Rp.4・衝撃の再会
「ヒロ、そっちだ、抜かれんな!」
――同級生の叫ぶ声。
「おうっ!」そう叫び返し、突進するドリブラーの前に立ちふさがる。
またお前か、と不敵な笑いを浮かべた敵のフォワードが、サイドラインぎりぎりでスピード勝負を仕掛けてくる。体格は向こうのほうが上だ。隣の小学校チームのエース的なFWだった。最後の砦としてディフェンダーを任されていた大樹も、強引な突破に当たり負けして、結局抜かれることが多かった。
だが、この日は違った。なぜか競り合った相手の体が軽く感じられたのだ。ボールを取り返せる、そう判断した大樹はぐっと肩を押し込んだ。FWがバランスを崩し、ライン外に押し出される。よろめき、何とか立ち直ろうとしたがかなわず、場外で無様に転倒した。
「よしっ!」大樹が相手のゴールに向かって、奪ったボールを大きく蹴り出した。振り返るとそのFWはまだ起き上がってこない。
「――おい」いつもと様子が違う。不安になった大樹がそのFWに駆け寄る。
「大丈夫か、カエデ?」
―――競り合った相手は女の子だった。
「小学校のころの夢なんて、久しぶりに見たなあ」
ふわあ、と大きくあくびをして、大樹は起き上がった。
先日、のえると寄り道した河川敷。昔の自分のように、広場でサッカーをしている子どもたちを見かけたせいだろうか。
当時、大樹も小学4年生の男子の中では大柄なほうだったが、成長期の差で彼よりも大きい女子がたくさんいた。隣の小学校のFWもその一人だった。いつもなら全力で当たって行っても弾き返されるのに、その日、大樹に吹っ飛ばされ、救急車で搬送されて行った彼女は、肋骨を折る大けがを負っていた。
サッカーの試合中の出来事である。両親に連れられ、菓子折りを持って謝りに行った大樹を、カエデの両親が責めることはなかった。慰謝料として持って行ったお金も頑として受け取ろうとはしなかった。だが、最後までカエデ本人が顔を見せることはなかった。彼女の両親によると、楽に勝てると思っていた相手に弾き飛ばされ、転倒したのが悔しくてたまらなかったそうだ。
その晩、大樹は「女の子と激突して大けがをさせた」という事しか頭にない母親に大目玉をくらった。女の子は男と違って体の造りが繊細なのだから、乱暴なことをしてはいけない、お前は体が大きいのだから、人一倍周囲に気を付けなければならない、と。
考えてみればサッカーのフィジカルな競り合いで乱暴も何もないものだ。それでも、カエデをずいぶん軽く感じたことがショックだった大樹には、母の叱責が痛烈に心に響いた。それまで大樹たちの小野谷小チームは、カエデを擁する隣の天馬小チームに負け越していた。次々と守備陣を突破し、華麗にゴールを決める彼女は、しかし、大樹にとって憧れでもあったのだ。
そしてこの日を境に、大樹はそれまで考えてもいなかった「男と女」という性別を気にせざるを得なくなる。大樹は女子に対して距離を置くために、自分の身長くらいのパーソナルスペースを作るようになった。思えばこれが「女子アレルギー」の始まりだったのだろう。そんな大樹は、次第に周囲の女子たちから「取っつきにくい」「自意識過剰」という目で見られるようになる。だが、それで女子が勝手に距離を置いてくれるのは大樹にとって好都合であった。そのうち学年を追うごとに、遊び仲間も男子グループ・女子グループに分かれてくる。男としか話さない、男同士でしか遊ばない、という大樹の行動は、別に不自然なものではなくなっていった。
最後にカエデを見かけたのは、1年後か2年後だったと思う。駅のデパートの、お菓子売り場だった。他の女の子たちとグループで買い物をする彼女を見つけたのだ。見たこともないようなフリルだらけの服を着て、他の少女たちと笑いあっているカエデは、まるで別世界に行ってしまったかのようだった。向こうも大樹に気付き、声を掛けて来た。近くで見ると、大樹の身長は彼女を追い抜いていた。どう返事したものか、どぎまぎしていると、興味を持った彼女たちの集団に一瞬で囲まれてしまった。パーソナルスペースもへったくれもない。カエデが彼女たちにどんな紹介をしたのかも記憶が定かではない。ただ、返事もそこそこに逃げ出したのを覚えている。
「元気にしてるかなあ。」
着替えながら大樹はふと呟いた。中学校に入学する前に転校していったらしく、彼女とはそれっきり会っていない。今なら、笑って話せるだろうか。そもそも、カエデは大樹の顔を覚えているのだろうか。お互い苗字も知らず、試合の時に「ヒロ」「カエデ」と呼び合っていた程度だ。容貌が変わってしまって、どこかで出会っても気付かないかも知れない。
大樹が待ち合わせのホームに行くと、すでに3人組が到着していた。駅の雑踏の中でも、高身長の悠星とのえるがいるとすぐに見つかる。すっかりおなじみになった二人に手を振った。はさまれるようにして真ん中に立っている女の子が「はなみん」に違いない。思ったほどの差ではないが、確かに二人よりは若干背が低いようだ。長めの髪の毛をポニーテールにくくっている。
「おはよう!待たせた?」
小走りで近寄りながら、大樹は3人に声をかける。
「おはようささっち!ウチらも今来たとこやで、はよ、こっち!」
たいした距離でもないのに、のえるがわざわざ迎えるように近付いてくる。黒ポロシャツにハーフデニムのパンツといういでたちだった。行き先が遊園地なので、動きやすさを優先させた、といったところか。先入観のせいか、不思議とバレーボール感が出ている。
「ほらほら、この子が『はなみん』やで。名前は…」
のえるが悠星の横に立つ女の子を紹介しようとした。が。
「よっ、久しぶり、ヒロ」
「カエデ………!」
忘れようもない。成長したその姿は、切れ長で涼し気な瞳の美少女に変貌している。だが、浮かべているのはドリブルで突進してきた頃と変わらぬ不敵な笑顔。
「えーと、端見楓(はなみ・かえで)って言うねんけど…え…?」
二人の間に立ってどうすれば良いのか、のえるは目を白黒させた。
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