6.調合(2)
夕日が沈み、月が昇った頃になってからデリックは帰ってきた。夕日が沈む前に帰ってくるのが普通なのだが、王宮魔術師は忙しいのか帰りは遅い。
帰ってくる時間を見極めて夕食の準備をして、帰ってきた時に仕上げをしてからテーブルに食事を並べる。今日も疲れた顔をして食事をしている姿を見ると、胸が詰まる思いだ。
そして、夕食が終わると話を切り出した。
「魔力操作を教えて欲しい?」
「えぇ、ちょっと使いたい魔法があるんだけど、上手くいかないの」
ちょっと驚いた顔をしていたけど、すぐに普通に戻る。
「この前から魔法に関して教えて欲しいって言っているけど、何をしている?」
「んー……それは今は秘密」
「秘密、か」
「えっと、やっぱり難しいかな。疲れているものね、無理しなくてもいいんだけど」
デリックが腕組をしながら何かを考えているみたいだけど、もしかして無理なお願いだったかな。そうだったら申し訳ない気持ちだ、やっぱり魔力操作は自分でコツを掴んだほうが良さそうだ。
すると、デリックは少し慌てながら口を開く。
「いや、そういう訳じゃないんだ。ただ純粋に気になっただけだから、気にするな」
「そう? ならいいんだけど」
「魔力操作を教えるのは全然構わない。それで、どんな風に魔力操作をしたいんだ」
「あのね……」
デリックに魔力操作のやり方について話した。調合のことは伏せて話すと、デリックはすぐに答えを導き出してくれる。
「それは魔力を押し出そうという気持ちが強いせいだ。もっと外側から魔力を引っ張っていくような感覚で魔力操作をしたらいい」
「外側から引っ張り出す? どんな風にやればいいの?」
言っている意味が良く分からなかった。すると、デリックは私の隣にイスを持ってきて座る。そして、手を重ねて握った。突然の触れ合いにドキリとする。
「俺がやってみるから、感覚で覚えて」
「う、うん」
すると、掴んだ手から魔力を感じ、流れを感じた。ふむふむ、確かにこの魔力の流れは初めて感じる流れだ。魔力の流れがとても細くなっていて、私の調合の時とは全然違う。
「ほら、一緒に魔力を流してみて」
「うん」
これだったら真似できそう。デリックの魔力の流れを感じながら、見様見真似で自分の魔力を流してみる。外側から引っ張り出すように細く魔力を引き出していく。ゆっくりじっくり、焦らずに引っ張っていく……あ、出来てる。
やっと掴めた魔力操作のコツ、感覚をしっかりと掴むために意識を集中させて魔力の流れを維持していく。
「そう、その調子だ。それを意識しなくても出来るようになれば、完璧だ」
「そ、それは無理~」
「ほら、話していると流れが乱れているぞ。集中を高めて維持していくんだ」
話すと魔力の流れが乱れてしまう、口を閉じて魔力の流れを集中して作っていく。デリックの魔力の流れを感じながら自分の魔力を流していった。しばらくその体勢のまま、意識を集中させる。
「一旦離れる、そのまま維持はできるな」
「やってみる」
デリックの手がスッと離れて私一人で魔力を流していく。うん、離れたとしても魔力の流れに乱れは感じない。そのまま維持をしていくと、隣にいたデリックが口を開く。
「いいんじゃないか、安定している。今の感覚を忘れないようにな」
「そうだね、この感覚を忘れないようにしないと」
魔力を流すのを止めると、ちょっとした疲労が体に圧し掛かった。
「デリック、魔力操作を教えてくれてありがとう」
「どういたしまして。何に使うのか知らないが、上手くいくといいな」
「うん、デリックが教えてくれたから絶対に上手くいくわよ」
笑顔で褒めるとデリックは照れくさそうにそっぽを向いた。
「あぁ。もし、また何かあったら俺を頼って欲しい。その時は力になるぞ」
「そう言ってくれると助かるわ。きっと、また助けて欲しくなる時が出てくるかもしれない。流石は王宮魔術師様ね」
「そう言ってくれると王宮魔術師で良かったと思う」
そう言って二人で笑い合う。たったそれだけの交流だったけど、距離が縮まったような気がした。デリックの体を心配してそっとしておいたけど、少しはこうやって無理やりにでも交流を持った方がいいのかな。デリックも嬉しそうにしているし、そうだったらいいな。
◇
「さてと、今日こそは成功させるわよ!」
翌日、デリックを見送ると早速調合の続きを始める。まず先に蒸留水を作っておき、調合の下準備を終わらせた。
私の目の前には錬金窯があり、その隣には素材が並べられている。昨日は散々失敗したけど、昨日とは違うから同じようにはならないはずだ。
錬金窯の下に設置した魔導コンロに火を点けると材料を入れる。蒸留水、ヤコブヘビ、モニタケ。それから沸騰するのを待つ。
沸騰すると火を弱めて、半分に切って種を取ったキリリスの実を入れる。さて、ここからが問題だ。錬金棒を持つと、昨日練習したように魔力を通していく。うん、昨日よりも微力な魔力の流れになっている、これならいけるかもしれない。
錬金棒に魔力を通しながら、錬金窯の中身をぐるぐるかき混ぜる。素材から特性を引き出すように魔力を通して、じっくりと似ていく。
すでに昨日の失敗した時間を過ぎ、かなり長い時間かき回している。すると、水が少し緑色に色づいてきた。あ、とてもいい感じにできている。嬉しくなって思わず錬金棒を持つ手に力がこもる。
その時、折角緑色に色づいてきた液体が黒く濁ってきた。しまった、これは……!
ボンッ!
音が出て黒い煙が出てきた、失敗だ。
「あー……あともう少しだったのに」
嬉しくなって力んだせいなのだろう、きっと魔力が過剰に流れていったから失敗したんだと思う。大丈夫、原因が分かっているなら次はその原因を気を付けながら調合すればいい。
錬金窯に凝固剤を入れ、産業廃棄物をゼリー状に固めるとごみ箱に捨てた。錬金窯の中を綺麗に洗って水けをふき取ると、再び魔導コンロの上に置く。
「ふー……大丈夫、落ち着いてやればきっと成功する」
想像するのは疲労回復のポーションを飲んで、疲れが消えた笑顔のデリック。デリックのためにこの調合は成功させたい、完璧なポーションを作って疲れてをとってあげたい。
「よし!」
気合を入れ直すと蒸留水を入れて、火を点けて、ヤコブヘビとモニタケを入れる。沸騰した頃に火を小さくして、キリリスの実を入れた。ここからが勝負だ、錬金棒に魔力を通して錬金窯に入れる。
意識を集中させて魔力を錬金棒に通して、錬金窯の中をかき混ぜていく。しばらくかき混ぜていくと、液体が薄く緑色に色づいてきた。気を抜かずに魔力操作に全集中をして、じっくりとかき混ぜていく。
長い時間かき混ぜていくと、どんどん液体の色が濃くなってきた。でも、だからと言って大きく喜ばないで、平常心のまま同じ作業を続けていく。
かき混ぜて三十分、素材の特性の抽出の時間が終わった。ゆっくりと錬金棒を引き上げ火を止めて、中身をじっくり確認してみると鮮やかな緑色に染まっている。
大きな器に濾す用の布を当てると、その上から出来上がった液体を流し込む。それが終わると布を取ると、大きな器には素材の特性を抽出した液体だけが残った。
「成功しているか鑑定ルーペで見てみよう」
この瞬間が緊張する。鑑定ルーペを液体にかざす。
【疲労回復ポーション】
説明:疲労を回復させることができるポーション
品質:普通
「やった、成功してる!」
初めての成功だ嬉しい! もう一度鑑定してみても結果は同じだ、とうとう成功したんだ。嬉しすぎて喜びが止まらない、う~……やったぁ!
ひとしきり喜ぶとだんだんと冷静になってくる。とりあえず出来上がった疲労回復ポーションを買っておいたポーションの瓶の中に入れよう。
瓶をテーブルに置いて漏斗を取り付けると、大きな器から瓶に疲労回復ポーションを移し替える。零れないように慎重に移し替えて……よし、完了だ。
瓶の蓋を閉めて持ち上げて眺めてみる。あの日、錬金術師のお店で買った疲労回復ポーションと同じものが手元に。
「ふふっ、初めての調合……成功だ」
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