5.調合(1)

 次の日、まずは材料の下ごしらえから始める。モニタケとヤコブヘビを乾燥させよう。


 熟練の腕があればまとめて乾燥できるようになるってデリックは言っていたけど、私は初心者の腕だ、とてもじゃないけど複数をまとめて乾燥させることはできない。


 というわけで、一つ一つ丁寧に乾燥の魔法をかけていくことになる。騎士の頃に鍛えた魔法の腕は役には立たないけど、鍛えられた根性ならあるからちょっとのことじゃへこたれない。


 早速、一つのモニタケを出すと乾燥魔法をかけていく。ふー、意識を集中させて魔法を発動、じっくりと魔法操作をしてモニタケを乾燥させていった。


 うん、コツは昨日掴んだから後は慎重に沢山の素材を乾燥させていかないとね。ほら、モニタケの乾燥が出来上がった。この調子でどんどん乾燥させていくよ。


 時々休憩を挟みながら素材の乾燥を進めていった。単純な作業は飽きると思っていたけど、案外楽しい。結婚前とは正反対のことをやっているのに、不思議と作業が馴染んでいるような気がする。


 モニタケが終わると今度はヤコブヘビを乾燥させる。五十センチメートル以上あるヘビの体が二十センチメートルくらいにまで縮んでいくのを見るのは楽しかった。


 その光景を飽きずに見続けていると、ヤコブヘビの乾燥も終わった。動かないで集中したから体がちょっと固くなっている。軽くストレッチをして続きをやろうとすると、外から昼の鐘が鳴り響いた。


「うそ、もうお昼なの?」


 そんなに長い時間、乾燥魔法を使っていたってこと? えぇ、ビックリしたそこまで集中していたんだ。騎士とは真逆の錬金術だけど、結構性に合っているのかな。


 お昼はパンに焼いたベーコンと野菜を挟んだサンドイッチを作って食べた。


 食べ終わると買ってきた錬金道具をテーブルの上に並べる。素材の下ごしらえが終わったら、今度は本格的な調合だ。


 疲労回復のポーションを作るのに必要な錬金素材がある、それは蒸留水だ。蒸留水を作るには専用の道具が必要で、それがこの蒸留器と言われるガラス道具。


 二つの丸いフラスコが一本の細い管に繋がれている形をしている。一方のフラスコでお湯を沸かし、出てきた水蒸気を冷却し隣のフラスコに溜めて蒸留水を作る仕組みだ。


 早速蒸留器をセットする。水の入ったフラスコの下に魔導コンロを置き、火を点ける。しばらくすると、水が沸騰し始めてフラスコの内部に水蒸気が発生した。


 その水蒸気は上がって水蒸気を冷却する部屋に入る。しばらく見てみると、水滴がつき始めて細い管を通って隣のフラスコに滴り落ちた。


 蒸留って時間がかかるものなんだね。その間に錬金術の本を読んで時間つぶしをした。



「あっ、出来てる」


 放置していた蒸留器の蒸留が終わったみたいだ。魔導コンロを止めて、蒸留水が溜まったフラスコを手に取る。そして、鑑定ルーペで出来上がったものを鑑定すると……


【蒸留水】

説明:不純物が取り除かれた蒸留された水

品質:高品質


「やった、成功だ!」


 初めての調合は成功した! と、言っても水を沸騰させただけなんだけどね。それでも初めての調合だから成功して嬉しい。


 これで疲労回復ポーションの調合に取り掛かれる。魔導コンロの上に買ってきた三十センチメートルの錬金窯を設置する。


「さて、やりますか。うー、ドキドキするな」


 もう一度錬金術の本を見て材料を確認する。蒸留水三百ミリリットル、ヤコブヘビ一匹、モニタケ二個、キリリスの実五個。あっ、キリリスの実は半分に切って中の種を取り出すんだ。危ない、危うくそのまま入れそうになったよ。


 急いでキリリスの実を持って台所へ行き、実を半分に切って種を取り出した。よし、これでいいはずだ。


 錬金窯の前に戻ると、調合の開始だ。


「えーっと、まずは蒸留水を入れて火を点けます。次に水のままモニタケとヤコブヘビを入れます。錬金窯に入らなければ半分の大きさに切ってもよし、か。なら、半分に折っちゃおう」


 モニタケを手で半分に折って錬金窯の中に、ヤコブヘビも半分に折って錬金窯に入れた。


「水が沸騰するまでしばらく置きます」


 錬金窯の中身をじっと見ながら沸騰するまで待つ。しばらくすると、水が沸騰してきた。


「沸騰してきたら、火を弱めてキリリスの実を入れます」


 魔導コンロの火を弱め、キリリスの実を入れる。


「錬金棒でかき混ぜ、素材の成分を抽出します」


 ここが一番の難所、ここが錬金術と言われる作業だ。錬金棒に魔力を纏わせて、錬金窯に入れるとゆっくりと混ぜる。魔力を纏わせた錬金棒は素材の特性を引き出す役割を持っているため、この作業は必須らしい。


 むしろこの作業が疲労回復ポーションの肝、一番重要な部分だ。本に書いてあったのは微力の魔力を纏わせて、慌てず急がずじっくりと素材の特性を引き出すことが重要だと書いてあった。だから、ここは気合を入れて我慢大会だ。


「じっくり、じっくり。ぐーる、ぐーる」


 ドバッと魔力が出ないように、細い糸をイメージして魔力を錬金棒に行き渡らせる。しばらくは中身に反応がなかったが、突然色が濁り出した。液体が黒ずんでいくと……


ボン!


 錬金窯から小さな爆発が起きた。


「わわっ! もしかしなくても、失敗!?」


 錬金窯からはモクモクと黒い煙が立ち上り、異臭が出始めた。慌てて鑑定ルーペで錬金窯の中身を鑑定してみる。


【産業廃棄物】

説明:成分の抽出に失敗した液体


「あー……失敗してる」


 一回目の調合は失敗した。原因はきっと魔力の出しすぎだったのだろう、なんとなくそんな気がする。魔力操作ってこんなに難しいんだ、騎士の頃に使っていた使い方とは全然違う。


 とにかく、この産業廃棄物を処分しないと。えーっと、処分の仕方があったような、本で確認してっと……あった。凝固剤を入れて燃えるゴミに出してください。産業廃棄物、燃えるゴミでいいんだ……てっきり埋め立て行きだと思った。


 あ、でも燃やさないほうがいい産業廃棄物もある。特別な処置が必要なものもあるんだ、気を付けて処分しておかないとね。うーん、錬金術って面倒なことが沢山だ。


 買ってきた錬金術の品物が入っている箱の中を漁ると凝固剤が入っている入れ物が出てきた。錬金窯の近くに戻り、キャップを開けて粉状の凝固剤を入れる。それから錬金棒で魔力を通しながらかき混ぜた。


 すると産業廃棄物の液体はみるみる固まり、固いゼリー状に変化する。まだ温かい錬金窯を布巾で包んで持ち上げると、ごみ箱に直行する。錬金窯を反対にして振ると、ペロンとゼリーが綺麗に剥がれて落ちた。


 ……ちょっと気持ちよかった。錬金窯の中を見てみると、何もなかったかのように綺麗になっている。その錬金窯を台所へ持っていき、綺麗に中を洗ってすすいで乾いた布巾で拭けば元通り。


「よし、続きをやるぞ」


 蒸留水はあと二回分あるから、とりあえず後二回は挑戦できるよね。初めての錬金術の調合になるんだから、失敗はつきものだと思って挫けないで頑張らないと。絶対に成功させるぞ!



「無理だ~」


 六回目の失敗にとうとう机の上に突っ伏した。結局二回分の調合で成功はせず、もう一度蒸留水を作って再度挑戦してみたけど、全然成功しなかった。錬金術の調合がここまで難しいものだとは思わなかったよ。


 とにかく魔力操作が難しすぎた。騎士の感覚がまだ抜けていないので、微量な魔力を出して操作するっていうのがとても難しい。出来ているつもりでいるんだけど、結局つもりでしかないんだろう……どれも失敗した。


 こういう時、頼りになるのが旦那のデリックだ。


「……また教えてもらおうかな」


 仕事をした後に教えてもらうのは迷惑じゃないかな? 疲れているのに休む時間が減って、体調が悪くならないかな?


 それでも、デリックの話すきっかけになるのは嬉しいという気持ちもある。疲れているところ迷惑はかけたくないけど、少しの交流ができる喜びを感じていた。ちょっと葛藤はあったけど、今日帰ってきたら魔力操作を教えてもらおう。

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