Rp.3・4枚目の行方


「うおおっ、マジか!」

「ほ、ほんま?」

のえるが箸で持っていた肉団子をぼてっと落とす。狙ったのかどうか、裏返したフタの上だったので事なきを得た。大阪の人というのは、誰でもリアクションが大きいのだろうか。

「驚きすぎだろ。俺だって興味のある人間の一人や二人くらいいるわ」

少しむっとしながら大樹が言った。

「そらそうやな、悪い悪い。で、誰や?」

にやつきながら悠星が尋ねた。のえるは固唾をのんで大樹の答えを待っている。

「宮地だよ。悠星と同じクラスの。」

宮地慶太郎みやじけいたろう

悠星たちと同じ「梅ヶ丘中学校」出身の野球部員だ。聞くところによると悠星のようなパワーヒッターではないが、野球部員のなかでも打撃センスがずば抜けているそうだ。彼も一時期、悠星と並びモテモテだったが「好きな子がいるから」と告白してくる女子たちをまったく寄せ付けなかったらしい。それが本当ならば、決してただの野球バカではないはずだ。

「俺、前から宮地ってどんなやつなのか、すっごく気になってて…あ、おい、聞いといてなんだよ」

満を持した大樹の答えにも関わらず、二人はすっかり興味を失ったように各々の弁当を食べていた。


「ケータローて……いやいや、大樹、この流れで言うたら女の子やろ普通。お前の女子アレルギー、相当ひどいな」

あきれたように悠星が言った。のえるもうんうんと頷いている。

「え…そんな流れだった?どこから?」

ひょっとすると自分の感覚は普通じゃないのか、と大樹は不安に駆られた。

「ま、まあまあ、カッシー、みやっちに聞いてみたらどない?」

半笑いでのえるがとりなすように言った。

「――まあ、ええけど。たぶんあいつ来よれへんで。」

言いながら悠星が早速メッセージを打つ。「野球部のオフが後半やから、3日か4日あたりか」

間を置かず「ケータロー」の返信が来たようだ。「ほらな」と言いつつ悠星がそれを見せる。

『どっちも自主練』…素っ気ない返信だった。

「あいつ、野球と関係ないことはとことん無関心やからな」

悠星が肩をすくめる。どうやら大樹の考え過ぎだったのか。

「まあええやん。3人で行って、4人分楽しんだらええねん」

そう言うのえるは、なぜか妙に嬉しそうだった。



それからの日々は、「別人アピール」が功を奏したのか、わりと平和に過ぎた。

大樹は放課後を図書館で過ごし、のえると悠星の部活上がりを待つ、という新しいパターンにも慣れつつあった。まるで自分だけ「勉強部」になった気分だが、ちょくちょく学年トップの同級生・宗方円むなかたまどかに質問できたりもするので、悪くない環境だった。そして3人連れ立って駅まで歩き、少し時間に余裕があるときにはファミレスに寄ってドリンクバーを頼む新たな習慣を、大樹はけっこう気に入っていた。


そしていよいよ明日からGW突入という日の放課後、3人はいつものファミレス「サンディーズ」で、最終の打ち合わせを行っていた。

「じゃあ、柿本駅のホームに集合して朝9時発、ってことで」

大樹が言った。結局この3人で行くことになったのだ。

「おう、そっからは海浜線に乗って30分くらいやから、ちょうど開園やな。」

ジュース片手に悠星が答える。駅からは直通の列車に揺られて目的地だ。

「結局、そのかちゃんはあかんかってんな」

「そうや。あんなに可愛がってたのになあ…」

悠星は肩を落とす。

「ひょっとしたら構いすぎたのかもな。仕方ない、そういうのが無性にイヤになる年ごろなんだろ。」

まるで見て来たかのように大樹が解説した。

「うわ、ささっち、なんか専門家みたいやな」

のえるが感心したふうに言う。

「そう?」少し恥ずかしくなって目をそらし、アイスティーを飲む大樹。実は自分が母に対してそうなのだ、とは言いにくかった。



―――そして迎えた前日の夜。


そろそろ寝ようとしていた大樹のスマホに電話が入る。出ると、ずいぶん慌てた様子ののえるだった。

「ささっち?明日の遊園地、誰か誘った!?」

「いや、あれからは特に誰も言ってないよ」

円にそれとなくGWの予定の探りを入れたところ、普段よりも塾がハードスケジュールになるそうだ。とても遊園地に行こうと言える相手ではなかった。

「ああ、よかった。それがな、さっき『はなみん』にこの話をしたらな、私も行きたい、言い始めてん」

『はなみん』――悠星の中学時代の元カノだ。

「ええっと、それ、悠星に言った?」

「まだやねん、今から電話するわ、ほなな!」

そこで通話は切れた。

結局『はなみん』に関する新たな情報は得られなかった。わざわざのえるに電話を掛けなおして、他人の元カノに関してあれこれ聞くのも憚られる。今の大樹が知っているのは、県内屈指の進学校である勢秀学院高校に通っていること、のえるほどではないが大柄な女の子であることくらいである。中学生当時、のえるは身長の高さや成長痛の湿布臭さをネタに、意地悪な男子グループにいじめられていたと聞いている。しかしそんなのえるを助け、いじめていた男子たちを撃退したそうだから、きっと姉御肌の女の子なのだろう。一緒に行きたがるということは、悠星とよりを戻したいと思っているのだろうか。

そしてグループメッセージに着信が入る。のえるだった。

『はなみん、合流決定です!』お祝いのスタンプが付いている。ということは悠星も特に反対はしなかったのだろう。


「――ま、会えばわかるさ」

最近はのえるとは緊張せずに普通に話せるようになっている。4人目が女子でも2対2だ。恐れることはない。そう思って大樹は眠りについた。


……新たな衝撃は明日に迫っている。続く。

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