックやで」
のえるがこっそり耳打ちした。
「おお、あれがそうか。なるほど…死ぬほど痛そう」
背中を押さえようとして手が届かず、その場でクルクルとねずみ花火のように回っている盟友を見て、大樹は戦慄する。俳句の世界では子どもの小さな手を「紅葉の手」と表現するらしいが、彼の背中には、カナダ国旗のように立派なカエデ模様がくっきりと残されたことだろう。
「ふん。大男、総身にお手々が回りかね、ってね」
楓がわりと立派な胸を張って言い放つ。
「知恵だろ知恵。良い子の皆さんが間違えて覚えたらどうすんだ」
ジト目で大樹が訂正した。
4人がまず向かった先は花形のアトラクション・ジェットコースターだ。
「ねえ、座り順、どうする?」楓が男子組に尋ねた。
「そうやなあ、今日は4人の親睦会みたいなもんやから、グーパーで男女ペアを作るか」
悠星が答えた。別れたとは言え、それほど二人の仲は拗れていないようだ。大樹は一安心した。
男子組・女子組に分かれ、背中合わせでグー・パーの組み分けをした。結果、楓―大樹、悠星―のえるのペアとなり、先頭に大樹たちが乗り込む。
「ねえ、ヒロ、こういう絶叫系は得意?」
「まあ、普通くらいかな。」
「あたしは苦手なのよね。泣いたら慰めてね?」
首を傾げて甘えた声を出すポニーテールの美少女。たいていの男は一発でハートを射抜かれることだろう。
「意外だな――お、始まった」
いざ始まると一番大喜びしていたのは楓だった。そういやフェイントも得意だったなあ…と大樹は横Gに振られながら昔を懐かしんだ。
「カッシー、大丈夫?お水飲む?」
青くなってベンチに座り込んだ悠星をのえるが介抱している。G系のアトラクションは苦手だったようだ。
「いいよ、のえる、放っといても。はい悠、これ」
楓がいつの間にか自販機で買ってきたオレンジジュースを、悠星の目の前にひょいっと差し出す。
「おう、すまんな」顔色は今一つだが、悠星がにっ、と笑みを浮かべて受け取った。
そのまま楓はのえると入れ替わるように横に腰を掛ける。
立ち上がったのえるに、大樹はちょいちょいと小さく手招きした。
「あの二人ってさ、別に嫌いあって別れたわけじゃないんだよな」
「うん。ケンカ別れみたいになってるけど、たぶんどっちもイヤにはなってない思うわ」
小声で二人は話し合った。
「のえる、組み分けは基本グーパーで決めると思うんだけど、お化け屋敷のときだけ二回連続でグーを出してくれないか?」
「…吊り橋効果やな。二回でええの?」
「カエデも悠星もバカじゃない。小細工しすぎると気付かれると思う。」
「了解や。それで何パーセントくらい上手いこと行くの?」
「えっ?…と…」大樹は突然の質問に考え込み、逆にその様子にのえるが驚く。
「え、ウチ、そんなに難しい質問した?」
……けっこうな難問であった。
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