Rp.2・第三の男

今年の朋学館の野球部は、甲子園を狙える位置に来ている。原動力は、大樹とよく似た男、樫井悠星をはじめとする同級生たちである。

悠星はよくモテるのだが、野球に専念するために同じ中学校出身ののえると偽装カップルを演じていたのだ。

彼らと親しくなったきっかけは一通のラブレターである。間違えて大樹の下駄箱に入っていたのを悠星に届けたのが発端であった。大樹自身は女子が苦手なこともあり、まったく恋愛ごとに縁がなかった。そんな大樹だが、のえるの提案によって別人アピールのために、なるべく悠星と行動を共にすることになったのである。

4限終了のチャイムが鳴る。数学教師は時間きっちりに授業を終わってくれた。チャイムの余韻も終わらぬうちに、購買のパンを狙う生徒たちが急ぎ教室を駆け出してゆく。しかし今日の大樹は弁当持参組である。ゆうゆうと手提げから弁当箱と水筒を取り出した。そのとき、大樹のスマホが短く振動した。

「ん?」見ると、のえる・悠星とのグループメッセージだ。

『裏庭の藤棚集合」とある。


「おーい」大樹が藤棚の椅子に座っている二人に声を掛ける。知り合って間もないが、すでに大樹の「3人目」としての立場は定着しつつあった。

「ささっち、こっちこっちー」

のえるは親しくなった人間に必ずと言っていいほどニックネームを付ける。大樹も知り合って以来、彼女から「佐々岡くん」と呼ばれたことがなかった。


「へへえ、こんなところでご飯か。」

大樹は幾重にも垂れ下がっている薄紫の花房を見上げて感心したように言った。校舎から少し離れているせいか、昼休みにここまでやって来る生徒はほとんどいない

「ちょっとしたピクニック気分やろ。それにせっかく綺麗に咲いてんねんから、見てあげんと藤の花もかわいそうやわ」

備え付けのテーブルにお弁当を広げながら、のえるが言う。彼女のこういう考え方が、大樹は決して嫌いではなかった。


「それはそうと…」

大樹はさっきから美しい藤の花に目もくれず、黙々と弁当を食べ始めているもう一人の男に目をやった。「どうした悠星、難しい顔して」

「あ、そっとしといたって。カッシー、今は傷心中やねん」

「しょうしん…え?彼女いたの?」最近はいないと聞いていたが、元カノとよりを戻していたのか?のえるの極秘情報によると、中学校時代は同級生の「はなみん」という女の子と付き合っていたらしいのだが。

不思議そうにしている大樹に向かって、悠星はすいっとスマホを差し出した。

「ん?見ていいのか?」

見るとそれはにっこりと笑う、あどけない女の子の写真だった。ホームパーティか何かだろうか。来ている服も、顔立ちも幼い印象…というよりも。

「いや、これどう見ても小学生だろ。悠星まさかお前…」

「カッシーの妹や。そのかちゃん、いうねんで。」

横からのえるが解説する。

「それは一昨年(おととし)の写真や」ようやく悠星が口を開いた。

「へえ、妹がいたのか。一昨年って、どういうこと?」

スマホを返しながら大樹が尋ねた。

「今年中学生になったとこや。でも最近はなかなか写真を撮らせてくれんからな」

ぶすっとした表情で悠星が説明する。

「ああ、反抗期ってやつだな。…で、何で今さらそれでヘコんでんの」

大樹は自らも弁当を広げながら聞いてみた。

「これやねん」答えたのはのえるだった。胸のポケットから白い封筒を取り出す。中から「フリーパス」と書かれたチケットが現れた。

「ウチのお父ちゃんがくれてん。ノルマで買わされたらしいわ」

聞けばのえるの父は保険の代理店を営んでいるそうだ。取引先が多く、こういったチケットもよく購入させられたりするらしい。

「へえ、ちょっと見せてくれる?…お、ガルフリゾートパークじゃん」

大樹も小学生のころ、何度か行ったことがある。アトラクションも充実しているので、地元人気が根強い海辺の遊園地である。

「4枚あんねん。ほんまはゴールデンウイークに家族4人で行くつもりらしかってんけど、お兄ちゃんが…イヤや、言うてな…」

そしてのえるも黙って弁当を食べ始めた。彼女は元来お兄ちゃん大好きっ子なのだが、身長を抜かしてしまい、今や一緒に歩くのすら嫌がられるようになったそうだ。まことに気の毒な話である。

「二人とも、まったく…」

ため息をつく大樹。だが、彼の明晰めいせききわまる頭脳に一つの名案が舞い降りた。


「おっ、閃いたぞ!悠星、のえるのことをお前の可愛い妹だとおも」

「思えるか!」「思われへんわ!!」


「そんなに怒んなくてもいいじゃん……」

間髪入れぬ両サイドからの同時ツッコミに大樹は顔をしかめる。「ていうかお前ら、そんなんでよく偽装カップルなんてやってたな」



「……要するに、俺たち3人だと1枚余るから、悠星が妹ちゃんを誘った。けどダメだった、と」

大樹が経緯を要約する。

「そうやねん。秒で断られたらしいわ」

のえるがブンむくれた悠星に代わって答える。

「じゃ、3人でいいんじゃないか?」

「ま、せやなあ。ちょっと勿体ないけど、下手に誘ったら相手にも迷惑やさかいな」

そう言ってポケットに券をしまい込み、再びお弁当を食べ始めた。彼女の体格や運動量からすると、まるで足りそうにない大きさだ。何故女子の弁当はあんなにも小さいのか。

それはさておき、モテ男の悠星が絡んでいるので、誘った相手が妙な詮索を受ける可能性もある。そう考えるとなかなか4人目の人選は難しい。

「大樹、もし誰か誘いたい子がおったら声かけてもええぞ」

運動部員らしい、大きな弁当をすでに半分ほど食べ終わっている悠星が言った。

「俺?うーん…」大樹は箸を持ったまま思案する。何となく浮かぶのは円くらいだが、彼女はGWも進学塾のスケジュールでいっぱいだったはずだ。

「ささっち、誰か興味のある子、いてんの?」

のえるも身を乗り出しながら、真剣な口調で尋ねてくる。

「まあ無理に誘わんでもええけど、ああいう所は偶数で行ったほうがええからな」

悠星も少し元気が戻ってきたようだ。たまのオフ日をけっこう楽しみにしているのかも知れない。

「アトラクションって、たいてい二人一組だもんな。興味のある人、か……」

大樹は考え込み、唐突に声を上げた。


「あ、一人いる!」

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