4.乾燥の魔法

 夕方前に自宅に帰ってきた。


「んー、よく動いたー! 久しぶりにスッキリしたー!」


 一か月ぶりに体を動かして、なんだか体が軽くなった感じだ。ずっと騎士団で動きっぱなしだったから、急に動かなくなるのは体に悪かったんだな。


 でも、これからは大丈夫。採集で外に行って歩き回るし、冒険者登録をして魔物も討伐していくから暇な時間が無くなるだろう。考えるだけで楽しくなってきちゃった。


 夕食を作るにはまだ早いし、もう少し採集してこれば良かったな。まぁ、これから感覚的に色々と分かってくるはずだから今日は仕方がないね。


 ダイニングテーブルの上に背負い袋を乗せ、中から採集したものが入っている袋を取り出していく。うーん、ヤコブヘビの入れた袋には血が付いちゃっている。生きたまま持ってきたほうが良かったかな?


 イスに座り錬金術の本を開く。えーっと、疲労回復のポーションのつくり方は……あった、これだ。


 素材の事前処理か、何々。素材をそのまま錬金窯に入れても大丈夫ですが、ヤコブヘビとモニタケは乾燥してから入れたほうが素材の効果を強く引き出せます、か。


 それだったら乾燥させてから作ったほうがいいよね。乾燥のやり方は……載ってない。天日干しがいいのか、涼しい日陰のところに置いたほうがいいのかどっちなの?


 頬杖をついてじっくり考えるけど、考えがまとまらない。乾燥ってどれくらいまで乾燥させればいいのかも分からない、ちょっと弾力が残っているくらい? それともカラカラに乾燥させたほうがいい? うーん、分からない。


 錬金術の本を捲って調べていくけど、乾燥のことを詳しく書かれた記述は見当たらない。書かれてないってことは、一般的な考え方をしてもいいってことだよね。


 騎士団の遠征中の食事は乾燥野菜や乾燥肉を使った料理を作っていた。そのほうが嵩張ることはないし、持ち運びも便利だったからだ。


 よく料理当番をしていたから乾燥食材がどれだけ乾燥していたか分かる、カラカラになっていた。ということは、錬金素材もそれくらい乾燥させればいいのかな?


「乾燥にそれなりの時間がかかるということか」


 あんなに乾燥させるには、どれだけの日数を置いておけばいいんだろう? それとも、何か特殊なことをして乾燥させているんだろうか? 乾燥した熱い場所に置いておくとか、そういう専用の部屋があるとか。


 ん、待てよ。そういえば、乾燥の魔法があるじゃない! そうだよ、乾燥の魔法を使えば錬金素材の乾燥も簡単に行えるはずだ。


 確か「錬金術の魔法」っていう本を買ってあったな、それを読んでみよう。積み上がった本の中から「錬金術の魔法」という本を取り出して中身を見ていく。


 乾燥、乾燥……あったこれだ! 乾燥の魔法!


 素材の水分を奪い、水分を蒸発させることができる魔法。必要な魔法は水魔法、火魔法、風魔法。これらを利用して素材を乾燥させます。火魔法と風魔法を使い、温かい風を送りながら、水魔法を使って素材を脱水していきます……か。


 乾燥のためだけに三つの魔法を発動させないといけないわけ、これは難しそうだ。でもやってみないことには始まらないよね。


 袋の中からモニタケを取って、テーブルに置く。モニタケを両手で囲うように置くと、深呼吸をした。


 微かに火が灯るくらいの弱い火魔法、それにそよ風みたいな弱い風魔法。意識を集中させて発動させる。手の内で温かい風が吹き始めた。


 それを維持しつつ、今度はモニタケの水分を奪う。水魔法を発動させて、モニタケの脱水を試みる。水分よ出ろ、出ろー。強く念じて水分を奪っていく。


 手に力を入れていくと、何やら香ばしい匂いがしてきた。くんくん、なんだろうキノコが焼けたようないい匂いが……ってキノコ焼けてるじゃない、美味しそう!


 慌てて魔法を切ってみると、そこには少ししなって美味しそうに焼き上がったモニタケがあった。水魔法に意識が行き過ぎて、火魔法と風魔法の調節を怠ってしまった。


「はぁ、乾燥の魔法難しいなぁ」


 美味しそうな匂いを嗅ぎながらため息を吐く。こういう繊細な魔法操作は得意ではないんだよね。魔物を討伐するために強い魔法を使うことはあっても、魔法をこんな風に使うことはなかった。


「こんな時、デリックがいてくれたならな」


 選ばれた王宮魔導士のデリックなら乾燥の魔法も簡単に使えるだろう。きっとお願いすれば乾燥をやってくれるだろうけど、それじゃ意味がない。


 デリックのためにやり始めたことなのだから、自分の力でやらないとダメだ。


「よし、頑張って続けよう」


 気合を入れなおして、再度挑戦する。袋からモニタケを出して、再び手で囲って意識を集中し始めた。今度こそ上手くいきますように。



「えっ、乾燥の魔法を教えて欲しいって?」

「……はい」


 夕食後にデリックにお願いしてしまった。結局、あの後乾燥の魔法が成功することはなかった。だって、あんなに難しいなんて聞いてないよー!


「乾燥させてほしいものがあれば、渡してくれれば俺がやっておくよ」

「いや、それじゃ意味がないの。私が使えるようにならないと」

「そう?」

「うん」

「なら、習ってみる?」

「お願いできる?」

「あぁ」


 という訳で、食事後に教えてもらうことになった。疲れているのに申し訳ないけど、八方塞がりだから本当に助かる。早速台所に置いておいたモニタケをいくつか持ってきた。


「このキノコなんだけどね、乾燥させようとすると、美味しく焼かれちゃうの」

「なるほどね、魔法操作が上手くいっていないんだね。乾燥は三種類の魔法を微力に発動させないといけないから、騎士だったマリーには難しかったんだと思う」

「まぁね、魔法はドッカンドッカンって使う方だったから、こういう繊細な魔法操作はしてこなかったわ」


 デリックが私の隣にイスを持ってくると早速乾燥の魔法を教えてくれる。真剣な顔をして説明してくれて、ちょっと見惚れちゃった。いけない、集中しないと。


 説明を聞き、デリックが実際に乾燥の魔法を使ってくれた。すると、みるみるモニタケが縮んでいって、最後にはカラカラの乾燥キノコになる。はー、こんなに簡単にできるんだ、自分の旦那が凄い!


「こんな感じかな、俺が説明した通りにやってみて」

「うん、やってみる」


 新たなモニタケを置いて手で囲う。深呼吸をして集中力を高めると、魔法を発動させる。火が出てこないギリギリの火魔法、髪の毛が持ち上がるくらいの風魔法、ギュッと水分を絞り出すくらいの水魔法。


 目の前のモニタケに全集中。しばらく魔法を発動させていると、モニタケがゆっくりとだが縮んできた。なんとか魔法を維持し続けていくと、どんどんモニタケが縮んでいって、最後にはカラカラの乾燥キノコになる。


「成功だ」

「やった、やったわ!」


 思わずデリックに抱き着いて喜んだ。


「あ、ごめんなさい」

「……いや、いい」


 すぐに体を離すと、ちょっとだけ不機嫌そうな顔をして首を横に振った。自分で抱き着いていながら、自分でビックリしている。でも、ちょっと触れ合えて良かったかな。


 デリックのいう通りにしたら乾燥の魔法が上手くいった、流石は王宮魔導士だ。魔法のことに関してはデリックが凄く頼れるのが良く分かった。


「私一人じゃ成功しなかったわ。デリックのお陰よ、本当にありがとう」

「……そうか、なら良かった」


 心からのお礼をいうと、デリックは少し照れくさそうに頬をかいた。


「でも本当に俺が乾燥魔法使わなくてもいいのか? 他にもあるんだったら手伝うぞ」

「いいの、いいの。私の練習にもなるし、今後も沢山使うと思うから、上手になりたいの」

「……そうか」


 少し残念そうな顔をして俯いた。そんなに乾燥魔法が使いたかったのかな? 何はともあれ、これで素材の乾燥は問題なく行えそうだ。


 デリックに手間をかけさせちゃったのは申し訳なかったけど、ちょっとした交流になったからそれは嬉しかった。嫌そうな感じじゃなかったし、こういうことなら積極的に頼ったほうがよさそうだ。

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